第5話 目的地

 お姉ちゃんが傭兵の服に着替えて、御者をやってくれたおかげで、わたしたちは順調に王都から遠ざかっていった。


 でも、昼夜続けて馬車で移動するわけにもいかない。夜は盗賊も出る。


 第一、お姉ちゃんの体力が心配だ。


 けど、お姉ちゃんは徹夜で移動するつもりだったらしい。


「だって、できるだけ遠くに逃げないと……。もし追手が来て追いつかれたら、今度こそ殺されちゃうもの。このまま夜もずっと移動したほうがいいんじゃない?」


 馬の上のお姉ちゃんは心配そうに言う。

 わたしはお姉ちゃんを安心させるように、できるだけ穏やかな声で返事をする。


「大丈夫。あの女傭兵が、わたしたちは死んだって報告してくれているはずだから、しばらくは安全だよ」


「でも……」


「それにね、無理をして体調を崩す方が怖いよ。お姉ちゃんとわたしは二人きりで、お金だって、たくさんあるわけじゃないし。どっちかが倒れたら、取り返しがつかなくなっちゃう」


 わたしたちは、この世界で、二人きりで生きていかないといけない。

 誰も頼ることはできない。


 だからこそ、無理は禁物だ。


 お姉ちゃんはしばらく考え、そして、うなずいた。


「あなたの言うとおりね。やっぱり、あなたは賢いわ」


「お姉ちゃんほどじゃないよ」


 褒められて、わたしはえへへと笑う。些細なことでも、お姉ちゃんに褒められるのは、ちょっと嬉しい。


「それにね。単純に、お姉ちゃんに辛い思いをしてほしくないから。ふかふかのベッドでぐっすり眠って、たくさんご馳走を食べていてほしいもの」


「……私には、もうそんな権利はないわ。私が愚かなせいで、全部、失っちゃった」


「お姉ちゃんは何も悪くないよ」


 わたしは優しく言う。


 状況がここまで悪化してしまったのは、わたしのせいでもある。


 追放される前に、王子殿下が婚約破棄をする前に、わたしにもできることがあったかもしれない。

 

 お姉ちゃんと王子殿下、そして聖女アイリスのあいだに、何があったのかは、わたしも完全にはわかっていない。


 でも、確実に言えることが一つある。


「悪いのは、浮気した王子殿下だから。ね?」


 お姉ちゃんは、こくりとうなずいた。わたしには、馬の上のお姉ちゃんの背中しか見えないから、その表情はわからなかった。


 わたしはお姉ちゃんを、絶対に悲しませたりしない。


 だからこそ、これからどうするかが大事だ。

 わたしは地図を広げる。


 もともとわたしたちは、西の辺境の街コンスタンツァに追放されることになっていた。


 でも、もちろん、そのとおりにするつもりはない。

 今のわたしたちは、南に向かっている。


 王都から遠く離れた、南の辺境の街リトリア。そこがわたしたちの目的地だった。


 王国の辺境ではあるけれど、内海に面した大きな港町でもある。人が多い街なら、わたしたちみたいな少女の二人暮らしでも目立たない。


 いざとなったら船で海上に出て、さらに南方のイース諸島へ逃げることもできる。


 でも、日が暮れる前に、まずは近くの街の宿で一泊しよう。


「お姉ちゃんと一緒の部屋でお泊りするんだよね。楽しみ……!」


「お、同じ部屋!? どうして!?」


「一つの部屋を借りたほうが、お金を節約できるでしょう? それに、万一誰かに襲われても、わたしがお姉ちゃんを守ることができるし」


 わたしの言葉に、お姉ちゃんは反論できないようだった。

 一応、わたしの言っていることは正論だからだと思う。


 本音は、単にお姉ちゃんと一緒のベッドで寝てみたいだけなんだけどね。


「同じ部屋でお泊りって、姉妹らしくていいよね!」


 わたしの言葉に、お姉ちゃんは「もうっ」と呆れたようにつぶやき、それから、くすっと楽しそうに笑ってくれた。

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