第6話
郷田貞之助と町田つやの馴れ初めは、つやが十四歳、高校一年の時だった。
友達と・・・もちろん女友だちである。京都の市内をいつものように歩いていた時、絡まれている男が二人の眼にとまったのである。相手は四人。その男は取り囲まれていた。四人は学生風だったが、男は二十四五に見えた。しかし、それよりも男の風体は、どことなく田舎者に見えた。
「ねえ、見てよ!」
「何?」
「あの男の人、絡まれているよ」
くだらん奴は何処にでもいるものである。町田つやはむしろ若い男が気になった。
「どうする?」
「しばらく、見ていよう」
実際、つやと友だちはその様子を見ていた。絡まれている男はだんだん後ろに下がって行く。周りを囲まれ、逃げ道をふさがれてしまっている。ここで、
「行くよ」
つやが友だちの腕を引っ張った。
「何処へ?」
「いいから・・・来な」
つやは絡まれている男に向かっていて、
「おい!」
男みたいな言葉をいい、周りを取り囲んでいる中に割り込んで行った。
「守、こんな所で何をやってんだ。この田舎者が・・・。みんな待っているんだから。早く・・・来な」
と言って、何処の誰とも知らない男の腕を引っ張り、囲みを押し退けた。
「おい」
一人の奴が怒鳴ったが、つやは返事をしない。その代わり、そいつを睨み返した。
「何だ!」
という顔をしていたが、つやの強い態度に圧倒されている。
「ありがとう」
と、男は小さな声でうつむき加減に、言った。
ここから、二人の関係が始まるのだが、ずっとつやが手を引いて来ていた。
といっても、実際に手を繋いでいたのではなく、主導権をつやが握っていたのである。
いずれにしても、この日から二人の付き合いが始まったのである。最初は誰にも知られることはなく、二人の関係は続いていた。これは、つやの計画通りに進められた。
「ねえ、秋田はどういうところ?」
つやは訊いた。この白い肌の青年に、つやは限りない魅力を感じ、引かれていった。
「秋田は・・・」
と、貞之助は話し始める。
鬱蒼とした樹木が背後を覆い、物静かな藁ぶき屋根の離れ屋は、今も残っている。彼は、その景観が大好きだという。もちろん、今風の建物もある。実際、彼の家も黒を基調としていて、その中に赤が縁取られていた。
家の前は・・・というより、周りは田園が広がっていて、眼に障害になる者は何もない。
「よく、田んぼの畔に座り込んで・・・」
と、彼は笑みをつくり、考え事をしていたという。
その時の白い歯は眩いばかりに、見えた
「美しい・・・!」
少女つやは、
「ふふっ・・・」
と、声を出して笑っていた。
「行って見たい!」
つやは、ぽつりといった。
貞之助は驚いた眼で、少女を見つめた。目の前にいるのは、幼顔の残る十五歳の少女だった。
ある時、
「これ・・・」
と、言って、貞之助が差し出したのは、一個のチョコレートの塊だった。周りにミルクを流し込んである美しいチョコレートだった。
「何?」
「食べて・・・僕が創ったんだ・・・」
つやは、一口食べた。口の中に、チョコレートと微かに白いミルクの味が一瞬に広がった。
「美味しい!」
少女つやは、そう感じた。
二人の始まりは、こんな風だった。
そして、二年が過ぎた。
いずれは母である女将に紹介しなければならないのは、つやにはよく分かっていた。彼女は貞之助のチョコレート職人としての仕事ぶりを見極めようとしていた。
これは女将の貞之助の印象が同じなのだが、客商売の顔立ちではないということだった。
案の定、女将みつえに紹介した時の顔が一瞬曇ったのを、つやは見逃さなかった。
正直、つやは、
(これは・・・やはり、だめか・・・)
と、半ばあきらめた。だが、
「離れが空いているから、当分そこに住みなさい」
こう言われた時、つやは心から喜ばなかった。女将みつえの考えが、つやには見抜けなかったからである。
「二人だけの生活がしたいと思っていたのだから、つやは受け入れることにした。女将のみつえは、
「ちょっと・・・」
と言って、つやを別の部屋に呼び出した。
「つや、ここにお座り」
娘を自分の前に座らせた。
「いいかい、早まるんじゃないよ」
つやは怪訝な眼を、女将に向けた。
つやは一瞬、
(この人は・・・何を言ってるの?)
という表情をした。
この後、これ以上の会話はなかった。
こうして、町田屋の離れでの二人の生活が始まるのだが・・・。
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