別れと絆

「自分が何を為したいのかは感性で感じ取るといい。それが自分にとって正しいことなのかどうか。それを理性で判断して選ぶんだ。

 まだ未成年のお前は、その感性を鍛えるために、様々なことに挑戦し、様々な経験を積んで、考え、消化する。それを繰り返してゆくことで、やがてお前は大人になれる。

 だからな、自分自身の素直な気持ちを感じて、何をするのかを選ぶんだ。時に失敗しても良い、いろいろ経験してみろ」


 僕の父さんは少し変わっている。

 普段は物静かに、テレビもほとんど見ないで何かを読んでいることが多い。だけど何かに興味を持つと喰いつくようにかかり切りになることもしばしばある。

 あんまり夢中になって、僕がそれを言うと恥ずかしそうに笑ったりするのだ。


 あまり他の親が言うような、小言がましいことは滅多に言わない。

 少し突き放したようなところがある接し方に、僕は時に不安を感じることもあった。

 そんな父さんだが僕は尊敬していて、そして僕が中学に入学するときに贈ってくれたのが先の言葉だった。

 それきり助言アドバイスめいたことは何も言わない。


 だからこそ、僕は考える。

 自分はどう生きていきたいのか、どうなりたいのかを。

 考えなくてはならないんだ。


***


「う~さぎぃ! 今日も可愛めんこいのぉ、お主は!」


 うしろから誰かが跳び上がって抱き着いて来た。

 正体はわかっている、親友のくるみちゃんだ。


「また変な喋り方して……。

 もう来年には高校生になるのに、その『うさぎ』って綽名はなんとななかないの?

 私は宇佐美だよ、う・さ・み」

「そしてウサギ大好きなまなちゃん、通称うさぎちゃん。

 折角定着したんだし、可愛い呼び名なんだから、いいじゃない!」


 そう言ってコロコロ笑っている。


「来年は高校生、か。受験も憂鬱じゃのう。

 年下の彼氏君は、進路をどうするのか決めているのかね?」

「もう、彼氏って……。

 のぞみ君とは友達なんだよ、何度も言っているじゃない」


 小柄で快活で、友達が多いくるみちゃんは、大柄で引っ込み思案な私とは正反対。

 でも何故か私と一緒に居てくれて、昔の出来事も全て知られている。

 小学生時代からの友達、密かに想っている希君のことなど、特に。


「だから可愛めんこいと言うのだよ、お主は。

 あれだけいつも一緒にいて仲を見せつけているのに、お互い告白していないとか。

 うさえもんのラブラブっぷりに当てられて、告ってしまいなさいよ!」


 あはは、と笑って背中をばちーんと叩いた後、別の友達に声を掛けられて走り去って行く。

 痛いって。

 相変わらず、明るくて、忙しそうで、楽しそうだ。


 私もあんな風になれたらな、といつも思う。

 希君に一言、『好きです』と言えたら、どんなにか。

 でも、思うだけ。


 年上で、友人も少なくて、取り柄のない私。

 年下で、勉強も運動もできて、友達の輪の中心にいる彼。


 溜息しかでないよ。


「あ、まなちゃん、ここにいたんだ。

 教室にいなかったらか、少し探しちゃったよ」


 考えていた相手に背後から声を掛けられ、一瞬、跳び上がるかと思った。

 振り返ると自分よりも少し高い目線。

 最近、遂に身長で抜かれてしまった希君の優し気な笑顔がそこにあった。


「はい、これ。こないだ行った映画のパンフレット。

 あと、今週末もいつもの公園にうさえもん連れて行く?」

「あ、わざわざ持ってきてくれて、ありがとう。

 うん、天気次第だけど、今週末も連れて行く予定だよ」


 じゃあその時にね、と手を振って駆け去っていく希君。サッカー部の練習に行くのだろう。

 試合の応援に行った時の彼の姿を思い浮かべる。その小気味よい動きと、気が付くと要所で良いポジションに居る先読みの良さから、常に彼は声援の中心にいた。

 応援でも大勢の中に埋没している自分とは大違い。


 悪戯ウサギが人間の大人達を引っ掻き回すうちに恋愛成就してしまうというラブコメ映画のパンフレットを見て、こんな風に都合良く現実が回ってくれたらどんなにかいいのにと思い、また溜息をついた。


***


 赤や黄色に色づいた木々の葉が地上を覆い始めているのを眺めながら、黒いカートをころころと押す。

 頬を通り過ぎる風は既に冷たくなり始めているのに、隣を歩く希君のことを考えると胸がじんわりと暖かくなるのが不思議だ。


「もう空気もだいぶ冷えてきて、今シーズンのうさんぽもこれが最後かな?」

「ウサギの散歩でうさんぽ。部屋で放すとへやんぽ。ウサギの飼い主さん達の言葉はいつ聞いても独特で、クスリとするよ」


 そう言って微笑みながらこちらを見る希君を見て、私も自然と笑みが浮かぶ。そのまま、本日の主役、カートの中の二羽に視線を移す。


 上下二段構成になっているカートの上段には美小兎みことがお行儀よくちょこんと座り周囲を眺めている。これに対して下段では、ぷうぷうと鼻を鳴らしながらカートの覆いを押しのけようとする少し行儀の悪いうさえもん。

 まさにお嬢様と野生児といった全く異なる雰囲気を持つ二羽だが、どうしてなかなか仲が良いのが不思議だ。


「うさえもんももう四歳か。成長している、て感じだよね」

「うさぎの四歳と言ったら、人間で言うと四十歳代だもん。

 アラフォー、アラフォーってお母さんがうるさいんだよね」


 そのくせ年上の美小兎の年のことを言うと不機嫌になる母親との定番のやりとりを思い出して、思わずクスリと笑みがこぼれる。そんな愛のことを優しい眼差しをして微笑んでいる彼のことは見えていない。


 目的地の広場に到着して散歩紐ハーネスを装着させ、二人で散歩させる。

 美小兎がゆったりと跳ねているそばにぐいぐい近づこうとするうさえもんを希君が押さえているが、油断していると引っ張られかねない力強さを発揮する。

 そんなうさえもんも、美小兎に近づくと大人しくなる。やがて寄り添いながら、うさえもんの毛繕いを受け入れる美小兎を見ていると、本当に仲が良いなと感心するまでが定番デフォルトだ。


 ……私もあんな風に仲良く寄り添えたらな。

 そんな思いがよぎり、ちらりと希君の方を盗み見た。

 のんびりしているかと思いきや、少し真剣な雰囲気でうさえもんを見詰めている。


「うさえもんがどうかした?」


 急に声をかけたせいか、少しびっくりした顔。


「いや、うさえもんも大人なんだなって思ってさ。

 僕達が大きくなったら、どんな大人になっているのかな、とか思ってしまって」


 私達が大人になったら!?

 それって、どういう?


 思わず彼の横顔を見てしまうが、案に相違して彼は真剣に、いや物憂げに、うさえもんを再び見ていた。


 いや、違う。

 うさえもんを見ているのではない。何か遠くを見ている。

 希君の目を見てそう感じた。


 不思議だ。

 密かに一番楽しみにしている希君との定番の散歩。

 楽しい気持ちで満たされるはずなのに、何故か一人でいるよりも孤独を感じた。

 まるで、彼が遠くに居て、とりのこされた気分。


「もう三年にもなるんだね、うさえもんをお迎えしてから」


 うさえもんに視点を戻しながら希君が呟く。


「うん、学校飼育が廃止されて、小学校からウサギ達が卒業して三年。

 『学校でこれ以上の飼育は困難です!』とか言って、大騒ぎしたもんね。

 皆で全員の引き取り手を探して、何とかみんな行く先が決まって」


 そして私は嫌がる母親を説得してうさえもんをお迎えして、その時のつながりで希君と縁が続いて、本当にこの子には感謝しかないんだよね。と、頭の中で続く。


「それで子ウサギから大人のウサギになって。どんな気持ちなのかな……」


 また希君の目が遠くなる。


「うさえもんは美小兎と一緒になれて、すごい幸せそうだよ?

 一緒に部屋で放へやんぽしてあげると、ずっと側にいるもの。

 うさえもんの方が近寄って行って、美小兎がそれを受け入れて、いつも一緒」

「そうだよね、大切な相手と一緒にいる、それって大事だもんね」


 そう言いながら、希君はそっとうさえもんの頭を撫でる。


 また、難しい顔をしている。


 希君は、大事なものを探しているの?

 私は希君の側に居ると、それだけで幸せなんだよ?


 本当はとても大切なその言葉は口にされることはなく、頭の中で消えて行った。


***


 それから一と月が経ち、気温は一気に冷え込む日々。

 季節は晩秋、もうウサギ達と一緒に散歩うさんぽできる気候ではなくなり、何より受験の準備がある。

 ああ、心のオアシスが……と言っても仕方がない。それに最近、希君はいつもどこか物憂げで、もし一緒に散歩うさんぽできたとしても、果たして心から楽しめるのか、自信がない。


「ほらー。また暗くなってる!

 相手が暗くなっている時に自分まで落ち込んだら、二人でずるずるだよ!

 最近は学校で少し話すくらいしか会えてないんでしょ、もっとしっかりしないと!」

「そうなんだけど、くるみちゃん。

 何を話していいのか分からないんだよ」

「そういう時はイベントだよ! イベントぉ!

 もうじきクリスマスだよ? これしかないでしょ!」


 クリスマス。


 本来ならば、そんな大胆な、と言って尻込みするであろう大イベント。

 しかし……来年は高校進学で学校も変わる。受験で会える機会もなくなる。

 何より、希君の憂いを帯びた表情が気になる。


 ……やるしか、ない。


「うん……くるみちゃん! 私、頑張ってみるよ!」


 拳を握りしめる私を驚きの目で見たくるみちゃんは、次の瞬間に満面の笑みに。


「そうだよ! その意気だよ! おぬし、がんばるのじゃ!」


 そう言って背中をばんばん叩いてくる。


 ……だから痛いってば。


 はしゃぐくるみちゃんと別れて家路につく。


 決意を胸に秘め、クリスマスに遊ぶためにも今日から勉強をいつもより頑張らないと!そう自分に言い聞かせて家のドアを開け、気合を入れて中に入る。


「ただいま!」


 おかえり、の返事がないことに少しだけ違和感を感じつつリビングに入ると、一角にしつらえてあるうさぎスペースの側でおろおろしている母親がそこに居た。


「あれ? お母さん、どうしたの?」


 側に寄ってしゃがみこむ。

 すると、ケージの奥で丸くなっている美小兎が目に入る。


「なんか、美小兎ちゃんが元気なくて。食欲もないみたいだし……」


 良く見ると、美小兎の側に大好物の小さく切ったリンゴが手つかずで置かれている。確かに、いつもなら喜んで喰いつくのに。


「病院は行ったの?」

「今日は休診日だから、明日の午前に行こうと思うの。

 それまでがちょっと心配だけれど……」


 先ほどの決意がしぼんで行くのを感じながら、丸くなって動かない美小兎と、それを見てしきりに手をすり合わせている母親の姿を交互に見るしかなかった。


***


「あれー、希ちゃん、いらっしゃい?」

「あの、くるみさん、ですからその『希ちゃん』というのは……」

「まあまあ、良いではないか。お主のお目当ての子なら、今日は帰っちゃったよ?」


 学校が終わって、皆が帰り支度しながらわいわいする時間帯。

 解放感に浸りながらも、受験のための次なる勉強に向けて一息ついている時間に、彼は急いでやってきた……にも関わらず、愛はすでに帰宅したという。


「今日も早い帰宅ですね。何故、こんなに急いで帰るのでしょう?」

「あれ? 聞いていない? なんか、愛ちゃんの家のウサギが調子悪くて心配なんだとか言っていたよ?」

「うさえもんが?」

「いや、女の子の方って聞いてるけど」


 今日も逃したか、と溜息をつく。

 時間がもうないのに、と焦る心を希は持て余す。


「そういえば、クリスマスはどうするの?」


 ――クリスマス?


 ちょっとびっくりした顔になってくるみを見返す希。


「ややや、そんな顔をして! やっぱり愛ちゃんも既に誘っていたのか!」


 にやにやしながら人差し指で肩をつんつんしてくるくるみから身を離しながら、驚きを深める希。


「クリスマス? 誘う? 何のことですか?」

「あれ、愛ちゃんから、クリスマスに出かけようってお誘いを受けてないの?」


 誘っていないのであれば完全に暴露になる質問をさらっとするくるみ。

 その言葉を聞いて、驚きから苦い表情に変化した。


「いえ、残念ながら僕は聞いていないです。

 そして、僕はそのことで愛ちゃんに話があってきたんです――」


 そう言って、愛への言伝をくるみにお願いした。

 明日の夕方、いつもウサギ達と散歩に行っている公園で会いたい、と。


***


「希君、お話しってなあに?」


 そう声を掛けられて、希は顔を向けた。


「ずいぶん顔色が悪く見えるけれど、大丈夫……?

 そういえば、美小兎ちゃんが調子悪いんだっけ?」

「うん、実はもう、治らないかも知れないって……。身体に悪性の腫瘍があるとかで、すごい辛そうで。

 それで、美小兎を看病しているお母さんも悲しそうで。

 いつも一緒に遊ばせていたのに、急に会えなくなったうさえもんまで元気がなくなっちゃって、どうして良いのかわからないよ」


 そう言って俯く愛。

 少し鼻にかかった声。良く見えないけれど、目が潤んでいたように思える。


 精神的に、相当辛い上に、家庭内の雰囲気もかなり悪いのだろうな。

 想像はつくけれど。どうしよう。

 今から自分が話さなくてはならない内容を思い浮かべて、さらに愛を追い込んでしまうと不安になる希。


 しかし、時間がない。

 彼女は希にとっても大切な存在。このまま何も言わない、ということは有り得ない。


「愛ちゃん。

 本当ならこんな状態でするのは良くないとは思うのだけど、ごめん、時間がないんだ。

 愛ちゃんに話さなきゃならないことがあるんだ」


 その不穏な響きのする内容、そして緊張で微かに震える声に、不吉な予感を感じ取った愛は、いつもよりも更に白くなった顔を少し持ち上げた。

 顔の表面が自分の物でないように強張っているのを愛は感じた。指先が冷たい。うまく呼吸ができない。


 どうしたの?

 そう言いたくて、口を開こうとして、でも唇は動かない。


 愛が口を開かないのを見て、希が口を開き始めるのが見える。

 

 心臓がうるさい。視界が揺れる。聞きたくない。


「父さんが米国に転勤になった。

 僕は、家族と一緒に行くことに決めた。

 急でごめん。でも、冬休みに入る前に出発しなくてはならないんだ」


***


「愛ちゃん、もう最後だよ?

 本当に行かなくていいの?」


 くるみちゃんが心配そうに声を掛けてくる。


 今日は、希君が家族と一緒に日本から旅立つ日。

 お見送りで会える最後のチャンス。

 でも。私は行けない。


 別に意地を張っていたり、わざと行かない訳ではない。

 私の目の前には、ぐったりしたうさえもんがいた。


 美小兎に会えなくなってから、部屋で散歩へやんぽさせてもずっと美小兎を探していたうさえもんは、つい先週に美小兎がお月様に行って亡くなってしまったことに感づいたのか急に元気がなくなり、食事もロクに取らなくなった。


 もう、私もどうして良いか分からない。


 あの日、希君から転校の事を聞いてから帰宅するまでのことをまるで覚えていない。ただ、自分では分からなかったけど、美小兎にかかりきりだったお母さんが心配する程には酷い様子だったようだ。


 それ以来、ずっとふわふわしている感覚で、くるみちゃんもふざけて来ない。希君とも会っていない。

 お母さんとも、美小兎がお月様に行って以来塞いでしまって、まともに話せていない。

 今日のことをくるみちゃんに聞きはしたものの、今のうさえもんを置いて外になど出かけられない。


 ――もう、どうして良いか分からない。


 ぽたり。


 私の目から、滴がうさえもんの上に落ちた。


「私を置いていかないでよ?

 これ以上、私を一人にしないでよ?」


 ぽたり。ぽたり。ぽたり。


 最初に落ちた一滴に、次々と新しい滴が続く。


「美小兎は行ってしまった。

 希君も行ってしまう。

 お母さんは話をしてくれなくなった。

 この上、うさえもんまで私を置いて行かないでね?

 私、イヤだよ? 一人にしないで?」


 鼻がつまりまともに喋れなくなっている私の声を聞いて、億劫そうにうさえもんが目を薄く開いて私を見る。

 力ない目。美小兎の最期を思い出す。


「置いて行かないで。

 一人にしないで。

 私、これでうさえもんが行っちゃったら、耐えられない」


 元気なく丸くなっているうさえもんを抱きしめる。

 持ち上げると力なくぐんにゃりとして重く感じる。


「うさえもん……うさえもん。

 もう、嫌なんだよぉ……お願いだよぉ……」


 涙がぼろぼろと溢れ出す。

 今までどこかに溜まっていた物が一気に噴き出したかのように。

 うさえもんを抱きしめながら大声で泣いた。

 必死で引き留めた。


 いかないで。うさえもん。

 いかないで、お願いだから。

 置いて行かないで、お前だけは側に居て。


 泣き続ける私は、ふと鼻先に生ぬるい感触を感じた。


 涙で滲む視界の向こうにぼんやりと浮かぶ白いまる

 そこから小さなピンク色の楕円がゆっくりと現れ、消える。


 ぺろり。


 うさえもんが、私の鼻先をなめる。


 ぼやけた視界の中から徐々に輪郭が見えてくる。

 気だるげな目で私を見ているうさえもん。

 それでも、さきほどよりちゃんと私を見てくれていた。


 ぺろり。


 私の目を見てから、もう一度、鼻先をなめてくれた。

 分かったよ、つきあってあげるよ。

 まるでうさえもんの目がそう語ってくれたように思えた。


「ありがとう……ありがとうね、うさえもん。

 私と一緒にいてくれるんだね。

 うさえもんも辛いのに、頼っちゃってごめんね。


 ……これから、一緒にがんばろうね」


 それから私は、うさえもんを抱きしめて、再び泣いた。

 悲しさと、寂しさに、少しの嬉しさが籠った涙。

 混濁する感情を抑えられない私はしばらくうさえもんを解放することができず、さぞや迷惑したことだろう、と後で思った。


 その夜。

 のっそりとごはんを食べ始めたうさえもん。

 私のために生きてくれることを選んでくれた。

 そんな風に思えた。


 この新しく結び直された絆に、私が『ウサギ』と綽名で呼ばれてもしかたないな、と思えてきた。


 だって。

 この助けを求める私の手を取ってくれたのは、この目の前のウサギさん。

 崩れそうになっていた私を支えてくれたのは小さな体のウサギさん。


 誰しも、他者に支えて貰って生きて行くしかないなら、今の私のえにしはこのうさえもんと結ばれているのだから。

 その絆に頼って、まだ頑張れる、と思えるのだから。


 その小さくふわりとした感触の背中を撫でながら、うん、私は明日からまた頑張れる、と思えた。


 ありがとうね、うさえもん。


***


「希、本当に良かったのか? 残ることも選択の一つだったのだぞ?」


 離陸を待っている飛行機の中、隣に座る父さんが珍しく聞いてくる。

 きっと、学校の皆が見送ってくれているのに、終始うかない顔をしていたせいだろう。


 結局、愛ちゃんは来てくれなかった。

 くるみさんは、愛ちゃんが来れないのは僕のせいではない、と言ってくれたけれど、でも理由は教えてくれない。本人に言わないように口止めされているとか。


 自分の将来を考え、身に付けるべき技能、他人とは異なる環境、そして家族との絆など、理性的に判断した結果だ。

 結論は何度考え直しても変わらない。


 だけど、何かを置いてきてしまったような心細さ。

 本当に日本を離れることが正解だったのか?

 分からない。


「大丈夫だよ、父さん。僕なりに考えて出した結果なのだから。

 向こうに行くことで得られるものは大きい、僕はそう信じているよ」


 僕の千々に乱れる心の裡とは裏腹に、確固たる答えを返す。

 それならいい、と言って父さんは離陸にそなえ正面を向く。

 

 ここはもう日本ではない、国際線の中。

 まもなく離陸だ。

 今更考えても始まらない。


 彼女に宛ててメールを送ろう。

 日々の色々なことを書いて。

 返事をくれるかな。くれるといいな。


 そう考えた希は目を閉じ、飛行機が飛び立つ浮遊感に身を任せた。

 これからの未来を思い描きながら。

 思い出すと心が温かくなる、ウサギが大好きな女の子との思い出を心のアルバムに仕舞いながら。

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