第50話 証拠

 形勢が悪くなったことを悟ったのか、視線をあちこちに彷徨わせてから、震える声で答える。


「レ、レオノーラ先生……何を聞いたのか分かりませんが、それはおそらく、そこのアルマ先生の妄想でしょう。彼女はどうやら、私に私怨を持っているようでしてな」


「ふぅん? ではサイラス先生が、嫌がるアルマ先生のお尻をなでたり、胸を揉んだりしたセクハラ行為も、すべてアルマ先生の妄想であると。そう主張されるわけですね?」


 ざわっ……!

 観客席がさらにざわめき始める。


 先ほどまで形作られていた、サイラスが正義で俺たちが悪という構図が、サイラス=悪という図式が浮かび上がったことによって一気に傾き始める。


「あのサイラスっていう役員、セクハラをするような人なの……? だったらあの人が言っていること、最初から全部嘘なんじゃ……」


「待て待て、証拠が何もない。サイラスさんは、あのアルマっていう女性教師の妄想だって言っていたじゃないか」


「でもそれを言ったら、さっきの戦いが八百長だっていうのも証拠はないじゃない」


「それはそうだが……」


 観客の反応は、五分と五分。


 女性の観客はアルマとレオノーラ側の主張に肩入れしている人が多いようだが、男性の観客はもう少し慎重に見るべきだという声が大きいように見える。


 サイラスは慌てて取り繕うように、レオノーラに言葉を返す。


「そ、そうですとも。困りますなぁレオノーラ先生。自分も女性だからと、被害妄想癖のある女性教師の言うことを真に受けてこのような公の場で糾弾に及ぶなどと。そんなことではレオノーラ先生の伝説まで地に墜ちますぞ?」


「ふ、ふふふふ……あなたは相変わらずのようですねぇ、サイラス先生? 昔っからそうやって、他人を陥れるのが大のお得意だったものね」


 あ、ヤバい。

 レオノーラ先生の怒りゲージが一瞬でMAXに上がった。


 ていうかあの二人、もともと何か因縁でもあるのか。

 そういや同年代だし、サイラスも昔は勇者学院の教師をやっていたみたいだから、何かあったのかもしれない。


 サイラスは、ここが逃げ場だと思ったのか、こほんと咳払いをする。


「ま、まあいずれにせよレオノーラ先生。そのような話はこの場でするようなことではありませんよ。ここは生徒たちの活躍の場です。大人同士の諍いの話は、また後日にいたしましょう」


 この場を切り抜け、うまいことまた密室政治に持ち込もうと企むサイラス。


 だがレオノーラ先生は、逃がしはしない。

 にやぁっと笑って、こう続けた。


「だからこそですよ、サイラス先生。あなたはその生徒たちの戦いを、『八百長』などと言い張りました。そんな言いがかりを放つサイラスという人がどんな人か、この場の皆さんに知ってもらう必要があるでしょう? 清廉潔白なら、逃げる必要はないですよねぇ?」


「ぐっ……!」


 レオノーラ先生が、喰らいついたら離さない蛇みたいな顔をしていた。

 怖い。


「アルマ先生のほかにも、あなたの悪行の被害者はたくさんいるようですね? ──特にひどかったものの一つが、そこのブレット先生に関すること」


 レオノーラ先生は俺のほうを指さす。

 ふっと微笑んだ表情は、この場は私に任せておけと言っているように思えた。


 先生は、再びサイラスへと視線を向ける。


「ブレット先生に暴力教師であるという因縁をつけて、王都から辺境に左遷したのだと聞きました。彼のことを『問題教師』などと吹聴したみたいですけど、あなたがそう仕立て上げただけのことですよね?」


「ち、違う! 私は生徒たちから実際に相談を受けて……!」


「しかもブレット先生の教え子たちを『クズ勇者』などと罵り、クズの代わりなどいくらでもいる、などとも言ったそうですね?」


「え、えぇい、根も葉もないことを! でたらめばかりを言わないでもらえますかな!? レオノーラ先生と言えども名誉棄損、侮辱罪は免れませんぞ! 分かっているのですか!?」


「根も葉もないでたらめばかり言っているのは、サイラス先生のほうでしょう?」


 そこでついに、サイラスがキレた。

 いや、キレた振りなのかもしれないが、やつの丁寧語が崩れる。


「ふんっ、話にならん! そこまで言うならレオノーラ、証拠を出せ、証拠を! ないのだろう! あるわけがないな! すべて根も葉もない嘘八百なのだからな! ──さあ、証拠を出せ、証拠を!」


 役員席に用意されたテーブルを、苛立たしげにバンバンと叩くサイラス。


 それにレオノーラ先生は、すまし顔で言う。


「ですって、アルマ先生」


「ほいほい。じゃ、流しまーす」


 そう言ってアルマが取り出したのは、魔導録音機だ。


 それを見たサイラスが顔を青くするが、もう遅い。

 アルマは魔法で記録された音声を再生した。


『いいではないですか、アルマ先生。……なぁに、こんな辺鄙な村のクズ勇者が三人程度使い物にならなくなったところで、この国に勇者の代わりなどほかにいくらでもいますよ。クズどもがジェイクくんたちのような優秀な勇者の糧となるのであれば、万々歳ではありませんか』


 魔法による録音音声であるために少しくぐもった、しかしまぎれもないサイラスの声。


 その魔道具の音声を聞いた観客たちは、さらに大きくざわめき始めた。

 観客たちの視線のほぼすべてが、サイラスを非難するものへと変わっていた。


 サイラスは慌てふためいた様子で周囲を見回す。


「ち、違うのです! これは……! ──お、おのれ女狐ども! 私に似た声の持ち主を探して、このような細工をするなど! こんな録音に証拠能力などないぞ!」


 だがそんなサイラスの主張にも、レオノーラ先生とアルマの二人はどこ吹く風だ。


「アルマ先生、その先もいっとく?」


「そうですねー、レオノーラ先生」


 アルマは一度止めていた音声を、続けて再生する。

 最初に流れてきたのは、アルマの声だ。


『サイラスさん……それ、本気で言ってるの?』


『おっと失礼、言葉が過ぎましたかな。……しかしアルマ先生、まだ子供といっても、礼儀を欠くことは許されませんよ。私のような立場にある者に暴言を吐けばどういうことになるか、彼女らには身をもって思い知ってもらう必要があります。そうでしょう? ──そしてそれは、先生のような大人であればなおさらのこと。ブレット先生と違い利口なアルマ先生なら、分かりますね?』


 先の音声、そしてアルマへのセクハラ疑惑を聞いたあとに聞くと、これらの発言の「意味」も観客に十分に伝わる内容だった。


 自分の声を聞いたサイラスは、大声で騒ぐ。


「やめろ! 今すぐそれを流すのをやめろ! そんなものに証拠能力はないと言っているだろう! 名誉棄損だ! 貴様ら全員──こんなことは許されんぞ! 分かっているんだろうな!!!」


 だがレオノーラ先生は、サイラスのその物言いにも冷静にこう切り返した。


「そうですね。法廷での証拠能力は、参考程度といったところでしょうか。私はこの場にいる観客の皆さんに、判断材料の一つを提示したまでです。あとはサイラス先生のご希望通り、後日のお話し合いにいたしましょうか」


 ──結局、サイラスは最後まで喚いていたが、観客の反応は歴然だった。


 ほぼ一色、サイラスへの非難の目を向けるもの。

 やがてその目に耐えられなくなったサイラスは、逃げるように会場から立ち去っていった。


 ちなみに、後日の勇者協会の査問委員会などでサイラスはその役職を追われ、それによってやつは長年かけて築き上げてきた権力基盤の一切を失うことになるのだが、まあそれはさておき。


 現在の観客席を見れば──


「「いえーい!」」


 レオノーラ先生とアルマとがハイタッチをして、勝利を祝っていたのだった。


 ……うん、あの二人は怒らせないようにしような、俺。

 怖い怖い。




 ──とまあ、そんなわけで、最強新人勇者決定戦はリオ、イリス、メイファの三人が今年の優勝者となった。


 大勢の観客や勇者たちの前で表彰された三人は、とても照れくさそうにしていたが、とても嬉しそうでもあった。


 俺はそんな三人を、たくさん称賛し、たくさん抱きしめて、たくさんなでなでした。


 その現場をレオノーラ先生とアルマに目撃されて、社会的にも物理的にも命を落としそうになったのは、きっと気のせいだ。


 そんなこんながあって、やがてはそれも落ち着き。

 俺は三人の教え子を連れて宿へと戻り、穏やかで楽しい夕食の時間を過ごした。


 あとは──

 最後の仕事だ。


 俺は夜中、リオたち三人を連れて宿を出る。


 そして、わけの分かっていない三人を連れて、誰もいなくなった夜の競技場へと向かった。

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