第5話 最初の強敵

 わたしとお姉ちゃんは顔を見合わせた。

 安全なはずの地下一階で、悲鳴が聞こえたのはどうしてだろう?


 わたしは考えようとして、首を横に振った。

 予想外の危険なことが起きているのなら、引き返すべきだ。


 お姉ちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかない。


 でも、わたしがお姉ちゃんに「引き返そう」と言う前に、その場に風が巻き起こった。


 そして、魔族が現れる。


 それなりに強そうな魔族だ。狼のような見た目に、額の中央に赤い魔石がある。

 それが三体。


 魔族というのは、強い魔力にさらされ続けることで変異した生き物だ。魔力――正式にはエーテルと呼ぶ――は、どこの空間でも存在する物質だけれど、ダンジョンは魔力に満たされた場所だ。


 そのおかげで、貴重な資源が生まれ、財宝が朽ちずに眠っているのだけれど、同時に魔族という手強い敵を生む。


 わたしたち冒険者がお金を稼ぐためには、この魔族を倒さないといけない。

 ただ、実力相応のダンジョンを選べば、魔族を倒すのも苦労はしない。


 ダンジョンの魔力量によって、魔族の強さも変わってくるから、同じダンジョンの同じ階層なら、出てくる敵の強さは普通は同じになる。


 でも……たまに例外があるらしい。

 たとえば下の階層から魔族が現れたり、魔力量が急激に増えて強い魔族が出現したり。


 そして、わたしたちの目の前にいる魔族は、どう見ても、この階層の魔族よりも強そうだった。


「ひ、ひよこみたいなのしか出ないんじゃなかったの!?」

 

 お姉ちゃんが慌てた様子で言う。

 わたしもうなずいた。そういうふうに事前に聞いていた。


 でも、いまさら逃げることができないほど、敵は近くにいる。倒すしかない。


「お姉ちゃん、下がって。わたしが盾になって、お姉ちゃんを守るから」


「でも……」


「お姉ちゃんは後衛だから、わたしを援護してほしいの」


 わたしが魔法剣士として攻撃を行い、お姉ちゃんが白魔道士としてわたしの強化・回復を行う。

 それがわたしたちの役割分担だ。


 お姉ちゃんはうなずいて、一歩後ろへと下がった。


 わたしは剣を抜き放つ。安物だけど、一応、魔法剣だ。剣技にも、魔法の発動にも使える。


 公爵家の暗殺者だったときは、いくらでも良い装備が使えた。魔法剣は、伝説の宝剣テトラコルドだったし。


 今、わたしが握る剣は、ありふれた魔法剣だ。

 でも、これはわたしが自分のために手に入れて、自分のために、そしてお姉ちゃんのために振るう剣だ。


 その意味では、宝剣よりもずっと価値がある。


 わたしは一歩踏み込み、剣を薙ぎ払った。

 まずは一体が倒れる。


 魔族相手の戦闘経験はほとんどないけれど、対人戦闘の経験が活かせるので、なんとかなった。


「ブレッシング!」


 お姉ちゃんが、背後から魔法を唱える。祝福の魔法だ。わたしの攻撃が当たりやすくなり、逆に敵の攻撃は当たりづらくなる。


 おかげで、わたしは二匹目の狼にも剣を命中させることができた。

 うん。いい調子。


 初めての冒険で予想外の強敵に、あっさりと勝っている。

 わたしたちは本当に最強姉妹かも。


 でも、油断は禁物だ。


「次!」


 わたしは叫んで、最後の一匹を倒そうとする。

 剣を大きく振りかざしてしまったので、体勢を立て直すのに時間がかかる。

 だから、わたしは炎魔法で倒そうと考えて、詠唱しようとした。


 ところが、わたしの魔法より速く、最後の狼がわたしに飛びかかる。わたしは体勢を崩して、しりもちをついてしまう。

 

「リディア!」


 お姉ちゃんが悲鳴を上げる。わたしも、恐怖に胸がすっと冷たくなった。

 そのままだったら、わたしはきっと狼に腕を噛みちぎられていたと思う。


 でも、そうはならなかった。

 短剣が、狼の喉元を切り裂く。


 わたしの剣じゃない。これは……

 

「リディア先輩? 大丈夫ですか?」


 わたしが見上げた先には……銀髪碧眼の可愛らしい女の子がいた。

 その子は、優しく微笑む。


 それは、かつてのわたしの仲間のセレナだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る