第2話 魔法剣士リディア

「どうしてあなたはそんなに元気なわけ?」


 ソフィアお姉ちゃんは、翡翠色の瞳でわたしを睨んだ。

 わたしはえへへと笑った。


 今、わたしとお姉ちゃんは、馬車に揺られていた。


 といっても、優雅な貴族用の馬車ではなく、安っぽい幌馬車だ。

 お姉ちゃんは、ボロボロの布切れ一枚のみを着せられていて、手と足には鉄の枷をつけられている。


 そんな姿でも、凛としていて綺麗なのはさすがお姉ちゃんだと思う。


 ついでに、わたしも同じく汚れた布一枚のみをかぶせられ、鎖で馬車に繋がれている。

 わたしたちは完全に罪人扱いで、辺境に流される途中だった。


 お姉ちゃんは、聖女殺害未遂の罪で罰せられた。わたしはその家族として連座して、追放されたというわけで。

 二人とも公爵令嬢という身分も失った。


 奴隷同然の扱いを受けて、わたしたちは辺境の街コンスタンツァへと送られている。

 わたしは微笑む。


「ソフィアお姉ちゃんも、元気出してよ」


「元気になれるわけないじゃない。アトラス殿下との婚約も破棄されて、家に帰ることもできなくて、学園も退学になって、こんな奴隷みたいな扱いを受けて……」


「大丈夫。わたしがついているから」


「あなたの自信はどこから来るのかしら……」


 お姉ちゃんは「はぁ」とため息をつき、そして、目を伏せた。


「ごめんなさい。全部、私のせいね……」


 翡翠色の美しい瞳に、涙がたまっている。

 今にも泣き出しそうなお姉ちゃんに、わたしはそっと身を寄せた。


 びくっとお姉ちゃんが震える。


「お姉ちゃんのせいじゃないよ。悪いのは、アトラス殿下たちでしょう? 浮気して、無実のお姉ちゃんのことを信じようともしないで、追放したんだもの」


「私は……」


「それにね、わたしが追放されたのは、わたし自身のせいだよ。お父様には何の処分もなかったんだもの」


 まあ、わたしがお姉ちゃんに連座して追放されたのは、アトラス殿下に歯向かったからだ。

 お姉ちゃんが婚約破棄された直後、わたしは「お姉ちゃんはもらっていきますから!」と宣言し、ついでに王子殿下のことを「浮気者!」なんて、大声で言ってしまった。


 そういうわけで、わたしも一緒に追放されることになったので、自業自得だった。

 ついでに狙い通りでもある。


「もともと、わたしはお姉ちゃんについていくつもりだったし」


「……私は、あなたに冷たく接したことしかないと思うの。愛人の子供だからって、距離をとってた。なのに、どうしてわたしをかばってくれたの?」


 まあ、たしかにお姉ちゃんは、わたしに冷たかった。別に意地悪をされたということもないけれど、塩対応のことも多かった。


 そんなわたしのことを、お姉ちゃんが不思議に思うのは当然だ。

 どうして、わたしはお姉ちゃんのことを「もらっていく」なんて宣言したのか?


 わたしは微笑んだ。


「その理由をお姉ちゃんに知ってほしいからかな」


「え?」


「あのとき言った言葉は、嘘じゃないよ。アトラス殿下がお姉ちゃんと結婚しないなら、わたしがお姉ちゃんを幸せにしてみせるから」


 わたしの言葉に、お姉ちゃんは頬を赤くした。

 そして、戸惑ったように、わたしを上目遣いに見る。


「あなたにも、婚約者がいたでしょ?」


「リルス様は、形だけの婚約者だったもの」


 リルス様は、侯爵家の嫡男だ。公爵令嬢とはいえ、愛人の娘のわたしにとっては、本来なら不釣り合いなほど身分の高い相手だった。

  

 それはお父様が宰相だった頃の政治力のおかげ。今回の事件で、わたしの婚約もあっさり破棄された。


 たしかに、わたしたちは多くのものを失った。

 でも、過ぎたことを悲しんでも仕方がない。


「大切なのは、これからどうするか。そうでしょう、お姉ちゃん?」


 わたしの言葉に、お姉ちゃんはこくりとうなずいた。

 そのとき、馬車が急停止した。


 そして、馬車の御者が顔を覗かせる。


「うるせえぞ、小娘ども!」


 御者の男が、わたしたちを怒鳴りつける。監視役を兼ねた中年の剣士でもある。


 お姉ちゃんは無礼な言葉にさっと顔を赤くし、怒りに瞳を燃やした。

 

「わ、私たちを誰だと思っているの!? フィロソフォス公爵家の――」


 お姉ちゃんの言葉は、そこで止まった。男の拳が、お姉ちゃんの頬を殴りつけたからだ。

 お姉ちゃんは悲鳴を上げて、馬車の床に倒れ込む。


 男はにやりと笑った。


 わたしは怒りで自分を見失いそうになり、なんとか我慢した。

 お姉ちゃんを傷つける人間を、わたしは許すわけにいかない。


 だけど、冷静にならないと。


「そろそろいいだろう。命令でおまえたちは、殺すことになっている」


「そんなっ……」


 お姉ちゃんが、信じられないという表情をする。

 真面目で、潔癖な性格のお姉ちゃんからしてみれば、信じられないのも無理もないけれど。

 

 わたしはそういう可能性があることも、覚悟していた。

 流刑となった罪人を、護送の途中で殺すなんて、歴史を紐解けば、よくあることだ。


 わたしたちが生きていれば、王家に不都合があるんだろう。


「悪く思うなよ」


 男は剣を腰から抜き、そして、振り上げた。

 お姉ちゃんがひっと悲鳴を上げる。


 でも、次の瞬間、死んでいたのは、お姉ちゃんではなかった。


「ファイアボール!」


 目の前に火の玉が現れ、そしてそれが風を切るような速さで飛んでいく。

 わたしの魔法が、男の腹部を貫いていた。


「なっ……」


 男は何が起こったか理解できないまま、ぐらりと体勢を崩し、その場に倒れた。

 わたしはほっと息をついた。


 そして、お姉ちゃんに手を差し伸べる。


「大丈夫? お姉ちゃん?」


「あ、ありがとう……。で、でも、あなた、どうやって魔法を使ったの? だって、手も足も動かせなかったはず……」


 そして、お姉ちゃんは絶句した。

 わたしが、鉄の鎖の拘束を完全に解いていたからだと思う。


 わたしはにっこりと笑った。


「ね? わたしがついていれば、大丈夫でしょう?」

 

 わたしは、お姉ちゃんに比べれば、ずっと地味な少女だ。


 でも、わたしには、公爵の娘でも、王立学園の生徒でもない別の顔がある。


 わたしは……公爵家の育てた暗殺者であり、そして、お姉ちゃんを守ることを使命とする魔法剣士だった。

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