新装開店の日

「タカミさん!おはようございます」

「ほげぇ~~」

タカミはロンドン旅行のあと、ものすごい虚脱感を発していた。

「今日から着てもらうのは、これね」

箱にはメイド服が入っていた。

「メイドですか!これなら…」

いざ着てみると、

「これってスカートの丈が短くないですか…?」

「そういう風にしてもらったから」

「もうどうしてそっち方向に走らせるんですか~?」

「そっち方向って?」

「もういいです!」

ヨーコは外に出て、『営業中』に板をひっくり返した。

「今日はメイドなんだね」

「いいねぇ似合ってるよ!」

ヨーコは無言で店に戻っていく。

タカミはというと、まだ旅行気分でほげーとしていた。

「画集の発売日をどうしても聞きたい!」

客が皆発売日を聞いてくる。タカミが暖簾のれんから顔を出し、

「1週間前後かな」

そう言ってまた、戻って行った。

「確実な日ではござらんのか?」

「もっと明確に…とその前に絵を買わなきゃ」

客は絵の選別に戻っていった。

「タカミさん、描いてますか?」

「…まあね」

「何枚くらい描きました?」

「あんたは私の編集か?気にしないで売って!」

ヨーコは急いでレジ横に戻る。

「9万ウーロンなので写真おねがいします!」

腕を組んでパシャっと1枚撮る。

「ありがとうございます!」

「今日は少年が多めだなぁ」

「少年はちょっと範疇はんちゅうにないなぁ」

そんな訳で少女絵だけが売れ、客がいなくなった。

タカミはコーヒーを飲んで少し回復したので少女絵をやっと描きだした。

客が入って来ては、

「画集はいつか?」

と訊ねるのを繰り返す。

タカミは仕方が無いので、告知のポスターを描き始めた。

[初画集!イギリスと当店で発売予定!1週間前後]

「これ窓に貼っといて」

「はい~」

客がざわついている。期待してくれているという事自体は嬉しい。

めずらしく2人の老人が入ってきた。

「いいのぅ」

「ほんに」

老人はレジの後ろにある風景画に目をやった。

「あれも売り物なんじゃろか?」

「あ、はい~」

「じゃあ3枚全部くれ」

「え?はいありがとうございます~」

久しぶりに風景画が売れてしまった。おもわず暖簾のれんから顔を出し、

「お目が高い!作者です、どうも~」

「おや作者もいるんじゃな」

特製紙袋に絵を入れてお渡しする。

「ありがとうございます~」

ドアがチリンと鳴った。

しばらくタカミは考え事をしていた。

時間は夕方、お仕事を終えた人たちが集まってくる。

「画集は1週間後か、楽しみだなあ」

「あ、この少年かわいい~」

談笑するのを笑顔で受け取るヨーコであった。

暖簾の向こうから音がしなくなったので、心配して暖簾を上げてみた。

「タカミさん…?」

タカミは真剣に腕組みしながら考えているようだった。

「ヨーコ…噴水の向こう側に大きな建物あるでしょ?」

「はい知ってます。大きいですよねあそこ」

「…引っ越すわよ」

「ええっ!!いつですか?」

「明日!」

「急すぎません?」

「もうここでは色々限界なのよ。もっと大きい場所で噴水前なら、あそこしかないわ…そんなわけで私不動産屋に行ってくるから留守番よろしく!」

「えっちょっと…」

タカミはバッグを片手に行ってしまった。

「もうほぼ完売なんですけど…」

1時間程してタカミは帰ってきた。

「ごめんごめん。不動産屋に行って契約してから、引っ越し屋に行って明日引っ越しする手はずを取ったわ。だから明日は臨時休業、ヨーコは明後日からおねがいね」

「私はかまいませんけど…」

「引っ越しの告知、看板描いとくわ。あとまた大きい金庫買ったんで、ちいさいのは処分してもらう!」


次の日――――――――


引っ越し業者は早朝から揃って待っていた。

「早速おねがいしま~す」

「はいす」

「金庫以外は運ぶんすよね?」

「そうそう小さいのは処分して」

引っ越し業者は実に機敏に動いてくれている。場所も遠くないからかもしれない。

「おわりっす!おつかれさまです」

タカミはチップを渡して業者に帰ってもらった。

早速大きい金庫にお金を移し替える。ウーロンは、はちきれんばかりになっている。

だが、大きいのはまだまだ余裕があった。

広いカウンターもあるので、ヨーコ1人だと手広すぎるかもしれない。

でもこれ以上人を増やす気はなかった。部屋の奥の別室にオフィスがある。ここをアトリエにしよう。余計なものは全部外に出し、有料で業者に引き取らせた。

今度は午後から看板業者が来て、あらかじめ描いたものを見せ、その通りにペイントし、入り口前に設置する。改めてホールを見回すと、ちょっと広すぎな感も否めないが、ちょっと風格が出て来たのは確かだ。絵も沢山置けそうだが、何枚描けるかが問題だ…。

今日はさすがに疲れたので、スパゲッティ屋さんに行ってたらふく食べて寝ようと思った。

「お久しぶりじゃない。なんかあったの?」

「いや~今日1日で事務所を変えまして」

「噴水の向こう側の大きいところ?知ってるわー」

「えらくなったな」

「イギリスにも行ってたんですけど、今後もいつも通り食べにきますよ~」

そんな事を夫婦と喋りながら、料金を払って外に出た。

まだまだ風が寒い。いつもマフラーを忘れてくるので困る。自業自得だけど。

あとは寝ずに絵を描くだけだ。そういえば今日の夜、掃除業者が来るんだった。

それまでは寝ることはできない。

業者が来るまで無心になって絵を描いていると、すぐに業者さんが来た。

「掃除まで外にいてください」

どうしよう、さっきスパゲッティー屋に行ったばかりだ。カフェがいいな。あのたっぷりコーヒーを出すカフェにでも行こうか。そんなわけでカフェに来た。

相変わらずたっぷりである。その間ずっと画集の見本を見ていた。こんな夢見させていただいていいんだろうか。ラッキーもモチロンあるんだけど。

早く画集こないかな。お客さんもすごい形相で待ってくれている画集。

40分ほど経ったので、そろそろかなとお店を出る。

徒歩で歩いた分で丁度1時間くらい経った感じである。

店に行くと業者が道具を閉まっていた。

「どうですか?」

「作業終了です。おつかれさまです」

中を見るとピカピカだ。さすがプロのお仕事は違う。

ここで絵を飾ったら本当に売れるんだろうか。ちょっと不安になってきた。

「タカミさ~ん」

「ヨーコ!」

気になっていたヨーコがお店を覗きにきた。

「ひろすぎませんかね…」

2人ともいざ舞台に立つと、確実に引いていた。

「はは…いっぱい絵、かかなくちゃね…ははは」

「無理してませんか?」

「1日でやったんだよ?そりゃ無茶だと思ってたけど、結果オーライって事で」

「それならいいんですけど…」

「じゃあ私は絵をしこたま描かなきゃいけないのでバイバイね」

「頑張って下さい!」

「うぃ~」


アトリエに道具一式を載せる。よし描くか!


翌日―――――――――


「タカミさん、おはようござ…あれ?」

タカミがフラフラになりながらやって来る。

「お願い90分だけ寝かせて。90分でいいから」

「もしかして一睡もせずに描いてたんですか?」

「描いたのは額縁に入れたから、ライトの当たってるところにかけて、値段もつけて…」

「は。はい」

「じゃあ寝るよ。90分だけ…」そう言い残してまたフラリと別室に入る。


「本日新店にて開始でーす」

おおーっという驚愕さが合い混じった怒号が聞こえて来る。

「じゃ、どうぞ」

「随分広いなー」

「こりゃ格がちがうな」

客も驚きの広さである。皆それぞれ欲しい絵を取ってゆく。

レジでお客さんに、

「画集まだですよね…はは分かってはいるんですけどどうしても聞きたくて」

「すいません、まだです」

ヨーコはそう応えるしかなかった。

「美術館のようじゃの」

例の老夫婦も驚いている。

「すいません背景画の新作はないんです、すみません」

あやまりづくしである。

お昼時間でお客さんも落ち着いたところで、奥の部屋からドスドスンと音が聞こえて来た。起きたのかな?そう思うと暖簾のれんからタカミが顔を出した。

「…なんか問題あった?」

「なにもないですよ。半分くらい売れたのと、背景画が欲しい老夫婦がきたことくらいでしょうか」

「背景画か…今は何か描きたくない。真横の女の子か男の子が描きたい…」

「タカミさん酔っ払ってないですよね?」

「お酒1滴も飲めませ~ん…ごめんまた90分寝るわ。何かあったら起こして」

ぼえええっと叫びながらタカミは別室に戻っていった。

「はは…大丈夫…かな?」

90分後。タカミはようやく意識を取り戻したようで、

「ごめんごめん、目が覚めたわ」

「びっくりしましたよ~」

「絵も全部売れたし、もうすぐ夜だから店じまいにしよっか」

「はい!」

2万ウーロンを取ったヨーコは、メイドから私服になってすぐ帰路についた。

「はあ~また絵かかなきゃな。確か背景画だっけ?そんな事いわれたけど、ちょっと重いなぁ。」

夜になったが、アトリエだけは光が灯っていた。





 








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