第2話 お姉ちゃんの苦手なもの
「でもね、もう一つ、私の幸せはあると思うの」
お姉ちゃんの言葉に、わたしは驚いた。
もう一つってなんだろう?
お姉ちゃんは頬を赤く染めて、目をそらす。
「私は、アトラス殿下も、学園の友達も、教会の人たちも、もう誰もいらない。でも、たった一人だけ、そばにいてほしい人がいるの」
「それって……」
「わ、わかるでしょう?」
「ううん。わからない」
わたしが首をかしげると、お姉ちゃんはあたふたとした表情をした。
そして、すごく小さな声でごにょごにょとつぶやくと、覚悟を決めたように、わたしに向き合う。
「私も、あなたが……リディアが一緒にいてくれれば、幸せなの」
わたしは目を見開いて、お姉ちゃんを見つめた。お姉ちゃんが頬を膨らませて、わたしを睨む。
「な、なによ? 悪い? 恥ずかしいことを言わせたのは、あなたなんだからね? だから……」
「お姉ちゃん……大好き!」
わたしが思わず、お姉ちゃんを抱きしめようとすると、お姉ちゃんはさっと身をかわした。
……残念。
わたしががっかりしていると、お姉ちゃんは慌てて言う。
「よ、避けるつもりはなかったんだけど……まだ……それはちょっと恥ずかしいというか……」
「まだ、ってことは、いつかはお姉ちゃんを抱きしめたり、撫で回してもいいってことだよね?」
「……やっぱり、言い方がいやらしいからダメ」
「えー」
わたしとお姉ちゃんは顔を見合わせくすくすと笑った。
そして、お姉ちゃんは真面目な表情になる。
「わたしの幸せは、もう半分、叶っているの。もう半分は、この街での居場所を、あなたと一緒に作ること。だから……」
「もちろん、わたしはお姉ちゃんと一緒にいるよ。お姉ちゃんのためにできることをわたしはする」
「私もリディアのためにできることをするわ。約束ね?」
「うん!」
もちろん、心配なことはいろいろある。
王国のこと、セレナのこと、明日からの冒険者生活。
全部、不安だ。
それでも、これからの生活が、楽しみな気持ちの方が強い。
お姉ちゃんと一緒ならきっと乗り越えられるから。
「わたしたちは最強姉妹なんだものね」
お姉ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうにしながら、「ええ」とうなずいてくれた。
☆
翌日、わたしとお姉ちゃんは、宿の一階で朝食をとっていた。宿はギルド併設のものなので、食堂もギルドの酒場になる。
わたしとお姉ちゃんは、向い合わせで食卓に腰掛けている。
もちろん、公爵家のお屋敷とは違って、質素な食事だ。
でも、公爵家のお屋敷にいたころは、わたしはお姉ちゃんとこんなふうにご飯を一緒に食べたことはなかった。わたしは愛人の子だったから。
だから、嬉しいなあと思う。
わたしがちらりとお姉ちゃんの様子を見ていると、お姉ちゃんはじーっとスープのなかの一点を見つめていた。
お姉ちゃんの視線の先には、スプーンにすくわれたトマトがある。
「お姉ちゃん……トマト、苦手なの?」
「わ、私に苦手なものなんてあるわけないじゃない!」
「ほんとに? あっ、わたしが食べてあげよっか?」
「り、リディアがどうしても食べたいっていうなら、あげてもいいけど」
「じゃ、もらっちゃうね!」
ちなみに、わたしはトマト大好き。独特の甘さと酸っぱさがたまらない。
お姉ちゃんとわたしは、姉妹でも好みが違う。当然といえば、当然だけど。
リトリアの街は南の海に面していて、トマトを使う料理が多いから、お姉ちゃんもいずれは克服しないといけないかも……。
まあ、でも、こんなことで、お姉ちゃんの役に立てた(?)なら、わたしとしては大満足だ。ついでに具の少ないスープが少し華やかになるし。
わたしは、お姉ちゃんを見つめて、くすっと微笑んだ。
お姉ちゃんは頬を膨らませる。
「トマトを食べられない私のことを笑ったんだ?」
「あ、やっぱり食べられないんだ?」
「ち、違う!」
「お姉ちゃんを笑ったわけじゃないよ。ただ……こうしていると普通の姉妹みたいだなって思ったの」
お姉ちゃんは、目を伏せて、小声でつぶやく。
「私たちは普通の姉妹よ。これからは……私がちゃんとリディアの姉をするんだもの」
お姉ちゃんは、小さな声で、そうつぶやいた。
そう。
これからはわたしたちは、普通の姉妹なんだ。
そのことがとても嬉しく思える。
朝ごはんを食べ終わったら、二人でお買い物だ。
冒険者としての装備を揃えないといけない。
これも、姉妹らしいことかも。
お姉ちゃんは白魔道士だから、たぶん、白いローブとかを装備として着ることになるはず。
わたしは、お姉ちゃんの冒険者姿を想像して楽しみになってきた。
これまでとは違うお姉ちゃんの姿が見られるんだものね!
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