第48話 “剛剣”アドルフ

 静まりかえった観客席で、ガタンと音がした。


 役員席の前に立ち上がっていたサイラスが、アドルフの怒声に気圧されたように席に尻餅をついていた。


「な……何を言うのかね、アドルフくん。わ、私にそのような口をきくことの意味が、分かっているのかね……?」


 サイラスは震える声で、どうにかそれだけを口にした。


 だがアドルフは、まったく怖じることなく応える。


「ジジイ、貴様の戦いは後にしろ。これは俺たちの戦いだ。邪魔をするな」


「なっ……」


 それでサイラスは、口をパクパクとさせて何も言えなくなった。

 自らの子飼いのつもりだったアドルフに反抗されるとは、思っていなかったのだろう。


 アドルフはサイラスとのやり取りを終えると、再びリオたち三人のほうへと向き直る。


「外野は黙らせた。戦いの続きだ」


 しかし戸惑ったのはリオたちだ。


「いや……戦いの続きったってお前、もうボロボロだろ……。勝負はついてんじゃねぇか」


 リオはそう言うが、アドルフはふんと鼻を鳴らす。


「なんだ、相手が弱ったらトドメを刺すこともできんのか。よくそれで『勝つ方を選んだ』などとさえずれたものだな」


「…………」


「戦いは生きるか死ぬかだ。俺を叩きのめす覚悟がないなら降参しろ、雌犬。それは貴様らの弱さだ」


「……どうあっても、最後までやらなきゃ、負けを認めねぇってことかよ」


「当然だ」


「チッ、分かったよ」


 リオがその手の木剣を、ひゅんと振った。

 アドルフもまた、その手の木剣を構える。


「いい覚悟だ。戦士とはそうあらねばならん。ことに、強い戦士はな」


「知るかバーカ。でもあんたもうボロボロだ。オレと一対一でいいだろ」


「構わんが、仲間の補助魔法が掛かった状態で一対一というのも、面白い表現だな」


「まあな。でもどっちにしたって、勝ちの決まった勝負に挑む汚れ役だ。変わんねぇよ」


「ふん、雌犬が。なかなか言うものだ」


 リオとアドルフが、互いに木剣を構えて向かい合う。

 両者の距離は、十歩ほど。


 そこにメイファが声をかけようとするが──


「……待って、リオ。……そういう汚れ役なら、ボクの仕事──むががっ」


「はい、メイファ~。ここはリオの顔を立てるところだよ~。黙って後ろで見ていようね~」


「ふがふがっ」


 イリスがメイファの背後から口をふさぎ、取り押さえて引きずり下げてしまった。

 あの三人のパワーバランスは、ときどきよく分からないな。


「ふっ……なかなか面白い仲間たちだな」


「ああ、自慢の妹たちだ。あんたは少し付き合うやつを考えろよ。ドロシーとかジェイクとか、あんなろくでもないやつらとつるんでねぇでさ」


「いや、俺にはあのぐらいの連中のほうがちょうどいい」


「ふぅん、そうかい──じゃあ、行くぜ」


「ああ──来い、雌犬」


 緊迫の間。


 次いで、両者が同時に地面を蹴った。

 一瞬の後、中央で衝突する。


「はぁあああああああっ!」


「うぉおおおおおおおっ!」


 ──ガガガガガッ、ガキンッ、ガンッ、ガガガンッ!!


 リオとアドルフの、激しい打ち合いが始まった。


 火花が散るような激突。

 およそ木剣で打ち合っているとは思えないような激しい打撃音。


 勇者同士の戦いに相応しい、目にも止まらぬ高速の打ち合いは、あっという間に十合、二十合、三十合と積み重ねられた。


 だが──

 戦いの形勢は、明らかだった。


 万全の状態な上にイリスからの支援魔法の影響を受けているリオ。

 対してアドルフは、ダメージが蓄積してパワーにもスピードにもガタがきている。


 リオはアドルフを、一合ぶつかるごとに追い詰めていく。

 そして──


「てぇやああああああっ!」


「ぐうっ……!」


 ──カァンッ!


 下から力強く跳ね上げるリオの一撃が、アドルフの体勢を大きく崩した。


 アドルフの巨躯が、ふらつくように後退する。

 そこに向かって──


 リオが勇者の脚力で、高々と跳躍した。

 そして空中で、木剣を頭上に構える。


「くらえぇえええええっ──【斬・岩・剣】っ!」


 リオの木剣が闘気をまとい、振り下ろされた。


「ぬうっ……!」


 アドルフは木剣でその一撃を受け止めようとするが──


 ──バギンッ!

 リオの木剣が、受け止めたアドルフ木剣をへし折り、アドルフの肩口にめり込んでいた。


「が、はっ……」


 ずしんっ!

 半ば強制的に、アドルフが地面に膝をつかされた。


 そこで──ビーッ、ビーッ!

 アドルフが装着した魔法具から、ノックアウトの警告音声が鳴り響く。


「し、勝負あり! 勝者、リット村勇者学院!」


 審判が旗を上げた。

 決勝戦、終了だ。


 だが観客席から歓声が湧くことはなかった。


 観客たちは、この事態にどう反応すればいいのか分からず、どよどよと戸惑いの声ばかりがあがっていた。


 しかしそれには構わず、選手たちは互いの健闘をたたえ合う。

 リオは膝をついたアドルフに、手を差し出していた。


「これで文句ねぇだろ。オレたちの勝ちだ」


「ああ……悔しいが、俺たちの完敗だ。──しかし最後の【斬岩剣】、あれはブレット先生から教わったのか?」


「うんにゃ、あんたのを見て盗んだ。でもオレの背丈や体重じゃ、あんたみたいなやり方じゃ無理だと思ってさ。ジャンプしたらいけるんじゃねぇかって」


「ふっ、技の本質を一瞬で見抜いて、自己流にアレンジしたか……無茶苦茶な雌犬だな」


 アドルフはリオの手を取って、立ち上がる。


 そこに来て、観客席からちらほらと拍手が鳴りはじめた。


 最初は小さかった拍手の音は、やがて徐々に大きくなり、会場中を包み込むほどにまで広がって──


 だがそこに、抗議の叫び声をあげる者が現れる。


「認めん! 私はこんなものは認めんぞ……! 八百長だ!」


 それは役員席から再び立ち上がった、サイラスだった。

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