第7話 お泊り旅行(後編の前半)

「おいしいですね!」

 と花頼はなよりさんが、ナスの天ぷらを食べながら笑顔で言った。


「これもすごく美味しいよ」

 と僕は白身魚の天ぷらを食べながら言った。


 もしかしたら、生まれて初めて食べた位に美味しい天ぷらかも知れない。


 子供の頃に食べた、母親が作った天ぷらも美味しかったけど、この白身魚のふっくらホクホクした身と、サクっと音がする程にカラっと揚がった衣が天つゆを程よく吸って、噛みしめた時にじゅわっとつゆと魚の味が口の中いっぱいに広がるのを感じる様な天ぷらは食べた事が無い。


 僕はそんな事を思いながら、花頼さんとの食事のひとときを楽しんでいた。


帆地槍ほちやりさん、お茶どうぞ」

 と花頼さんが湯呑ゆのみに温かいお茶を入れてくれる。


 料理はとても豪華だ。


 松茸まつたけが入ったお吸い物はとてもいい香りがしているし、揚げだし豆腐は出汁だしかった豆腐が温かくてほっこりする。天ぷらはエビ、白身魚、ナス、大葉の4種類で、どれも衣がサクサクで美味しい。魚のお刺身もあって、マグロとタイと寒ブリとイカが2切れずつ綺麗に盛り付けられていて、小さな黄色い花が付いた植物が添えられていて見た目も鮮やかだ。ご飯は松茸入りの炊き込みご飯で、これもとても良い香りがしていて美味しい。あとは里芋を煮た小鉢があるけど、僕はヌルヌルと滑る食べ物を箸で掴むのが上手じゃないから、芋を箸で突き刺して食べようと思う。


 さっきまで天ぷらを食べていた花頼さんは、今は刺身をとても美味しそうに食べている。


 僕はこれまで、街の定食屋か、コンビニ弁当やほかほか弁当みたいな食事ばかりしていたから、こんな豪勢な食事は一人暮らしを始めてから初めての事かも知れない。


 これらのご馳走は、一人で食べてもきっと美味しいと思うけど、花頼さんが目の前にいて、一緒に食べているのだと思うと、何だか家族みたいでとても嬉しくて、どんな料理も数倍美味しく感じられるみたいだ。


 そうして何度も「おいしいね」「これもおいしいですよ」などと会話をしながら、あっという間に料理を平らげてしまった。


「ふう、もうお腹がいっぱいです!」

 と花頼さんが座椅子の背もたれに体重を預ける様にして大きく息を付きながら言った。


 僕も真似をして「ふうっ」と息を吐いて背もたれに体重を預けると、座椅子がギシっと少しきしむ音がした。


「ごちそうさまでした」

 と僕が両手を合わせてそういうと、花頼さんも同じように

「ごちそうさまでした」

 と目をつむってそう言った。


 綺麗だなぁ。

 合わせた手も綺麗だし、白いほっぺもスベスベだし、唇も綺麗な色をしているし、栗色の髪がサラサラでツヤツヤだ。


「花頼さんは、ほ、本当に綺麗だなぁ」

 と僕は声に出してしまったみたいだけど、花頼さんはにっこり笑顔で


「嬉しいです」

 と言って、「帆地槍さんにそう言われるのが、一番嬉しいです」

 と言ってくれた。


 僕は何だか恥ずかしくなって、頭をきながらうつむいて、

「ぼ、僕も・・・」

 とだけ言った。


「ねぇ、穂地槍さん」

 と花頼さんが、少しニンマリとした顔で「実は私、この宿の予約をする時に、帆地槍さんと私が夫婦って事にして予約をしたんですよ」

 と言った。


 僕はうんうんと頷きながら、

「さっき、玄関でも和服の人がそう言ってたね」

 と僕は言ってから、「え?」

 と声を上げて花頼さんを見た。


 僕と花頼さんが、夫婦??


「えっと、あ、あの・・・」

 と僕は少し混乱したみたいだ。


 僕と花頼さんは、恋人同士になって、まだ3か月半しか経ってない。


 僕が知らない間に、僕は花頼さんと結婚してたんだっけ?


 僕が混乱しながら花頼さんをじっと見ていると、花頼さんが少し慌てた様に、

「大丈夫ですよ、落ち着いて下さい」

 と言って、中腰で立ち上がってそそくさとテーブルを回りこんで僕のところまで来て、両手で僕の頭を胸に抱いて「大丈夫ですよ。ちょっとした悪戯いたずらみたいなものです」

 と言いながら、僕の背中をゆっくりとさすってくれた。


「大丈夫ですからね。少し深呼吸しましょうね」

 と花頼さんは言いながら、僕の頭頂部に自分のほっぺたを乗せた。


 僕は頭頂部に花頼さんのやわらかなほっぺの感触と、顔中に広がるやわらかいおっぱいを感じながら、花頼さんのいい香りを残さず吸い込む勢いで息を吸い、2秒ほど息を止めてから、ゆっくりと息を吐いた。


「すごく落ち着きます」

 と僕は何度か深呼吸してから言い、「でも、結婚してたのは知らなかったので、すごく驚きました」

 と言いながら花頼さんのおっぱいから顔を離し、中腰で立つ花頼さんの顔を見上げた。


 僕の顔を見下ろす花頼さんは、僕の背中に回していた両手を僕の両頬に置き、

「ふふっ、まだ結婚した訳じゃないけど、私は、帆地槍さんと本当に結婚できたらいいなぁって思ってますよ?」

 と言いながら、僕の唇に自分の唇をチュっと軽く重ねた。


 !!!!


 僕は目を見開いていたかも知れない。

 ビクンと飛び跳ねたかも知れない。

 背中にコンセントが刺さったのかも知れない。


 とにかく、頭の先から背中に向かって電気が走ったみたいになって、身体が痺れたみたいになって、両手をパタパタって鳥が羽ばたいた時みたいになって、腰から下はびっくりして動けなかったけど、数秒が経ってから僕は理解した。


 僕は、生まれて初めて女の人とキスをした。


 いや、違う。

 僕は、花頼さんとキスをしたんだ。


「しちゃいましたね。キス」

 と花頼さんが僕の両頬を手で挟んだまま言った。


「は・・・、はい」

 と僕は、ちゃんと声が出たのかどうか自分でも分からなかったけど、多分そう答えたと思う。


 今まで、母親と花頼さん以外の女の人が僕に触れた事は無かった。


 僕は、花頼さんが恋人になってから、恋人ってどういうものかがよく解らないまま付き合っていた。


 とても優しくて、とてもいい匂いがして、とてもおっぱいが柔らかくて、それはまるで、子供の頃の母親との思い出の様でもあって・・・


 だから僕は、彼女っていうのは、きっとお母さんの様な存在になってくれた人の事だと思っていた。


 だから、やわらかなおっぱいに安心できたし、おいしいご飯を一緒に食べられる事が嬉しかったんだと思う。


 でも今、生まれて初めてキスをした瞬間から、僕の中で何かが変わった。


 いや、花頼さんが変わったのかも知れない。


 又は、僕の花頼さんを見る目が変わったのかも知れないし、とにかく、これまでも大好きだった花頼さんが、急に身近でいとしい人に見えた。


 そして、僕の身体にも変化があった。


 下半身の股間あたりがムズムズとするのだ。


 それは高校生くらいの時に、自分の意思とは関係なく、朝起きた時に股間が固く大きくなっていた時の感覚に似ていた。


 そして、花頼さんの匂いを嗅いでいるうちに、だんだんと頭の中が真っ白になって、何かのエキスが体中を駆け巡り、そして全てが股間に集中していくかの様な錯覚を感じた。


 僕は息が荒くなっていたかも知れない。

 心臓がバクバクと鳴っていたかも知れない。


 何より、花頼さんを思い切り抱きしめたくて仕方が無かった。


 だけど、花頼さんは本当は男の人が恐いから、僕がそんな事をしたら驚かせてしまうかも知れない。


 それだけは、絶対に駄目だ。


 だから僕は、何度も深呼吸をして、油断した途端に花頼さんを抱きしめてしまいそうになる両手を座椅子の後ろに回して、両手を握って我慢したのだった。


 その時、部屋の入口の扉がノックされる音がした。


「失礼します」

 という、さっきの和服の女性の声だった。

 花頼さんが扉を開けて、

「はい」

 と返事をすると、

「お食事はお済みでしょうか?」

 と和服の女性がそう訊いた。


 花頼さんが

「はい、とても美味しかったです!」

 と笑顔で言うと、和服の女性も笑顔で

「それは良かったです。そう言っていただけると、ウチの板前も喜びます」

 と言ってお辞儀をしてから部屋に入り、テキパキとテーブルの上の食器を片付けていった。


 僕はそれを見ながら

「ごちそう様でした」

 と両手を合わせて言って、少しお辞儀をした。


 和服の女性は

「ご丁寧にどうも。綺麗に食べて頂いて、こちらこそありがとうございます」

 と僕にもお辞儀をしてくれた。


「浴場は1階の玄関ホールを通り越した廊下の突き当りにありますので、この後はどうぞ温泉を楽しんで下さいね」

 と和服の女性が言い、「家族風呂も今なら空いてますので、宜しければどうぞ」

 と言って、沢山の食器を乗せた大きなお盆を両手で軽々と持ち上げて、軽くお辞儀をしてから部屋を出て行った。


「帆地槍さん、温泉に入りましょう!」

 と、少し顔を赤らめた花頼さんが僕を見て言った。


「う、うん」

 と僕は頷いて、「ここに浴衣とタオルがあるよ」

 といながら、部屋の隅に置かれていた浴衣とタオルを花頼さんに一組手渡したのだった。


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 脱衣所は、3畳位の広さしか無い小さな空間だった。


「ここが家族風呂ですよ」

 と言う花頼さんに促されるままに僕が脱衣所に入ると、花頼さんも一緒に脱衣所に入ってきて、後ろ手に扉を閉めて、鍵を掛けてしまった。


「あ、あの、花頼さん。鍵をかけちゃったら、他のお客さんが入れなくなるんじゃないかな?」

 と僕が言うと、花頼さんは頷いて

「そうですよ。ここは家族風呂ですから、今からお風呂に入る時間だけは、私たち二人だけの場所になるんですよ」

 と言った。


 えっと、温泉ってそういうのだっけ?


 そういえば今朝、花頼さんが言ってたっけ。


 ここは「硫酸塩泉りゅうさんえんせんで家族風呂だからドキドキしますね」って。


 僕は、きっとものすごく血行が良くなる温泉の事だと思ってたけど、僕はとんでもない勘違いをしていたのかも知れない。


 家族風呂って、家族と一緒に入るお風呂だ。


 ここは脱衣所だし、扉は一つしか無いし、目の前の扉の先は4人位しか入れない湯舟と洗い場があるだけだし、だけどその先の窓からは湖が見えているし。


 逃げ場なんて無い。


 他のお風呂にもここからは行けない。


「やっぱり、ちょっと恥ずかしいですね」

 と花頼さんが言いながら、「帆地槍さんが先に服を脱いでもらえると嬉しいかもです」

 と、少し暖かい脱衣所の空気のせいか、顔を赤くして僕を見た。


 僕も心臓がドキドキして、さっきのキスのせいか股間はムズムズして、だけど花頼さんが僕が先に服を脱ぐのがいいって言ってるので、僕はよく解らないままにシャツのボタンを外してシャツを脱ぎ、少し湿気を吸ったランニングシャツも脱ぐと、ズボンのベルトを外してズボンを脱いだ。


 そして、次にトランクスのウエストのゴムに両手を掛けて脱ごうとしたら、脱ぐ時に僕の股間に引っかかって、それでも無理やりトランクスを降ろしたから、僕の股間で少し硬くなってたものがブルンと上下に揺れた。


 そして僕はすぐにタオルを腰に巻き付け、

「あ、あの、ご、ごめんね」

 と謝った。


「え、な、何がですか?」

 と花頼さんは両手で半分顔を隠す様にしながら、だけどしっかりと僕の方を見ながら訊いた。


「あ、あの・・・、何だか僕の身体が、ちょっとおかしくて・・・、さっき花頼さんが、キ、キスをしてくれた時から・・・、何だかおかしくて・・・」

 と僕はうまく説明できなかったけど、一生懸命説明をして、花頼さんが恐い思いをしない様に頑張ろうと思った。


 花頼さんは深呼吸をして、

「大丈夫です。帆地槍さんなら、大丈夫なはずです」

 と言いながら、「私も服を脱ぎますので、先にお風呂に入ってて貰っていいですか?」

 と僕の顔を見た。


 僕は小さく何度も首を縦に振って頷き、

「じ、じゃぁ、お先に」

 と言いながら化粧ガラスがはめ込まれた浴室の引き戸をガラガラと開けて中に入り、そしてゆっくりと扉を閉めた。


 浴室は半分屋外になっていて、いわゆる露天風呂みたいになっていた。

 僕は掛け湯を何度も頭から浴びて身体を温め、化粧ガラス越しにモザイクが掛かった様に見える花頼さんの姿を見ていた。


 いつの間にかガラスの向こうの花頼さんの身体は肌色だけになっていて、タオルを身体に巻いたのか、その姿は白い竹輪ちくわの様になっていた。


 そして花頼さんがガラス扉に近づき、引き戸をガラガラとゆっくり開けて、中を伺う様に見渡して僕の姿を見つけると、浴室に入って、扉を閉め、ペタペタと僕が掛け湯をして濡れた石畳の上を歩いて僕のところまで来た。


 僕は見惚みとれていた。


 母親とは違う、花頼さんの何とも美しい姿に。


 色白の肌。


 これまでに見た事も無いくらいに露出された両脚りょうあし


 そして、胸元はささやかに谷間が出来ていて、さっきまで僕が顔を埋めていたおっぱいがタオル一枚だけで覆われている。


 花頼さんは木製の手桶を取って、僕の目の前で片膝をついてしゃがみ、ゆっくりと身体に巻いていたタオルを解いた。


 僕は何故か目を瞑ってしまった。


 理由は分からないけど、見ちゃいけない様な気がした。


 すると、2度ほどザバーっと花頼さんが掛け湯をしている音がして、その後、僕の背中に花頼さんの身体が密着するのを感じた。


「じゃ、身体を洗いましょうね」

 と花頼さんは言うと、小さなタオルをお湯で濡らして、シャワーの横のボディソープのポンプを何度か押して、タオルに塗りこみ、それをグシャグシャと泡立てて、僕の背中をゴシゴシと洗ってくれた。


 僕はそれを感じながら、無性にムズムズする股間の上に自分のタオルを掛けたけど、そこはまるでキャンプ場のテントの様になっていた。


 僕はそれをどうする事もできず、ただ、花頼さんに気付かれない事を願うばかりだった。


 だけど、そう上手くはいかなかった。


 気付かれてしまった。


 花頼さんが僕の背中を洗った後、脇の下から手を回して、僕の喉元や胸を洗い出した時、僕の背中に花頼さんの胸の膨らみとその先の突起を感じ、股間のムズムズは痛痒い感じになっていて、自分でも感じた事の無い感覚にどうすればいいのかが分からなかった。


 そして、花頼さんの手が僕のぷよぷよしたお腹を洗い出した時、その手が僕の股間のどうしようも無くなった物に触れてしまった。


「あっ」

 と声を出したのは花頼さんだった。


 僕の背中に花頼さんの心臓の鼓動を感じる。


「あ、ご、ごめんなさい」

 と僕はあやまった。


 花頼さんは、何度も深呼吸をして、僕の首に花頼さんの息がかかるのが分かった。


「大丈夫・・・、大丈夫なはずです・・・」

 と花頼さんは言いながら、僕のお腹を洗っていたタオルの泡を自分の手ですくい取り、僕の腰に掛けていたタオルをそっと取り外して、僕の股間の物に泡だらけの両手で軽く握った。


「ああ!」

 と僕は変な声を出してしまった。


 身体がビクっと反応した。


 腰全体が痺れる様な感覚に震えた。


 頭のてっぺんに突き抜ける様なその感覚は、花頼さんの手が僕の物を軽く握ってゆっくり上下させる度に腰が痺れる様な感覚になり、膝が笑っているかの様にガクガクと震えた。


 と思った途端、僕の物から何かが出た。


 それは花頼さんが腕に掛けていたタオルに向かって飛び出し、何度かビクンビクンと僕の膝が震えるのに合わせて飛び出した。


 僕にはどうしようも無かった。


 何が飛び出したのか分からなかったけど、これはきっと悪い物じゃないと思った。


 なぜなら、今まで感じた事が無いこの感覚が、まるで花頼さんが授けてくれた幸福の一部であるかの様な、言い換えれば、それは「快感」と呼んでもいい感覚だったからだ。


 まるで生まれたての小鹿の様に足を震わせる僕の身体を、花頼さんはギュっと抱きしめてくれて、


「ちょっとビックリしましたね・・・。でも、良かったです」


 と僕の耳元に顔を寄せて、そう言った。


 僕の頭は痺れた様になっていて、耳元で言ったはずの花頼さんの声は、まるで僕の頭の中で響いているかの様に聞こえていたのだった。

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