幕間 ソフィアの想い
私の名前はソフィア。フィロソフォス公爵家の長女だ。
自分で言うのも変だけれど、私は優秀な少女だったと思う。
たいていのことはなんでも器用にこなせた。礼儀作法も、ダンスも、勉強も。
治癒魔法の天才だなんて呼ばれて、教会の聖女に選ばれた。
身分も高くて、見た目だって、王立学園の学校でも一番の美少女と呼ばれるぐらい整っている。
みんな、私のことを期待と羨望の眼差しで見た。私は王子の婚約者にもなり、期待に応えてきた。
婚約者の王子アトラス殿下も、かっこよくて何でもできて、そして私には特別優しかった。すべてが順風満帆だと思っていた。
だけど……。
異世界から、アイリスという少女が現れたのと同時に、いろいろなことが変わった。
おなじころに宰相だったお父様が失脚し、私は後ろ盾を失った。そして、アイリスに、聖女の地位を奪われてしまった。
それが貴族同士の権力争いのせいであることは私にもわかっていた。公爵家の影響力を排除したい他の貴族が、異世界人のアイリスを聖女に選ばせるように工作を行ったんだ。
もちろん、アイリスがすごい魔法の実力を持っていたことも理由だけれど、でも、それだけだったら、私はアイリスのことを恐れることもなかったと思う。
一番ショックだったのは、アイリスがアトラス殿下の心を奪ってしまったことだった。あれほど私に優しかった殿下が、私のことを、聖女アイリスをいじめる悪女だと罵った。
気づけば、私の友人たちも、私から離れていった。
教師も生徒も、王族も貴族も、みんなの目は、私ではなく、アイリスに注がれるようになっていた。
アイリス自身は良い子だった。そして、私以上に……完璧だった。アイリスは私より高い能力、私より美しい容姿に加えて、私にはない愛らしさを持っていた。
私が自分を完璧であると誇示していたのに対し、アイリスは庇護欲をそそるようなしおらしい態度を見せた。
つねにアトラス殿下を立てて、控えめな態度を崩さず、他人の望む言葉を紡ぐことができた。
だからこそ、アイリスはアトラス殿下を魅了したのだと思う。
気づいたときには何もかもが手遅れだった。
私は何も持っていない。このままだと婚約を破棄され、公爵家も落ち目の今、私は惨めに没落することになる。
すべての原因はアイリスだ。
だから、私はアイリスを殺すことにした。
許されないことだとはわかっている。
もし私が完璧で、王妃にふさわしい女性になろうとするのであれば、聖女アイリスを暗殺するなんていう真似は決して行ってはならない。
でも……私は……善良で完璧な少女であると努力してきたのに、何も報われなかった。
現実には、アトラス殿下を奪われてしまった。
なら、我慢する必要はない。私が私でいるために、アイリスを殺すしかない。
そうすれば、聖女の地位も、アトラス殿下の愛もすべてが戻ってくる。
そのはずだった。
そして、私は聖女アイリスの暗殺に失敗した。
私は……本当の悪女になってしまった。
アトラス殿下は私を糾弾し、アイリスは私を悲しそうな目で見つめた。
そして、私は婚約を破棄され、奴隷に落とされて辺境に追放されることになった。
誰も私のことを必要としていない。
そう思ったとき、一人の女の子が、私のことを救ってくれた。
「殿下がお姉ちゃんとの婚約を破棄するというのなら、お姉ちゃんはわたしがもらっていきますから!」
私の異母妹のリディアが、私を必要だと言ってくれた。私を幸せにすると言ってくれた。
命をかけて、私を守ってくれた。
そのことはすごく嬉しくて……。
私はずっと愛人の子のリディアと疎遠だったのに、それでも、リディアは私を大切だと言ってくれた。
世界でたった一人、私のことを必要としてくれる、私のことを好きだと言ってくれる家族。
それがリディアだった。
リディアはとても可愛くて、そして、恐ろしく強かった。そんな子なら、私なんかじゃなくても、いくらでも大事なものを見つけられるのに。
私はリディアに何をしてあげられるだろう?
何も持っていない罪人の私が、リディアのためにしてあげられること。
リディアは私がいてくれるだけで幸せだと言ってくれる。
でも、それに甘えていてはダメだ。
冒険者として、姉として、私はリディアの力になりたい。
私はベッドの上で眠るリディアの顔を見つめる。
そのかわいらしく幼い表情を見て、私は頬を緩めた。
「私も……絶対にリディアのことを幸せにするから」
私はそうつぶやき、そして、リディアの黒く美しい髪をそっと撫でた。
☆あとがき☆
ソフィアとリディアの姉妹に幸せになってほしい! と思っていただけましたら、↓にある
・☆☆☆
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