第3話 たとえどんなことがあっても
とりあえず、わたしはお姉ちゃんを守ることに成功し、監視役の男を倒すことに成功した。
男の剣を、わたしは取り上げる。
うん。上等な剣だ。よく手入れされている。
粗野だったけど、腕利きの傭兵だったんだと思う。
わたしは、男の死体を見つめた。人を殺すのは、初めてじゃない。もう何度も、わたしは剣を振るい、魔法で人を殺してきた。
でも、慣れることはできない。
この男は、お姉ちゃんを殴り、殺そうとした。だから、わたしには、他に選択肢がなかった。
お姉ちゃんを傷つける人間を、わたしは、ためらうことなく排除しないといけない。
それがわたしの使命だ。
お姉ちゃんは怯えたように、わたしを翡翠色の瞳で見つめた。
「あ、あなたって何者なの?」
お姉ちゃんの問いに、わたしは微笑む。
「お姉ちゃんのことが大好きな妹だよ?」
「……はぐらかさないで」
「本当のことなんだけどな。そんなことより、ここから逃げないとね」
後ろには、もう一台、馬に乗った傭兵がいる。
わたしたちの監視役の女性剣士だ。
すぐに異常に気づいて、女性剣士は幌馬車の中を覗き込みに来るはずだ。
「お姉ちゃんは伏せていて」
「う、うん」
お姉ちゃんは素直にこくりとうなずいた。
わたしは微笑む。
「大丈夫。不安に思わないで。わたしがついているから」
「不安になんてなってないわ!」
お姉ちゃんは強がってみせたけど、その手は小さく震えていた。
わたしは深呼吸する。
今、この場でお姉ちゃんを守ることができるのは、わたしだけだ。
「エリック? もう娘二人は殺し終わったの?」
案の定、女性傭兵が無警戒に、幌馬車の中を覗き込んできた。短い赤毛の20代後半ぐらいの女性だ。
その女剣士は、男の死体を見て、ぎょっとした顔をした。
次の瞬間には、わたしの剣が、女性傭兵の首筋に突きつけられていた。
目を白黒させる傭兵に、わたしはにっこりと微笑む。
「あの男みたいに死にたくなかったら、わたしたちにお金と荷物と服を譲って、このまま見逃してほしいな」
「ど、どうしてあたしがそんなことをすると……」
「死にたいの?」
わたしは剣を握る手に力を込めた。
この女傭兵は、わたしの敵にならない程度の実力しかない。
わたしには、魔法の力もあるから圧倒的に有利だ。男の傭兵がほとんど無抵抗に死んでいるから、目の前の女傭兵も、わたしの実力をわかってくれるはずだ。
女は、怯えた顔でうなずいた。
殺して荷物を奪うわけにはいかない。
もちろん、なるべくそんな手段を使いたくないという気持ちもあるけれど、この女には大事な役目がある。
「あなたはこれから王都に戻って。それで、雇い主に、わたしたちを殺したと報告してね」
「……あたしが言う通りにすると思う?」
「わたしたちを殺せなかったことがわかったら、あなたも雇い主の人に怒られるでしょう?」
女傭兵はしばらく考え、そのとおりだと思ったらしい。
時間稼ぎにすぎないけれど、しばらくの間、王国はわたしたちを死んだものと扱ってくれる。
そのあいだに、わたしたちはできるだけ遠くに逃げよう。
女傭兵からお金と荷物や武器、それから服をわたしたちは手に入れた。
ボロ布一枚に所持品なしでは、怪しまれて逃げるのにも困ってしまう。
ただ……女傭兵の服は、小柄なわたしにはぶかぶかだった。
これでは、かえって怪しまれてしまうかも。
「リディア」
そう思っていたら、お姉ちゃんが、わたしの名前を呼んだ。
わたしはぱっと顔を輝かせる。
「お姉ちゃんが名前を呼んでくれるの、久しぶりだね」
「……そ、そんなこと言っている場合じゃないでしょう!」
お姉ちゃんが、白い頬を赤くして、目を伏せた。
うん。恥ずかしがっているお姉ちゃんも可愛い。
お姉ちゃんは、わたしに言う。
「その服、貸して。私の方がまだ丈が合うと思うの。私が馬に乗って御者をやるから」
「いいの?」
「あなたばかりに無理はさせられないもの。私だって、貴族の娘なんだから、馬ぐらい乗れるわ」
この国の貴族は、男女を問わず、馬術をたしなむ。どんなことも、人より優秀なお姉ちゃんが馬術を得意としているのも、わたしは知っていた。
わたしは柔らかく微笑んだ。
「それなら、お姉ちゃんに甘えちゃおうかな」
「すぐにあなたにも、ちゃんとした服を買ってあげるから」
「お姉ちゃんがお姉ちゃんっぽい……」
「ば、馬鹿にしているの? でも……助けてくれてありがとう、リディア。私一人だったら死んでいたと思う」
「どういたしまして」
わたしは微笑もうとして、うまく微笑むことができなかった。
お姉ちゃんにお礼を言われるのが、あまりにも嬉しすぎたから。
こんなふうに、直接、お姉ちゃんのことを守って、お姉ちゃんにお礼を言われるのを、どれほどわたしは夢見てきただろう。
わたしは、ぎゅっとお姉ちゃんの手を握った。
お姉ちゃんは、びくっと震え、そして、美しい翡翠色の瞳で、わたしを上目遣いに見つめた。
わたしは、今度こそ、ちゃんと微笑んでみせる。
「たとえどんなに苦しいことがあっても、困ったことがあっても、わたしが絶対にお姉ちゃんを幸せにしてみせるから」
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