第1話 二人の幸せは
「私も……絶対にリディアのことを幸せにするから」
お姉ちゃんが、小さくつぶやいた。
わたしは、髪を撫でられてどきりとする。
今は深夜で、わたしはベッドの上にいる。隣のお姉ちゃんと二人きりのはずだ。
目をつむっているけれど、お姉ちゃんがわたしの髪を撫でていることはわかる。
その小さくて暖かな手が、わたしのことを、壊れやすい宝物のように、優しく撫でてくれている。
わたしはどきどきした。
お姉ちゃんは、わたしが眠っていると思っているんだ。
実は目が覚めてしまっているんだけれど……。
……このまま眠ったふりをしておこうかな。
うん。
わたしはこのままお姉ちゃんに髪を撫でられるなんていう幸せ状態のままでいられるし、起きたらお姉ちゃんも恥ずかしがるし……。
いや、でも、恥ずかしがるお姉ちゃんも見てみたいかも……。
お姉ちゃんの手が止まるのと同時に、わたしはぱちっと目を開く。そして、「えへへ」と笑う。
お姉ちゃんはびっくりした表情で、固まった。
「お、起きていたの?」
「うん。目が覚めちゃって」
「ご、ごめんなさい。勝手に髪を触ったりして」
「ううん。お姉ちゃんが髪を撫でてくれて嬉しかったもの。もっと触ってくれてもいいんだよ?」
「ちょ、ちょっとした気の迷いなんだから!」
お姉ちゃんは頬を赤くして、ぷいっと顔をそむける。
やっぱり、照れているお姉ちゃんも可愛い。
わたしは微笑む。
「それに、お姉ちゃんが、私のことを幸せにするって言ってくれたのも、嬉しかったの」
わたしがお姉ちゃんを幸せにしたいという思いは一方通行じゃないんだ。ちゃんとお姉ちゃんが受け止めてくれている。
「あ、あれは……その……」
「でも、わたしの幸せは、お姉ちゃんが一緒にいてくれることだもの。だから、わたしはもう幸せだよ?」
「よ、よくそんな恥ずかしいことを平気で言えるわね」
お姉ちゃんがますます頬を赤くする。
でも、お姉ちゃんは誤解している。
「平気じゃないよ。わたしも照れているんだもの。ね?」
実際、わたしは頬が熱くなるのを感じていた。
でも、わたしの幸せが、お姉ちゃんがいることなのは本当だった。
お姉ちゃんがわたしを必要としてくれるかぎり、わたしはお姉ちゃんの側にいられる。いつかお姉ちゃんは、わたしのことを必要としなくなるかもしれないけれど、それまでは。
わたしも、お姉ちゃんを幸せにすると約束した。
でも……お姉ちゃんの幸せって、なんだろう? わたしの幸せはお姉ちゃんがいることだけど、どうすれば、わたしはお姉ちゃんを幸せにできるんだろう。
お姉ちゃんは目を伏せた。
「私はね、これまで、みんなから褒められて、認められることが幸せだと思ってた。お父様が、アトラス殿下が、教会の人たちが、学園の子たちが、わたしのことを幸せにしてくれると思ってた。でも……それは違ったの」
お姉ちゃんは、未来の王妃としてふさわしくなれるように努力してきた。
それなのに、みんなはお姉ちゃんのことを見捨てた。手のひらを返したように。ひどい話だと思う。
王子の婚約者でなくなっても、公爵令嬢でなくなっても、お姉ちゃんが素敵な人なのは、変わらないのに。
「だから、この街では、私は自分の力で、自分の居場所を見つけたいの。それが、私の幸せなんだと思う」
「お姉ちゃんなら、きっとできるよ」
わたしは優しくそう言った。
まずは冒険者として活躍してお金をためて、治癒院や魔道具店を開いて……。
いろんな道が、わたしたちには開かれている。
王子に断罪されたことも、暗殺者だったことも、この街では、わたしたちは過去に縛られる必要はないんだ。
わたしは、お姉ちゃんを幸せにしたい。だから、お姉ちゃんの望みを叶えてあげたい。
でも……お姉ちゃんが自分の力で居場所を見つけて、そして、誰か良い人を見つけたら、そのとき、わたしは必要でなくなってしまうかもしれない。
ううん。それでいいんだ。
わたしの願いはお姉ちゃんを幸せにすることなんだから。
お姉ちゃんは、わたしを翡翠色の瞳でまっすぐに見つめた。
「でもね、もう一つ、私の幸せはあると思うの」
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