地雷も踏まなきゃ怖くない

弥生奈々子

地雷も踏まなきゃ怖くない

 今日は最悪の日だ。

休日の昼間、暇を持て余した僕は大音量で曲を聴いていた。しかしいきなり音が途切れたのだ。イヤホンの故障かと思いすぐさま外して再度流してみるがそれでも音は鳴らない。どうやらスマホが壊れたようだ。

しかし僕も大人だ。その程度のことで怒髪天を衝くことはない。溜飲を無理矢理飲み込み気を取り直してタブレットで動画を見ようとするがそっちも音が出ない。

 タブレットも壊れてしまっている。これを不幸と言わず何と呼ぼうか?

 そんな弱り目に祟り目な今日という日にも一つラッキーなことがあった。ずっと僕をイライラさせる工事が終わったのだ。あの耳障りな重機の音が一切聞こえない。


「えっと、小町ちゃん? 私は怖い話をしてほしいと頼んだのだけれど」

 少女がきょとんフェイスで小首を傾げている。しかしそのような不満を投げかけられても小町は表情を崩さない。逆にますます満足気だ。満面に喜悦の色を浮かべ言葉を返す。

「鈍いですね。いいですか? これは所謂意味が分かれば怖い話なんですよ。どうしてスマホやタブレットから音が流れなくなったんでしょうか?」

「そりゃあ壊れたから……あ」

 少女の顔色が青ざめていく。どうやら意味がわかってしまったようだ。そこからは必死になって仮説を否定するための論拠を探しているのが見て取れる。しかしながら、そのよ

うな根拠は一切見つからない。

「この人は鼓膜が破れたんだ怖いいいいいい!」

 少女は観念したように恐怖に顔を歪ませ声を上げる。追撃をかけるように小町は言葉を投げかける。

「この男は音が途切れる前何をしていたのでしょうか?」

「大音量で曲を聴いてた。伏線凄いいいいいい!」

 少女たちが大騒ぎしていたところ、音の割れた童謡が外から聞こえてくる。

「っと、もうこんな時間ですか。真奈さん、帰らなくて大丈夫なんですか?」

「えっとえっと、そのことなんだけどね……」

 真奈は少しばつが悪そうにしながら上目遣いで小町を見る。その眼にはほんの少しであるが涙をためている。

「家まで送ったりはしないですからね?」

 流石は友人というべきか、見事に真奈の心をツーカーで察知した小町は親友の声なき願いをすげなく断った。小町は小町でホラーが苦手なので暗い中、真奈を送った後一人で帰りたくないという切実な思いがあるのだが、自分のことでいっぱいいっぱいな真奈には悲しいかな一ミリも通じない。

「ただいま」

 ある種膠着状態の様相を呈してきたとき、小町の兄が帰宅する。

 お互い怖い話の直後、極度の緊張状態だったため扉が急に開いたことにより、叫び声を二人揃えて上げたことは言うまでもないだろう。二人の少女にステレオで悲鳴を上げられた兄も心に大きなダメージを受けたわけではあるけれどそれはまた別のお話。

「なるほど、それで言い争っていたと」

 二人の話を聞いた兄は女子小学生に嫌われたわけではなかったことに一安心し、どうしたものかと少し思案する。その後なにか思いついたのか自信に満ちた顔で二人を見る。これが漫画やアニメの世界であったならば彼の頭上には電球が煌々と光り輝いていたことだろう。

「そういうことならお兄ちゃんも面白い話を持ってるぞ」

 彼は少女たちの返事を待たず話しはじめる。


 ある青年はリサイクルショップでDVDを一万円払って購入した。そのDVDというのは黒いガムテープでパッケージ部分が覆い隠されている不気味なものだった。青年は店主から絶対にガムテープを剥がしてはならないと忠告されたが一万円も払って買ったのだから当然見る権利はあるとガムテープを丁寧に剥がした。

青年はそこに書かれた文字を見て驚愕しDVDを落とした。


ふう、と息を吐くことで小町の兄は話の終わりを示した。少なくともその瞬間までは吐息の音が聞こえるくらいには静かな空間だった。

「呪いのDVDだったんだ! それに青年は気付いたんだ! 怖い怖い怖い怖い怖い!」

終わりの余韻も束の間。堰を切ったかのように真奈は恐怖を訴え始める。真奈ほどではないにしろ小町の表情も暗い。

「お兄ちゃん、これのどこがいい話というんですか? いたけな女子をいじめてそんなに楽しいですかね? 見損ないました」

「そりゃあまあ楽しくないことはないけれど。別に怖がらせたかったわけじゃない。三千円だよ」

妹からの詰問もどこ吹く風で青年は言葉を返す。しかし彼の返答は少女たちが得心するには説明が足りなかったようだ。青年もそれを察したようで説明を付け加える。

「パッケージには三千円と書かれていたんだよ。一万円で買ったDVDが定価三千円ならショックを受けてもおかしくないだろう?」

「なーんだ、なんか種を知ってしまえば肩透かしというかなんというか」

先ほどまで恐怖に悲痛の表情を浮かべていた真奈だったが、種明かしを聞いて拍子抜けしたのか今やそんな素振りは微塵も感じられない。元々最初の話を聞いて帰宅できなくなる単純な子供である。復帰も早いのだろう。

「意味が分かれば怖くない話というわけだよ。これで怖くなくなっただろう? とはいえもう暗いし家まで送るよ。荷物を置いてくるから少し待っててくれ」

「お兄ちゃん」

青年が廊下に出ると小町が呼び止める。どうやらついてきたようだ。青年はもしやすると今の話ではだめだったかと危惧したがどうやら違うようで小町は兄へと質問する。

「ゆみぶたって知っていますか?真奈さんがくれた珍しいお肉の部位らしいんですけれど私わからなくて」

青年は少し思案顔になった後よくない結論に至ったのだろう、顔をしかめる。しかしそれはほんの一瞬のことで柔和な面持ちに表情を整え言葉を吐く。

「『意味が分かると怖い話』というならば意味なんて分からなければいい、そう思わないか?人間そう簡単には割り切れないんだろうけれど」

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