第3話 お買い物デート(後編)
「
と
僕は、すぐには言葉の意味を理解できなかった。
キョウハドコカニトマリマセンカ?
「帆地槍さんとなら、男の人が恐い気持ちが治せるかも知れないですし・・・」
と花頼さんが続けて言った。
ああ・・・、きっとこういう事だな。
「び、病院に入院したいって事・・・かな?」
と僕は念のために訊いてみた。
すると花頼さんは、少し首を傾げて、しばらく僕の顔を見ていたけど、
「ああ、そういう・・・」
と言いかけて俯いたかと思うと、クスクスと笑いながら肩を震わせた。
そして再び顔を上げて僕を見る花頼さんは、もう顔が熱っぽくも無かったし、すごく元気そうになっていた。
その後もひとしきり「ふふふ・・・」と笑ってた花頼さんは、
「はあ~」
と息を吐きながら「ごめんなさい。まさかそういう風に受け取るとは思って無くて、ちょっと可笑しくて笑っちゃいました」
と言った。
「あ・・・、あのごめんなさい。お、男の人が恐くならない様に治してくれて、泊まれる所が、び、病院しか思いつかなくて・・・」
と僕が言うと、
「いいんです。帆地槍さんらしくて、ほっとします」
と言って、「おかげで元気を頂きました」
と明るい表情になって立ち上がった。
僕は何かを間違ったみたいだけど、花頼さんが元気になったので、良かったと思った。
「じゃあ、せっかく銀座まで来ましたし、お買い物に行きましょう」
と花頼さんは僕の手を引っ張って、僕を立たせてくれた。
「あ、う、うん。ぎ、銀座だもんね」
と僕は花頼さんの手に引かれるままに付いて歩き、公園を出て銀座の方へと歩いて行った。
しばらく歩くと銀座の中央通りに出た。
沢山の高級そうなお店が並んでいたけど、花頼さんは新しい服を買いたいらしくて、ユニクロの方に向かって行った。
「今日は、帆地槍さんの服を買いたいなって思ってるんです」
と花頼さんが言った。
「あ、ぼ、僕も、花頼さんの服を、か、買いたいです」
と僕が言うと、花頼さんは笑顔で僕を見て
「すごく嬉しいです!」
と言ってくれた。
よ、良かった。
やっと僕にも、花頼さんが喜ぶ事が出来そうだ。
ユニクロなら僕も一人で行った事があるし、買い物の仕方も知ってるから、花頼さんにプレゼントができる。
しばらく歩くと、ユニクロの看板が見えてきて、僕達は二人でお店の中に入った。
「うわあ・・・」
と僕はお店の中に入って声を上げた。
思ってたよりもすごく大きなお店で、12階建てのビル全体がユニクロになっていて、僕が行った事があるユニクロとは比べ物にならない位に沢山の服が売っている。
「じゃあ、先にメンズコーナーに行きましょう」
と、花頼さんが僕の手を引いてエレベーターの方に向かった。
「す、すごいね。ぜ、全部がユニクロなのかな?」
と僕がキョロキョロと店の中を見回して言うと、花頼さんは楽しそうに
「すごいですよね! メンズカジュアルは8階みたいですよ」
と言った。
しばらくしてエレベーターの扉が開いて、一組のカップルがエレベーターから出て来て、僕達とすれ違って行った。
僕達がエレベーターに乗り込むと、花頼さんが8階のボタンを押してくれた。
すると、エレベーターの扉が閉まる前に、もう一組の若いカップルが腕を組みながらエレベーターに乗り込んできて、6階のボタンを押した。
エレベーターの扉が閉まって、カゴが静かに動き出す。
そして6階に止まって扉が開くと、そこは女の人の下着が売ってるフロアだったけど、若いカップルが一緒に6階で降りて行った。
「あ、お、男の人も一緒に降りちゃったね。お、女の人の下着売り場なのに・・・」
と僕が言うと、花頼さんは
「いいと思いますよ。恋人同士なら普通ですよ」
と言って、「私も、帆地槍さんに下着を選んで欲しいと思いますよ」
と、また少し顔を赤くしながら僕に言った。
「あ、そ、そうなんだ・・・」
と僕はまた心臓がドキドキするのを感じて、不整脈が最近多くなったから、健康に気を付けようと思った。
エレベーターはすぐに8階に着いて、扉が開いた。
僕達が降りると、壁には「メンズカジュアル」と書かれた看板があって、この階全部がメンズ服の売り場だと解った。
「す、すごいね。本当に・・・」
と僕は、こんな大きな店で買い物するのが初めてなので、驚いてばかりだった。
10月になったからか、秋物と冬物が沢山飾られていて、所々にあるマネキンにもオシャレな服が着せられていた。
「帆地槍さんは、嫌いな色とかありますか?」
と花頼さんが訊いたので、僕は正直に言おうと思って
「あ、赤色と紫色が苦手です」
と言った。
「そうなんですね・・・」
と言いながら、花頼さんは色々な服を出してきては、僕の身体に充てて「こっちの方がいいかなぁ」などと言いながら僕の為に色々考えてくれてるみたいだ。
「寒い季節になると、温かい感じの色がいいって人が多いのに、どうして赤色が苦手なんですか?」
と花頼さんが訊くので、
「ぼ、僕にひどい事をする人が、赤色の服と紫色の服を、き、着てたから・・・」
と僕は正直に言った。
「そうなんですね・・・」
と花頼さんが少し悲しそうな顔をしたので
「あ、あの、だけど、花頼さんが選んでくれた服は、ま、毎日着ます」
と言った。
花頼さんは
「嬉しいです」
と言って、茶色い綿パンと黒いジーンズ、そして薄いピンクの長袖のポロシャツと薄いベージュのポロシャツ、更に青いデニム生地のジャケットを僕に渡して
「じゃあ、これを試着してもらっていいですか?」
と言って、試着室の方へと手を引いてくれた。
「えっと・・・、ど、どれとどれを着れば・・・」
と僕はどうすればいいのか分からなくなって訊くと、
「じゃあ、とりあえず茶色いパンツとピンクのシャツの上にジャケットを着てみて貰えますか?」
と教えてくれた。
「う、うん。分かりました」
と僕は言って、試着室のカーテンを閉めて服を着替えだした。
ウエストのサイズはピッタリだ。だけどズボンの裾が余ってしまうので、後で調節してもらわないといけないな。
僕は花頼さんに言われた通りに服を着て、鏡に映る自分の姿を見てみると、そこにはいつもの樹木や山芋みたいな僕の姿は無く、まるで街を歩く普通のおじさんみたいな僕が居た。
「す・・・すごい・・・」
と僕は声に出していた。
「帆地槍さん、開けてもいいですか?」
と花頼さんが言うので、
「あ、だ、大丈夫です」
と僕が言うと、花頼さんが少しだけカーテンを開けて顔だけをブースの中に入れて僕を上から下までまじまじと見ていた。
「うん。やっぱり似合いますね!」
と花頼さんは満足したみたいで、「このままちょっと待ってて下さいね。店員さんを呼んできますから、裾直しをお願いしちゃいましょう」
と言って、カーテンを閉じてどこかへ行ってしまった。
しばらくすると
「失礼します」
と言って、店員さんがカーテンを開けて、僕の足元に膝を着いて「お裾直しはこれくらいでいいですか?」
と言って、ズボンの裾を床に付くか付かないか位のところで止めてくれる。
「あ、はい。大丈夫です」
と僕が言うと、今度は花頼さんが、
「じゃあ、今度はジーンズに穿き替えてもらって、こっちも裾直しをお願いしちゃいましょう」
と言って、僕に黒いジーンズを渡してくれた。
「あ、うん」
と僕はジーンズを受け取り、茶色いズボンを脱いで、黒いジーンズに穿き替えた。
「あ、あの、出来ました」
と僕が言うと、店員さんがカーテンを開けて、また裾の丈を調節して針の様なものを裾に刺している。
「はい、じゃあ着替えて頂いて結構ですよ」
と店員さんが言ったので、僕は元の自分の服に着替える事にした。
着替え終わって試着室の鏡を見ると、そこには半分皮を剥いた山芋みたいな僕が居て、これまでに花頼さんには8回もデートをして貰ったのに、全然僕がオシャレじゃ無かった事を申し訳なく思った。
「あ、あの、これ・・・」
と僕がカーテンを開けて、2着のズボンを店員さんに手渡すと、店員さんはズボンを受け取ってから小さな紙を花頼さんに渡していた。
「こちら引換券になりますので」
と店員さんが言っていたので、裾直しが終わったら取りに来て紙を渡すんだと思った。
「じゃ、次は6階に行きましょ?」
と花頼さんが言ったので、僕は頷いて
「う、うん」
と言って試着室を出た。
そして花頼さんの手に引かれてエレベーターに乗って6階で降りると、そこはまるでメルヘンの世界の様で、パステルカラーの世界が広がっていて、沢山の下着が並んでいた。
「帆地槍さんは、私に似合う下着の色ってどんな色だと思いますか?」
と花頼さんは、少し恥じらう様に訊いてきた。
僕は女の人の下着の色に詳しくないけど、花頼さんなら薄い色が似合うと思ったので、
「あ・・・、う、薄い色が似合うと、お、思います」
と言った。
僕は花頼さんの下着姿を想像してしまって、とても恥ずかしくなってしまって、心臓が不整脈になって、頭がクラクラとしてしまって、両手で顔をゴシゴシとして、花頼さんの顔が見れなくなってしまった。
「分かりました」
と花頼さんは言って、僕の手を引いて店の奥の方へと進んでいった。
そして、ショーツやブラジャーのサイズを見ながら、薄いピンク色や薄いグリーン、そして薄いブルーの下着セットを取り出して、
「わ、私がこういうの着たら、帆地槍さんはどう思いますか?」
と言いながら、ブラジャーを自分の胸に充てて僕の方を向いた。
僕はもう心臓が飛び出てきそうなくいらいに不整脈になっていて、少し頭が混乱していたんだと思う。
だからこんな事を言ってしまったのです。
「け・・・、結婚したいと思います」
と・・・
すると花頼さんは驚いた様な顔をしたけど、すぐに僕の身体に抱き着いて、
「嬉しいです」
と言っていたし、僕は何が何だか分からなくなって何度も頷いていたし、周りのお客さんは不思議そうに僕達を見ていたし、店員さんは
「お買い上げですね? レジはあちらになります」
と言っていた。
その後の事はよく覚えていないけど、僕は花頼さんに手を引かれながらレジに行って、ちゃんと僕がお金を払ったと思う。
花頼さんは
「これからは毎日この下着を着けますね」
と言っていたし、僕は
「は、はい。見てみたいです」
と言っていたと思う。
もう僕の頭はどうしようも無くおかしくなっていて、僕はバクバクと破裂しそうな心臓の音で外の音があまり聞こえなくなっていたし、いつの間にズボンの裾直しが終わったのかも覚えていないし、どうやって店を出たのかも覚えていないけど・・・
僕が一つだけちゃんと覚えているのは、花頼さんがずっと僕の手を握っていてくれた事だ。
「今日は、すごくいい買い物が出来ましたね」
と花頼さんが言った。
僕は、
「うん・・・、本当に凄かったです」
とまだ少しクラクラする頭で、花頼さんの言葉に一生懸命返事をした。
花頼さんはいつもよりギュっと僕の左腕に抱き着いていて、
「私、本当に幸せです」
と言うのが聞こえた。
僕はそんな筈は無いと思って、
「ぼ、僕の方が、もっと幸せです」
と言ったのだった。
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