画集3冊目
画集を発売したその次の日も画集が届いた。多少少なめではあったが、今日も売らないといけない。早速3人で画集をきれいに並べ、お客さんを待つ。昨日買った人たちで終わりだと思っていたが、外にはお客さんが並んでいる。
早速お客さんがなだれ込んできた。ヨーコとピッケはひたすら売り、私はサインに明け暮れた。昨日ほどの量ではなかったが、みなどっと疲れてしまう。私はまだ手が痛かったが昨日ほどではなく、一安心した。画家の
そこへ紳士がアトリエに現れた。紳士はヨーコにタカミの所在を聞いたが、寝室であることを聞くと、明日10時にロンドンに行くことを告げると瞬時に去って行った。
画集が売れてからは静かな時間が流れたが、タカミが起きて来るとヨーコはタカミに紳士の伝言を聞くと、
「もう3冊目かい…」
と、けだるそうに言った。今は肉筆画を描いてない分、画集に集中はできたが随分早いなとタカミは思った。
明日のロンドン行きの船に遅れそうになりながらも、タカミは船に飛び乗った。紳士はすでに船内にいる。
「もう3冊目なの?」
と聞くと、ああそうだ、と紳士は言ったがそれだけだった。
特にすることはないので小さなバッグを置いて眠りについた。
ロンドンに着くころには目を覚まし、甲板へと移動する。やはり雨雲が立ち込めている。もう傘をさすのも嫌になったタカミは、そのまま少し濡れながら印刷所に入って言った。中には画工がいて、紳士も後からやって来た。2人とも何もしゃべらない。
いぶかしげに思ったタカミは、
「どうかしたの?」
と思わず訊ねた。静かに紳士は言った。
「3作目は男たちに媚びた絵を描いてもらう。」
「は?」
最初なんの事やら分からなかったが、
「要するにパンチラや裸といったようなものだ」
「ちょっ、私の画風はそんなのには似合わない事知ってるでしょう?」
「だが敢えて描いて欲しい。よって今あるこの絵はほとんどボツだ!」
紳士はあくまで強気で攻めていった。
「どうしてなの?急に…」
「トッドは男だから、男性へのツボを心得ていた。だから売れたんだ。このままじゃトッドに負けるぞ!」
タカミは言葉が出なかった。画工も何も口にしない。
「言葉を荒げてすまなかった。しかしこれはアドバイスなんかじゃない、命令だ!命令にはしたがうように。しばらくロンドンで絵を描き直してもらう」
タカミは頭がぐるぐるして、思考回路がショート寸前だった。トッドに負ける?どういうこと?しばらくして落ち着いたタカミは、
「わかったわ」
とだけ言って印刷所を後にした。画工は「それで良かったのかい?」と尋ねたが「仕方ない」と弱く吐き捨てた。
いままでタカミはそんな絵など描いたことがなかった。しかしトッドにほだされてそうなったんだわ!きっとそうに違いないと思った。恐るべしトッド。私の絵を真似た道化師の分際で!
それからはロンドンの湿ったホテルで缶詰めになりながら、改稿を描いていた。だがどうしても描けない。とりあえず寝てしまおうとベッドに横になって眠りについた。
起きると少しは冴えてきたようで、言われた通りの絵を淡々と描いていった。それはいつしか束になり、紳士のチェックが入った。
「いいね。さらに水彩を使うとなおいい」
タカミは何も言わなかった。これが男作者と女作者の違いなの?タカミは正直反吐がでるようだった。これが画商の売り上げ増加につながるならしょうがない。タカミはさらに絵を描き続けた。
「すばらしい」
紳士は素直に褒めたたえた。
「第3弾ともなると、こういうのが必要になってくるんだよ。これで正解だ。あとはしっかり色を塗ってくれよ」
再び印刷所にやってきた。画工が、
「これで印刷してよろしんんですね?」
「ああ、頼むよ」
紳士は答えた。私は何も言わなかった。こんな恥ずかしいものがヨーロッパ中で販売されるなんて。
「ハーイみんな楽しくやってるかい?」
そこへトッドがやってきた。私はトッドを睨むように見つめた。
「どうしたんだいタカミ?」
私は何も言わなかった。不思議がるトッドの顔も見たくなかった。
「タカミ?」
紳士は、
「静かにしてやってくれ」とだけ発した。
「フシギだけど帰るよ、シーユー!」
トッドは退散した。タカミは
「ロンドンのホテルで寝る!」と言った。
「しかしもうすぐロンドンの船がくるんだ」
「じゃあ船の中で寝る!」
そういうと印刷所を出て船に向かっていった。ぬかるみも気にせず直進するタカミの事が少し心配になった紳士は、すぐあとを追いかけていった。紳士はタカミの手を取り、
「あれで良かったんだ、あれで」
とタカミにつぶやいた。
「変革の時なんだ。辛抱してくれ」
タカミはやはり何も言わなかった。手を離すと船の方へ直進していった。
船内で眠りに入り、起きるとすぐに故郷だった。ずいぶん寝たはずだ。それでもイライラは解けなかった。アトリエにいくとヨーコとピッケがいたが、無視してアトリエにこもった。
「どうしたんですかねぇタカミさん」
「さっぱりわかりません」
紳士が息を切らしてやってきた。
「タカミは?」
「アトリエにこもりましたけど」
「そうか」
それからはタカミの不機嫌な日々は続いた。3弾目の画集がきたらどうしよう。そう考えるだけで血がたぎり、いてもたってもいられなくなった。
「ヨーコとピッケ」
「はい?」
「3つ目の画集は見ないでね」
「なぜです?」
「いいから!」
「はぁ…」
なぜかわからず、ただただ困るヨーコとピッケだった。それからは3冊目が来るまでタカミはイライラしていた。売れればそれでいいのか。お金を持ってる今、そう思う。ふて寝をするか、どこかへ食べ物屋さんへ行っているようだった。アトリエにこもる時もあった。絵を描いているのかはわからない。でもアトリエでずっと頭を抱えている時もあったようだ。
そして運命の時が来た。3冊目の画集が届いたのだ。朝から宅配便で大量に届いた。ヨーコとピッケはいつも通り、店内に並べた。そして今回は客が何倍も多い気がした。もうだめだ。タカミはうつむきながらサインをするためにテーブルについた。
「タ、タカミさん!」
「何ですかこの絵!」
「あーっ!見るなっていったろ!?」
客が波のように打ち付けて来た。ほとんどが男客である。
「いいですね今回の絵!」
お客に言われるたびに顔と耳を真っ赤にしてサインする。今回が一番売れたのではないだろうか。多分明日も沢山来るだろう。もう何も失う者は無くなった。お金はあるけど。
「どうしちゃったんですか、この絵」
ヨーコが駆け寄ってくる。
「成り行き上の事だからほっといて。夕方便の前に寝るわ」
そう言ってタカミは寝室に即座に入り眠った。
夕方も宅配便でやってくる。朝と同じくらいの量だ。必死に並べて夕方のお客さんに売る。正直女性には理解できない画集である。なので売り上げはいまいちだった。
しかし後で聞いた話だが、3冊目の画集が一番売れたようだ。男ってほんとバカ。
正直絵の方向性を完全に失っていた。どっちにいくべきなのか。何度も言うがお金は金庫3個分にまで膨らんでいた。銀行に預けないのは信用できないからだ。
「タカミさんの絵がこんなになってしまうなんて…」
ヨーコとピッケは驚きを隠せずにいた。今まではもっと耽美系な絵だったはずだ。
タカミはアトリエで悩む日々が続いた。
もう描いてしまったことだ。いっそのこともっと過激な絵に転換しようかしら。その方が男客はわんさか増えるし、世界は平和だ。紳士はなんていうだろう。まあ紳士はお金の儲かる方に私を連れて行くだろう。
一呼吸おいたタカミは、絵を描き始めた。
いつの間にか寝ていたようだ。目の前の絵には、より過激な絵の束があった。トッドに先を越されるわけにはどうしてもいかなかった。タカミは意を決したように絵を描き続けた。
紳士はタカミの描いた絵を見て嘆息した。果たしてどうしたものか。1回きりの過激絵にするつもりだったが、そこを通り抜けてしまっていたようだ。これには紳士も思い悩んだ。確かに4冊目の画集も売れるだろう。しかしそれで本当にタカミにとっていいことなのかは紳士にもわからなかった。しかしタカミの方から持ってきた絵である。タカミが望んで描いた絵なのだ。
「こうしよう4冊目でこの路線は最後にして、次は最初の絵に戻ろう」
「それで売れるの?」
「そ、それは…」
「売れた方がいいんでしょう?ならそれでいいじゃない。何を迷う事があるの?」
「し、しかしだな…」
「何よ」
「トッドだ。トッドの出方を見て考えよう。それでいいだろう?」
「トッドはただのパクリ屋なの。道化師なの。わかる?負けてる場合じゃないの!」
「…」
「とにかくまだ保留とする」
「そんな…」
「保留だ」
タカミはアトリエにこもったまま出てこなくなった。紳士はため息をついてから、
その場から消えた。
「私は今の私の絵を描くわよ」
タカミは絵を描き続けた。夜までタカミは出てこなかった。
ヨーコは帰る前、タカミのアトリエにノックした。
「上がりますけど…大丈夫ですか?」
「あ?ああおつかれ」
「寝ていたんですか?」
「ああ…ちょっとだけだから」
「では」
翌日、紳士が心配してアトリエに向かった。
「開けるぞ」
タカミは寝ている。その横に絵が散乱していた…。
「これは…」
紳士は絶句した。
「…やりすぎだ。断じて画集に載せられない」
タカミは起きたようだった。
「紳士」
「何ていう絵を描いているんだ。言葉で説明もできないような絵だ」
「でもそれが紳士さんの希望なんでしょう?」
「いや違う。3冊目は幾分注文はつけたが…この絵は違う」
「載せるわよ」
「ダメだ」
「駄目って言ったってもう遅いわよ。私はそういうモード入ってるんだから」
「参ったな…そりゃ売れるだろうが…トッドの絵を見て見ろ。ギリギリがいいんだ」
「あっそう。私はそんな事関係ないわ」
紳士はほとほと困った表情をした。
「もう勝手にするがいい」
紳士は瞬時に消えて行った。
「勝手にするわよ」
と言って、タカミはアトリエにこもり続けた。
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