第47話 勝つ方

 問題なのは、“剛剣”アドルフとリオの戦いだ。


「──うぁああああああっ!」


 もう何度目になるか。

 リオは再び、アドルフの攻撃の威力を受け止めきれずに、吹き飛ばされていた。


 リオはグラウンドをごろごろと転がり、今度はすぐに起き上がることもできない。


 そこに威圧感の塊のようなアドルフが歩み寄ってくる。


 リオはよろよろと立ち上がり、苦しげな表情で迫りくる敵を見上げる。


「はぁっ……はぁっ……く、くそっ……強ぇ……!」


「どうした雌犬。自慢の速さも鈍ってきているぞ。もう抵抗は終わりか? ならば──」


「──ッ!?」


 リオの目の前まで、アドルフが一瞬で駆け寄った。

 万全の状態のリオにはわずかに及ばないが、アドルフの敏捷性もまた一級品だ。


「終わりだ──【斬岩剣】」


「くっ──【パリィ】!」


 アドルフが頭上から木剣を力強く振り下ろす。

 すでに脚にガタがきているリオは、それを防御技で弾こうとした。


 ──カンッ!


 リオの木剣が、アドルフのそれを横から叩く。

 だが──


「がっ……あがっ……!」


 アドルフの木剣は、リオの右肩に直撃していた。

 リオの【パリィ】では、アドルフの攻撃の威力を削ぎ切れなかったのだ。


 アドルフが剣を引くと、リオはがくりと膝をつく。

 少女の手から木剣が取り落とされ、からんと音を立てて地面に転がった。


「うっ、ぐ、あああああっ……!」


「ふん……非力だな」


 アドルフはその大きな左手でリオの首をつかんで、少女の華奢な体を片手で持ち上げた。


 宙づりにされたリオの手足が、もがくように宙を掻く。


「うあっ……あっ、ぐぅっ……!」


「存外に打たれ強さも鍛えているようだが……それもこれまでのようだな。では──死ね」


 アドルフはリオを地面に放り捨てる。


 そして、肩を抑えてもがき苦しむリオに向けて、冷たい目で木剣を振り下ろそうとするが──


 そのとき、リオが声を振り絞って叫んだ。


「た、助けてくれっ──イリス、メイファっ……!」


「……その言葉を、待ってた。……【炎の矢ファイアボルト】!」


「ぬっ……!?」


 いつでも魔法を放てる状態で待機していたメイファが、アドルフに向かってそれを放った。

 五つの火炎弾がアドルフに殺到する。


 アドルフはそれを反射的に【ディフレクション】で弾こうとしたが、五弾すべてをかき消すことはできなかった。

 二弾がアドルフの肩と脇腹にそれぞれ命中する。


「ぐっ……!」


 それで決定打になるようなことはないが、アドルフがわずかに怯んだ。


 その隙に、イリスが駆け込んでリオを抱え、アドルフの前から救出する。


「もう、リオ! 意地を張りすぎ! 見てるこっちの身にもなってよ」


「へっ……へへっ……わ、悪りぃ……にしてもあいつ、ホント強ぇな……」


「男の子じゃないんだから。リオは強い弱いにこだわりすぎ。ほら、じっとしてて──【月光治癒ムーンライトヒール】」


「あああっ、染みるわ……はぁー、サンキュー、イリス。楽になった」


 イリスの治癒魔法ですっかり元気になったリオは、イリスが拾っていた木剣を受け取りつつ、立ち上がる。


 リオの治癒を終えたイリスも同時に立ち上がると──


 リオ、イリス、そしてメイファの三人が、“剛剣”アドルフを取り囲む形となった。


 それを見たアドルフは、口元を歪めて笑う。


「ほう、三対一か。……なるほど、ドロシーとジェイクを手早く打ち倒す程度の実力はあるということか。俺としたことが、見誤ったようだ」


 アドルフは周囲を見回し、自分の仲間たちがすでに倒されていることを確認する。

 そのアドルフに対し、リオが言った。


「“剛剣”アドルフ──あんたやっぱ強ぇよ。でも悪りぃな。オレたちは『勝つ方』を選んだんだ」


「そうか──いや、結構だ。では戦いを再開するとしよう」


 アドルフが地面を蹴った。

 剛速で少女たちに向かって駆ける。


 彼が狙う相手はイリス。

 最初に回復手を潰そうという考えだろう。


 だがその前に、リオが立ちふさがる。

 アドルフが叫ぶ。


「──邪魔だ、雌犬! 貴様では俺を止められんことは分かっただろう!」


「オレ一人だったらな! ──イリス!」


「うんっ、リオ! ──【大地の剛力アースマイト】!」


 イリスが放った補助魔法の効果がリオに宿る。

 と同時に、アドルフとリオがぶつかった。


 ──ガツンッ!

 アドルフとリオのパワーが衝突し、両者の木剣が互角の鍔迫り合いを演じる。


 いや──厳密には、互角ではなかった。


「ぬっ……ぐぅっ……!」


「──でりゃあああああっ!」


「……っ!?」


 気合いの声を上げたリオの押し込みで、攻めたアドルフの側が押し返された。

 巨躯がよろめき、一歩、二歩と後ずさる。


 そこに──


「……悪いけど、勝たせてもらう。……右手から【炎の矢ファイアボルト】。……左手から【風の刃ウィンドカッター】。……行け!」


 メイファが放った二つの魔法が、同時にアドルフに襲い掛かる。


「初級魔法の【二重行使ダブルキャスト】だと……!? ぐぅうううううっ!」


 五つの火炎弾と五つの風刃、トータルで十の魔法弾は、うち三つがアドルフの【ディフレクション】でかき消されたが、残りの七つがアドルフの肉体を焼き、切り裂いた。


 さらに──


「いきます──【閃光フラッシュ】!」


「ぐっ……目潰しか!」


「チッ──【三段切り】!」


「ぐぉおおおおおおっ!」


 イリスとリオの連携攻撃で、着実にアドルフにダメージを与えていく。


 さすがのアドルフも、あの三人を相手にして三対一では、到底歯が立たない。

 一方的な試合展開になっていった。


 それを見ていた観客席が、ざわつき始める。


「なんかさ……あんなの汚くねぇ?」


「まあな。一対一ならアドルフのほうが強いのに、あれじゃあな……」


「でも三対三の試合なんだから、ああいうもんだろ?」


「そりゃ分かるよ。分かるけどさ……なんかやっぱ、どうかと思うよな」


「ああ、なんつーか……勇者らしくないっていうか……集団リンチ?」


「そうそう、それな」


「なーんか、面白くねぇ試合だよな」


「あー、あれだよ。アイドルショーだと思っとけばいいんじゃねぇの?」


「そっかそっか。なるほどな。……あー、白けるわー」


 ──俺はそれを、歯を食いしばりながら聞いていた。


 どいつもこいつも、勝手なことばっかり言いやがって。

 リオたちがどんな想いであの決断をしたのか、知りもしないくせに。


 そして何より、それをけしかけたのは俺なんだ。


 観客の声は、当然リオたちにも届いているだろう。

 あいつらは今、どんな想いで戦っているのか。


 それを思うと、胸をかきむしられるような想いだったが──


 そこで、「あの男」が動いた。


 自分の子飼いの生徒たちの不利を目の当たりにして、ずっと苛立ちの様子を見せていたあの男──サイラスが、だ。


 サイラスは役員席で立ち上がり、舞台演劇をするかのように語り始める。


「おのれリット村勇者学院! なんて卑劣な戦いをする生徒たちだ! 信じられん! 神聖なるこの最強新人勇者決定戦を、なんだと思っているのか!」


 ──チッ、あの野郎……!


 俺がサイラスのほうに視線を向けると、サイラスも俺のほうを見る。

 そして口元をニヤリと歪め、言い放った。


「リット村勇者学院の担任教師は──おやぁ、なんと問題教師として左遷された、ブレット先生ではありませんか? なぁるほどぉ! 問題教師の指導で育ったから、教え子たちも問題生徒になったのですな! やれやれ、まったく嘆かわしい!」


 サイラスの一人舞台。

 それを耳にした観客たちが、ざわめきを増していく。


「あの担任、問題教師なのか……? はぁ~、だから生徒たちも、あんな戦い方してんのか……」


「なるほどな。勝てれば何でもいいって戦い方だもんな。教えてる教師のせいか」


「はぁ……そんなやつらが今年の優勝か。なんか嫌だよな……」


 そんな中、いつしかリオたちも、戦いをやめていた。


 ダメージを受け続けボロボロの姿になったアドルフと、リオ、イリス、メイファの三人も、手を止めてサイラスと観客席の声に注目してしまっていた。


 リオが、イリスが、メイファが、観客たちに向かって訴えかける。


「違ぇよ! 兄ちゃんはオレたちに、どうするかは自分で選べって……! 選んだのはオレたちだ! 悪いのは兄ちゃんじゃねぇ!」


「先生は、問題教師なんかじゃありません! 私たちは、先生のおかげでここまで来られたんです!」


「……お兄さんのことを何も知らないのに、悪く言うな……! ……お兄さんは、お前たちの思っているような、悪い先生じゃない……!」 


 だが役員席のサイラスが、そこに再び口を挟む。


「おお、かわいそうに! 何かあれば自らをかばうように躾けるなど、もはや洗脳だ! ひどすぎる! 見てください皆さん、あれがブレットという問題教師による洗脳教育の結果です!」


「うわぁ……そこまでするか……とんでもない教師ですね」


「あの子たち、かわいそうに……せっかくの輝かしい才能が、問題教師のせいで台無しだ」


 サイラスに同調するのは、彼の取り巻きの勇者協会の連中だ。

 しかしそのサクラ効果によって、サイラスの意図が観客へと伝播していく。


 ──この状況にあって、俺はどうすればいいのか、分からずにいた。


 生徒たちをかばえばいいのか?

 いや、それでは俺やリオたちに向けられた偏見を拭えないだろう。


 サイラスに言い返せばいいのか?

 それもダメだ。

 先に問題教師という先入観をばら撒かれているのだから、普通に口論をしても圧倒的に分が悪い。


 ──くそっ。


 どうする。

 どうする。

 どうすればいい……!?


 だが、俺が手をこまねいていたそのとき──


 一人の少年が、サイラスに向かって声を張り上げた。


 それは──“剛剣”アドルフ。

 獅子の咆哮のような怒号が、競技場に響きわたる。


「──うるせぇクソジジイ!!! 余計な横槍入れてんじゃねぇ! 俺たちの戦いを邪魔するなら──テメェもぶっ殺すぞ!!!」


 びりびりと空気が震えるようなその声に、会場中が静まりかえった。

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