第37話亀裂

理久は声も出せず、暗闇に映し出される、離れた場所にいるクロ達の光景を見るしか無かった。


自分そっくりの偽者の手が、クロの股間に降りていく、その様子を…


しかし…


「止めろ!」


クロは静かに言うと、偽の理久のその誘惑の手を途中でつかみ止めた。


「どうして?…」


偽者の理久は、悲しそうにクロを見詰めた。


「俺は、本物の理久としかこう言う事はしないし、したくない!俺には…本物の理久しかいない!」


クロは、キッパリとそう言うと、偽者の理久の手を退けて、本物の理久を追おうと城へ戻ろうとした。


「クロ…」


理久は、安心と嬉しさが込み上げ心の底から呟いた。


こんな暗闇の世界から出て、早くクロの元に行きたいと心底思った。


だがそこに…その声に反応したかのように…


「ピシッ……」


小さな音を立て、理久とアビのいる暗闇の空間の1箇所に僅かな亀裂が走った。


(はっ?馬鹿な…僕の魔法が…)


アビは、それを見て目を剥いた。


「クロ!クロ!」


亀裂に気づかず、離れている隔絶された暗闇の空間から、本物の理久が続けて叫んだ。


その声は、まるで亀裂から漏れ出たかのようにクロに届いた。


てっきり、本物の理久は理久の世界へ帰ったと思っていたクロは驚くが、辺りを見回し叫んだ。


「理久!理久!どこだ!どこにいる!」


クロは、偽の理久を置いたまま、内鍵を開け速攻物置き小屋から飛び出て、又庭やアビの家周辺を見回す。


「理久!理久!どこだ!理久ー!理久ー!」


「クロ!クロ!俺は帰ってない!帰ってない!」


理久はまだ亀裂に気付かず、尚叫んだ。


「理久!理久!どこにいる!」


クロも、必死の形相で叫んだが、そこに、さっきと違う1箇所に又小さな亀裂が走る。


最初の亀裂を修復しようとしていたアビは、又驚愕した。


(そんな…理久さんと陛下の互いへの想いが無意識に、僕の作った暗黒の空間が邪魔だと潰しにきてる!二人の想いに何故こんな力が?僕の魔法が!僕の魔法が崩れる!)


アビは焦り、大声を出した。


「理久さん!止めて下さい!理久さん!今すぐ陛下の所にお帰ししますから!これ以上は危険です!」


「えっ?」


理久は、アビの声でやっと我に返ったが…


だが、遅かった。


「ピシッ…ピシッ…ミシッ…」


小さな嫌な音をさせ、亀裂はゆっくりだがどんどん広がっていく。


同時に理久は、自分の四方を囲む暗闇に亀裂が入り、フワフワと細かい光る粒子が空に舞っているのにもやっと気付いた。


だが、その亀裂の中の一つが、突然大きく崩れた。


そしてその空いた穴の中から…


理久の世界では…


本の物語の中にしかいないような、邪悪な魔物が顔を覗かせた。




















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