絵の向こう側

翌日―――――――


大きい金庫が開店前に届いた。これで2つ目の金庫である。絵はバカみたいに売れてゆく。金庫はすぐに満杯になる。奥の部屋は金庫部屋と言ってもよかった。

「使い道は考えているのかね?」

いつの間にかそばにいた白い紳士に訊ねられる。

「う~ん…より大きい場所に引っ越す以外、なにもかんがえてないかな。あとは他の人の画集集めとか」

「随分質素なんだね。今ヨーロッパ中で画集を販売しているが、売れ行き好調の場所とそうでない国がある。まぁ気にしない方がいいがね」

「うーんそれはしょうがないかな。万人に受ける画集なんて存在しないし」

「その言葉を聞いて安心したよ。人によってはメンタルにくる人もいるから」

タカミはクッキーを食べながら、ふーんそうなんだという感じで受け止めている。


「そこでだタカミ!売れていない国にあえてサイン会をひらこうと思っているんだ!」

「さいん会?」

「売れている国は別として、売れてない国にあえて行くことで名声をあげようと思ってる。

「いいよ。めんどくさいし」

「金庫に金が貯まって変わったな。嘆かわしい…」

「そ、そういうわけじゃないから!ただめんどくさいって言ってるの」

「8か国16か所。きっと売れるぞ」

「…考えさせて」

「いい返事を待ってるよ」

紳士は消えて行った。はーっと大きいため息をついた。


タカミは紳士の言葉を思い出していた。

「まずはドイツから2都市いきます。そこでサイン会をして、それからベルギーに…」

めんどくさい以外の何物でもなかった。それならここら辺の近くで美味しい物を食べていたほうがましである。悩んだが、2度といかないという約束で行くことにした。

パスポートを取って、ヨーコとピッケにも私がいない間の指導をした。なるべく小さいバッグを持って、下着とタオルは現地調達ということにする。

「随分小さいバッグだね」

「大きいバッグガラガラ持っていきたくないわよ」

案外サイン会会場には沢山の人がいた。新たなムーブメントの匂いを感じた人たちが、画集を買い列に並んでいた。

「このたびはサイン会に来ていただいてありがとうございます。順番に対応いたしますので少々お待ちください」

サイン会はザワザワしていた。悪い気持ちではなかった。

「では、どうぞ」

「おねがいします」

ぶっきらぼうにサインをして渡す。偏屈なアーティストにみえただろうか。

「つぎどうぞ」

次々とサインに応じていく。1時間は優に超えただろう。

「ふう。ここらへんでいいかな」

「ですね」

サインをもらった人たちは皆互いに喜んでいた。サインってそんなにいいものだろうか。

ドイツのもう1都市に向かって列車に乗った。店内販売があるのでお茶を頼んだがコーヒーかビールしかなかった。こちらのサイン会も盛況で、1時間以上サインに明け暮れた。さすがに疲れたので現地のレストランに行くと、ソーセージとビールくらいしかまともなものがない。仕方なくソーセージを頂く。


そんな感じで8都市16か所をさっさと回り、我が故郷に帰ってきた。

「タカミさんおかえりなさい!」

「もう寝かせて…」

タカミはヘトヘトだった。すぐベッドにいくとグーグー寝てしまった。

紳士は「寝かせてあげなさい」とだけ言って去っていった。

これで一人でもファンが増えれば言う事ない。ただとにかく寝たかった。

通常営業は明日からにしよう。

夜中になると起きてストックを描き始めていた。ここが一番居心地がいい。

朝になるとヨーコとピッケが出勤してきた。

「おはようございまーす!」

タカミは暖簾のれんから顔を出して、

「いらっしゃい…」

と元気なく答えた。

「絵は飾ったからよろしく。少女絵中心ね。残りは後から描くから…」

そういって向こうに行ってしまった。あれから寝ないで描いたんだろうか。

「大丈夫でしょうかタカミさん…」

「大丈夫じゃないでしょうあの顔は…無理してるのよ」

サイン会に行っていたので、ここでの開店は久々になる。早速行列ができてりた。少女絵を買いにくるお客さんたちだ。

「おっ今日はやってるんだな」

「いったいどうしたんですかまったく…」

サイン会からの凱旋ということで、値段が上がっていた。

「こっこれは!」

「あきらかに値段がちがう!」

もう一元さんお断り価格になっていた。全ヨーロッパ中にファンがいるのだ。

「しかたあるまい…」

ファンはそれでも買う事をやめなかった。

「変わったな、ここも…」

「店もどんどん広くなっていったしななぁ」

作者が暖簾のれんから顔を出し、「買うの!?買わないの!?」

「買いますぅ!」

紙袋に入った絵を狩って戻っていった。作者がサイン会でいない頃は、かなり古い絵を引っ張り出して売っていた。それでも買う人がいたというからありがたい。

タカミは夕方時間用に少年絵と少女絵を少々描いていた。お仕事から帰って来た人用だ。それもこれも、スパゲティ屋さんにいくという活力で描いていた。

その後は、画集2作目の為にロンドンに行くことになっていた。全くヒマというものがない。

その夜、紳士がアトリエを訪れた。

「タカミは知ってるか。タカミに似た絵で人気を博している作家がいることを」

「えっ全然しらないけど」

「その作者はタカミに会いたがってる。だからロンドンに行くついでに会おうと思う。」

「ええ、いいわよ別に」

「あちらからのたっての願いだ。会ってやってくれ」

私の絵は今までの絵とは全然違うから、私の画風を真似たのは間違いないし、いても仕方が無いだろう。1人1人探してる暇もないし、しかたがないとは思っていたけど、人気まで奪い取ってるのはちょっといらっとする。ひとつここは会ってどうこうしよう。

「多分タカミのファンであることは間違いない」

紳士は冷静に言った。

「そうかしら。まあいいわ。会えばわかることだし」

「私の言いたいことはこれだけだ。では失礼する」

瞬時に紳士は消えて行った。絵は模倣でつながっていくもの。だからそんなには気にしなかった。

「夕方分の絵が出来たわよ、さぁ飾って飾って」

3人で絵を飾り始めた。


ロンドンへはまた「船」でいくことになった。というかそれ以上選択しがないのだけれど。お腹も減っていたし船酔いはせず、ただひたすら眠っていた。寝るの大好きなのである。紳士は甲板で海を眺めていた。向こうは雨雲に包まれている。ロンドンはいつもこうだ。うんざりしながら船内にもどろうとすると、タカミが起きて来た。

「もうすぐなの?」

「もうすぐだ、ロンドンが見える」

「何、また雨雲が立ち込めてるの?やあねえまったく」

そういってタカミはバッグを持って準備をした。紳士はいつも荷物を持っていない。なぜだろうか。

「今月はサイン会あり、ロンドンありで大変だわ全く、私はアトリエで絵だけ描いていたいのに」

「有名税だ、しかたがない。なにより私が見込んだ人だ。出来ない人なわけはない」

「画商は偉いんですね、はいはい」

そう言っておどけて見せた。もうすぐ船はロンドン港に入ってゆく。来るのは2度目なので慣れはあった。傘を差し、紳士には、

「傘はいいの?」

「結構だ」

「ふーん」

タカミは傘を差してロンドンの地に足を付けた。本降りになっている。紳士は濡れたまま画工へ急いだ。

「ちょっと待ってよ~」

タカミは必死についていく。

「おー待ってたよ。荷物は届いてるよ」

画工が現れ挨拶をする。2度目なのでこの広さには慣れている。

そこで2度目の打ち合わせが行われた。今度は少女をやや減らして少年絵で押そうと考えていた。同じ画集を作っても仕方が無い。タカミと紳士は同意した。

打ち合わせも終わりに近づいた頃、奇抜な恰好をした青年がやってきた!

「おータカミ!タカミよく会えましたー!」

「誰?」と思っていると、紳士がタカミに近づいた。

「タカミに似てる絵のヤツだ」




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