どうなる4冊目
紳士は単身ロンドンに向かい、トッドのいるアトリエへと向かっていた。トッドは次の画集の準備で忙しく、アトリエで考えたり筆を動かしていた。
「急にすまない」
紳士はアトリエに現れた。
「オーどうしました画商サン!」
紳士は手近にあった椅子に腰かけた。
「実はタカミの事なんだが…4冊目の画集で過激すぎる絵をだそうとしている」
「オーノー!どうしてです?」
「お前に負けたくないそうだ」
トッドは筆を置いた。
「勝ち負けのモンダイではないでしょーう」
「そうなんだが、タカミが頑として聞かない。そこでだ」
紳士はじめじめしているロンドンに多少参っており、
「すまんが何か飲み物をくれるかい」
「どーぞ」
トッドは冷えた紅茶を差し出した。紳士はゆっくりあじわってから、
「君にタカミを説得してもらいたい。私としては1冊目の画風に戻したいと思ってる」
「ワタシが言って何とかなりますか…?」
「わからない。でもおおきな勘違いをしていることだけは確かなんだ。」
トッドは紅茶を飲みながら視線を横に移した。
「正直自身はないですし、忙しいのですが、そこまで画商が言うなら説得してみましょう」
「ぜひ頼む。目を覚まさせてくれ」
それだけいうと、紳士はトッドのアトリエを後にした。すぐにトッドもついてくる。
「こういうのはハヤイほうがいいでしょーう」
トッドは紳士の後ろを付いてゆき、同じ船に乗ってタカミの故郷に向かった。
タカミはアトリエは夜になっても明かりがついていた。4冊目の絵も半分以上できていた。こんな絵を出せばみんな驚くだろう。それに売れるし万々歳だ。執念だけで絵を描いていた。ヤケといっても良かった。さすがに少し疲れたのか筆を置き、ベッドに寝そべった。このまま寝てしまいそうになったので、すぐ上体を起こし絵を描き始めた。ライトが煌々と着く中、タカミは絵を描くのをやめなかった。
「ピッケ!」
「どうしたんですかヨーコさん」
ヨーコはカウンダ―で息切れした。
「タカミさんの様子を伺いに部屋に入ったんです…そしたらタカミさんは寝ていたんですけど…」
「そしたら?」
「信じられないような絵がいっぱいあって、びっくりしてしまったんです」
「信じられないような絵って?」
「何といったらいいかわからないですけど、ポルノのような絵ばっかりで」
「ヨーコはポルノを見たことがあるんですか?」
「もう!そういう所にはつっこまないでください!」
「それでどうしたんですか?」
「どうしたらいいかわからなくて、タカミさんを起こさずに部屋を出ました」
「まさか4冊目の画集の絵なんじゃ…?」
「あれをみたら読者全員引きますよ!なんとかしなきゃって思うんですけど…」
「何とか止めないと大変な事になる事は確かですね」
紳士とトッドは船に乗ってタカミのいる街に着き、さっそくタカミのアトリエに入っていった。タカミは寝室の方で寝ていたので、アトリエの方をのぞいている。
そこには
「ココまでひどいとは…」
トッドは絶句すると同時に、ここまでする異議はどこから来るのかわからなかった。
タカミは寝室から起きて来た。
「トッド?」
起きたタカミは急に不機嫌になった。
「何しに来たのよ!?」
「タカミ、本当にこんな絵を画集にダスのですか?」
「決まってるでしょ?」
「冗談ですよね?」
「冗談で絵を描くわけないでしょう?何言ってるの」
「…タカミ。ボクはタカミの1冊目の絵を見て、衝撃を覚えました。他の誰でもない、タカミだけの絵。それは頭に電撃を覚えたようでした。1冊目の画集デス。それをどうか、分かって欲しい」
「あれから変わったのよ。もう4冊目なんだから」
「タカミの源流は1冊目にある。これはまちがいない事実なんですよ。それにもっと早く気づいてクダサイ!」
紳士が続けた。
「何を出すかは画商の私が決める事だ。どんなにタカミが意地を張ってもだめなものはだめだ。それは本当は分かっているはずだろう?」
「…」
タカミは何も言わなかった。
「タカミは本当はこんな絵は嫌いなはずだ。ただ意固地になって子供のようにこんな絵を描いてるだけだ。そうだろう?」
「ボクを裏切らないでクダサーイ。タカミ。どうかよろしくおねがいでーす」
「裏切り?意固地?笑わせないでよね。お酒を飲んでくるからどいてよ!」
タカミは上着を着て外に出て行ってしまった。
トッドは、
「どうしましょう」
画商は、
「絶対販売させない。だから早く元通りの絵に取り掛かって欲しいだけだ」
そう言ってタカミの寝室で寝てしまった。
トッドはどうすることもできない自分にふがいなさを感じながらも、タカミの描いた絵をみて、手に持った。
と、それらを思い切り破り捨てた!
紳士は気づいたが、どうすることもできなかった。
「トッド…」
「これで良いんデス…これで」
トッドは全て破り捨て、部屋を後にした。紳士はタカミのベッドで疲れたせいもあり静かに横になった。
タカミはいつもの食堂で食事を取りながら、ビールを飲んでいた。久々のむビールは上手く、久々に明るくなっていた。1人ではしゃいでいた時、無口な店主が言葉を開いた。
「タカミちゃんの画集、俺も持ってるよ。びっくりしたなあ。みたことない絵だったから」
「えっ」
「タカミちゃんの絵の良さが存分に出ていた。初々しさもあったけど、いまでも大事にしてるんだよ」
「店主…」
タカミは何か言いかけて、やめた。
「ありがとう店主…なんかもうちょっと疲れた」
笑顔で応えたタカミは、ビールを飲み干して店を出て行った。
外を歩きながら上を向く。まだ外は寒く上着を着ていても、寒い。
「もう、よそう」
そう呟いて、アトリエへと足を向けていった。
タカミがアトリエに帰ると、破れた絵がちらばっていた。
「トッドがやったことだ」
紳士が寝室から出てきて、タカミに言った。
「トッドがやったことだが、皆の総意だ。わかってくれたか?」
「…うん、わかったよ」
紳士はやっとホッとした感じで、
「わかってくれたか、自分の過ちに」
「過ちだとは思ってないけど、自分に無理してるのは事実だったから。もう疲れたよ。ゆっくり4冊目の絵を描く」
「そうか」
それだけ言うと立ち去ろうとしたが、
「いいか画商は私だ。方向性も絵も私が決めるんだ。君じゃない。分かってくれてよかったがね」
そこまで言ってやっと紳士は立ち去った。
タカミは破れた絵を全てゴミ箱に捨てた。肩に乗っかったものが全て取れた気がした。
その様子を見ていたヨーコは紳士と鉢あった。
「だれだね君は?」
「た、ただの販売員です」
「そうか」
紳士は闇に消えた。
「タカミさん、よかったですね!」
「ヨーコも知ってたの?」
「はい…ウレシイです」
「ヨーコ」
「はい」
「私は今度の画集を出したら、金庫の1つを小切手に変えて、船旅に出ようと思うの」
「え、どういうことですか?」
「1年くらい」
「1年!?」
「風土の色んな空気感とか、めずらしい鳥をスケッチしたり、色んなものを食べたりして、そんな事を色々しながらいろんな空気を感じようと思ってるの」
「そうなんですか…」
「だから1年くらいいなくなるけど、ごめんね」
「待ってます!新しい画集を楽しみにしています!」
ヨーコは廊下を歩いて行った。
「新しい絵かかないとね。よーし」
タカミは心機一転、心を入れ替えて、本音の自分を出しながら絵を描いて行った。
数日経って、紳士はタカミのアトリエを訪れた。
「経過はどうかな」
「紳士!」
描いた絵を紳士に見せる。
「いいね」
紳士はタカミの絵に納得した。
「トッドも新しい画集が出るんだ。君も精進したまえ」
トッドはトッドなりに頑張っているんだろう。あまり意識はしないようにした。
こちらの出来は3分の1といったところだろうか。かなり凝った作りになっているので、それだけ時間もかかっている。
タカミの船旅の話は新聞にも取り上げられた。新しい画集のための充電期間と新聞には描かれていた。他にも色んな雑誌にインタビューを受けた。
タカミがスパゲティミートボールを食べていた時も、船旅について心配された。
船に乗ること自体は嫌いじゃない。特に船内に揺られて寝るのは最高だ。
雑誌に露出したおかげで、新作の画集も期待がたかまっていた。決して裏切らない作品にはするつもりだ。
最近は夜に絵を描く事が多い。静かだし集中できる。日中は寝る事が多かった。
この世は教会に宗教画を描いてる時代である。そんな中タカミの絵が出て来た。衝撃の具合が分かるだろう。
それから2か月半の期間を得て、ようやく4冊目の画集の絵がほぼ完成してきた。
当然紳士に絵を見せる。
「うん。1冊目を踏襲してるし、絵のレベルもあがっている。いいだろう」
紳士のお墨付きももらった。今回はメディアで露出しているから、やっぱりそれなりに売れるだろう。やっとここのところ安心したタカミは、出版、発売日を前に寝室でグースカ寝る事が多かった。タカミは夜でも昼でも寝て、寝ている時に見てる夢にインスピレーションを得ているというのもメディアで分かった。
テッドも紳士も誰も知らなかったことである。ただ疲れて寝ているだけかと思っていた。そしてこの後は1年の船旅である。
1年ともなるとテッドも紳士も寂しがっていた。短いようで長い期間だ。その間に、テッドを鍛えるしかないのかもしれない。
ヨーコもピッケも寂しがっていたが、表には出していなかった。
そして4冊目の発売の日。アトリエは久々に騒がしくなっていた。購入したい人たちで溢れる中、宅配便が4箱届いた。ヨーコたちは荷物を店に並べてゆく。タカミはいつも通り、サインの準備をしている。
時間になると、どっとお客が流れ込んで来る。表紙は裸の少女の表紙である。表紙はこんな感じだが、基本は1冊目を踏襲している。
「サインください」
「はいな」
流れるようにお客さんがごった返す中、スムーズに進行していった。
メディアもアトリエにやって来ていた。「どうですか売れ行きは?」
「いっぱいきてくださってます」客も大いに満足していた。しかし1年の船旅もお客さんの中で悲しいニュースとして流れ渡っている。決めた事なのでしかたない。
すぐにまた宅配便がきて画集が運ばれていた。
そのころ、トッドがアトリエにやってきていた。
「おめでとうゴザイマース!」
小さな花束を持って来店してきた。すぐ後ろには画商がいた。
「ありがとう、はい画集」
「もうパイロット版をモッテマース!グッジョブでしたね」
「…そう…うれしいよ」
「船旅をするというのは本当なんですか?」
「そう」
「1年寂しいですね…楽しんで、絵に吸収できる旅にしてきてくださーい」
やばい、なぜか涙が出てきそうになるが、ぐっとこらえる。
「ヨーコも待ってますよ!」
「ピッケも!」
「みんなありがとう!画集もおかげ様で完売したし、なんか食べましょうか!」
それから居酒屋で、みんなでお腹いっぱい食べた。楽しくて、いい思い出になった。
そうこうしているうちに船旅の日になった。金庫のお金のほとんどを小切手に変えて、アトリエの奥で旅行に行くための準備をしていた。あえて絵の道具は置いておくことにした。我ながら大それた事を考えたものだ。しかし5冊目の画集は昇華したい。レベルの高い画集にしたかった。それには色んな物を吸収する必要がある。
船の出帆の日、皆が見に来てくれた。船にワインが打ち付けられる。歓声の中、皆が見えなくなるまで、いつまでも手を振っていた。これからどんな楽しい出来事があるだろう。期待に胸を膨らませながら、とりあえず客室で寝る事にした。
寝ていると早速1日目の港に到着した。どんな街なんだろう。気持ちを高ぶらせて船を降りた。荷物はほとんどない。そのまま皆と共に街の中心部へと向かっていった。
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