第14話 この街でなら
「お姉ちゃんが、人を殺そうとしたことがある?」
わたしには信じられなかった。
お姉ちゃんは、わたしとは違う。
生まれたときから、何でも持っていて、人から認められていて。
そんなお姉ちゃんに、人を殺そうとする理由なんてない。
そこまで考えて、わたしははっとする。お姉ちゃんが殺そうとしたのは、もしかしたら、聖女アイリスのことなんじゃないだろうか。
わたしは、お姉ちゃんの護衛としてお姉ちゃんのことをいつも見てきた。
ただ、アイリスさんとの事件についてだけは、わたしにもよくわかっていなかった。お姉ちゃんは、アイリスさんに、王子殿下の寵愛も聖女の地位も奪われた。
だから、お姉ちゃんが、アイリスさんを暗殺しようとした。
そんな話はでっち上げで、お姉ちゃんは無実だとわたしは思い込んでいたんだ。
でも、お姉ちゃんは本当にアイリスさんを殺そうとしたのかもしれない。
いつのまにか、セレナはいなくなっていた。
口を封じておかなくてよかったかな、と思うのと同時に、わたしにセレナを殺せただろうか、と自問する。
目の前のお姉ちゃんは、儚げな笑みを浮かべた。
「言ったでしょう。私は良い人間じゃないって。私は……自分のために人を殺そうとしたの」
「それでも……お姉ちゃんは悪くないよ」
わたしはお姉ちゃんを非難する気持ちは、まったく無かった。たとえ、お姉ちゃんがアイリスさんを殺そうとしたとしても、その気持ちは痛いほどよくわかる。
アイリスさんに、すべてを奪われ、公爵家も没落している状態で、お姉ちゃんが追い詰められるのは仕方がないと思う。
もちろん、それは許されないことかもしれない。
でも、わたしも、お姉ちゃんのために、これまでたくさんの人を殺してきた。
お姉ちゃんは、わたしにささやく。
「こんな私でも、リディアは必要としてくれる? 私は完璧な公爵令嬢なんかじゃない。聖女でもない」
「うん。もし世界中がお姉ちゃんを許さないといって、お姉ちゃんの敵になったとしても、わたしはお姉ちゃんの味方だから。わたしはお姉ちゃんの味方をするもの」
「ありがとう。……ずっと、私はあなたを一人にしてしまってた。あなたが私のために戦ってくれたことも知らないで、あなたに冷たく当たっていた。それでも許してくれるの?」
「もちろん。だって、わたしはお姉ちゃんのことが……」
大好きだもの、と言う前に、お姉ちゃんがわたしを抱きしめていた。
「お、お姉ちゃん!?」
「ごめんね、リディア」
お姉ちゃんの翡翠色の瞳から涙がぽつぽつと落ちて、わたしの手に落ちる。
その宝石のような美しい涙を、わたしは見つめた。
そっか……。
お姉ちゃんも、完璧じゃない。
わたしと同じ普通の人間なんだ。
それを知って、わたしはお姉ちゃんのことをもっと好きになれる気がした。
わたしは微笑んで、そっとお姉ちゃんの涙を人差し指でぬぐった。
「大丈夫。どんなことがあっても、わたしはお姉ちゃんと一緒にいるから」
ここでなら、きっとわたしもお姉ちゃんも人を殺さなくて済む生活が送れる。
「行こう。お姉ちゃん。ここから先はわたしたちがわたしたちのために送る生活なんだから。だから、まずは美味しいものを食べようよ」
「……そうね。取り乱してごめんなさい」
お姉ちゃんの暖かな手がわたしの体を抱きしめている。
ああ、幸せだな、とわたしは思う。
この街で、わたしたちは幸せになるんだ。
<あとがき>
これにて第一章完結です!
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