第46話 決勝戦(3)

 時間は再び、決勝戦の試合の最中へと戻る。


 三組の戦闘風景のうち、注目したのは“賢狼”ジェイクとメイファの戦いだ。


 ジェイクに両腕をつかまれたメイファ。

 腕力ではかなわず、逃げることもままならないまま、長い舌を伸ばしたジェイクの顔が迫っていく。


「ひひひっ、こうやってつかまれちまったら、魔法タイプの勇者は無力だよなぁ? さあどうするどうする、憐れな囚われのお嬢ちゃん。このままだと悪い狼さんに食われちまうぜぇ?」


 ジェイクは相手の焦りを煽る文句とともに、メイファに近付いていく。


 だが対するメイファはというと、落ち着いたものだった。


 そりゃそうだ。

 メイファにとっては、別段それほど困った状況でもない。


 ときどき忘れそうになるが、メイファは魔法に関しては超が付く天才だ。

 秀作クラスの勇者が想像もつかないような、意味不明な超人技を披露してのけることがある。


 そんなメイファが、ジェイクに向かっておもむろに口を開く。


「……つかまれたら、魔法使いは無力? ……どうして?」


「は……?」


「……思い込み、先入観、常識にとらわれている。……憐れな囚われの狼さんは、そっち」


「ほ、ほぉう……? じゃあこの状態から、どうやって逃げ出すつもりだよ。非力な魔法使い勇者が、魔法も使えずによぉ! やれるもんならやってみろや!」


「……うん、憐れな狼さんに、やって見せてあげる。──【炎身セルフバーニング】!」


 ──ゴォオオオオオオッ!

 メイファの全身から、彼女の体を包み込むように炎が巻き起こった。


「なぁっ……!? ぐぁあああああっ!」


 ジェイクは慌てて、メイファの腕から手を離す。

 しかしその手は、手放すまでの一瞬だけで、すでに焼けただれていた。


 慌てて飛び退ったジェイクに、炎を身にまとったメイファがゆらりと近付いていく。


「ば、バカな……! どうして魔法が使えるんだよ!」


「……どうして? ……逆に聞く。……どうしてそれができないと思う?」


「はぁ!? 他人に体をつかまれた状態で、魔法の具現化イメージなんて組めるはずが──」


「……だから、それが思い込み。……ボクにとってはそんなこと、造作もない。……さあ、悪い狼さんは、退治される時間」


「ちょっ、ちょっと待て……バ、バカ、近付いてくるな! そんなの大やけどに──」


「えいっ☆」


 全身に炎をまとったメイファが、慌てて四つん這いになって逃げようとしていたジェイクに、飛びついた。


「──ギャアアアアアッ!」


 メイファにガシッとしがみつかれたジェイクの全身は、あっという間に炎に焼かれていって──


 ビーッ、ビーッ!

 ジェイクが装着した魔法具から、警報とノックアウトの音声が鳴った。


「熱ぢっ! 熱ぢぃよぉっ!」


 炎のダメージに、地面をのたうち回るジェイク。


 メイファはジェイクから離れると──


「……ふふっ、ボクに不用意にさわると、やけどする。……ボクの柔肌にさわっていいのは、お兄さんだけ」


 そう、大会の救護班によって治癒魔法がかけられるジェイクに向けて、よく分からない決め台詞を放っていた。


 ちなみに救護班の人は、メイファと俺とを怪訝そうな目で交互に見ていた。

 ああ、また俺の社会的立場が穢されたよ……ううぅ。



 ***



 一方で、“女王”ドロシーと、イリスとの対決。


 こちらはドロシーが放った炎の鞭がイリスの体に巻き付いて、外野から見れば勝負が決したかのようにも思える状態だった。


 一見では、あとは鞭の炎がイリスの身を焼くだけにも見えるのだが──


「──うわぁああああああああっ! あぁあああああっ!」


「あはははははっ! いい鳴き声よぉ!? もっと、もっと聞かせなさいな!」


 天に向かって叫ぶように悲鳴をあげるイリスと、愉悦に満ちた表情で哄笑するドロシー。


 いやぁ、それにしてもイリス、演技派だなぁ……。

 勇者やアイドルだけじゃなく、舞台女優の才能もありそうだ。


 などと俺が思っていると、ようやく。

 イリスが本性を現した。


 少女は炎の鞭に巻き付かれたまま、不意に叫び声を上げるのをやめると、ドロシーに向かってニヤリと笑いかける。


「……なーんて。どうだった、私の悲鳴は? 百点満点中の何点ぐらいかな、悲鳴マエストロの女王様?」


「……は?」


 何が起こったのか分からないという様子で呆けるドロシー。


 一方のイリスは、炎の鞭をその手でがっしりとつかみ、綱引きのようにぐいと引っ張った。


「えっ、ちょっ、ちょっと……!?」


 思いのほか強い力で引っ張られたのか、ドロシーはたたらを踏み、つんのめって倒れてしまった。

 炎の鞭も手放してしまう。


 イリスって、普段の印象からはちょっと想像つかないんだが、実際のところ能力はオールラウンダーだから、腕力もかなりあるんだよな……。


 まあそんなことより、ドロシーが分からなくて混乱しているのは、もっと別のことだろうが。


「さ、さっきまでの悲鳴は……演技だったっていうの……? でも、どうして……どうして【火炎鞭フレイムウィップ】に焼かれて、平気なのよ……!?」


 ドロシーが無様に地面に倒れたまま、顔だけを上げてイリスを見る。


 その視線の先にいるのは、薄く笑って“女王”を見下ろすひとりの少女。

 彼女が身にまとうのは、魔法による守護の輝きだ。


「【光の守護ルミナスプロテクション】──あらゆる肉体ダメージを一定量まで肩代わりしてくれる防御魔法だよ」


「はぁっ!? 光属性と土属性の、中上位合成魔法!? 学院生レベルで、そんな高度な魔法を使えるわけが……!」


「先生がとっておきとして、手取り足取り教えてくれたんだよ。得意属性だから私なら修得できるって信じて抱きしめてくれた。だから私も頑張れた。それだけのことだよ」


 イリスはそう言って、手にした炎の鞭を体操のリボンのようにくるくると操って、自分の身からほどいた。


 そしてドロシーから奪い取ったそれを、自分の手の内に収納する。


「火属性とかはあまり得意じゃないし、こういう魔法は覚えてないけど──ふぅん、術者の手から離れても、しばらくは消えないんだ」


 イリスは炎の鞭を、ひゅんひゅんと振るってみせる。

 ピシッ、パシッと地面を炎が舐めて、焼いた。


 イリスはふっと、ほくそ笑むように口元を緩ませる。


「あとね、ドロシーちゃん。さっき私、マゾの気はないって言ったよね? だから、どっちかっていうとさ──私、『S』のほうなんだよね」


「はい……?」


 地べたに横たわったまま、首を傾げる“女王”ドロシー。


 その周囲の地面を、イリスが操る炎の鞭が、ピシッ、バシッと音を立てて焼いていく。


「ふふっ……じゃあ、少し楽しもっか、ドロシーちゃん?」


「えっ、ちょっ、待っ──」


 ──ピシッ!

 ──パシッ!


「ああんっ! ああっ!」


 イリスが振るう炎の鞭が、“女王”の面影を失ったドロシーの背中を幾度も叩いていく。


 叩かれるたび、どこか心地よさそうにも聞こえる悲鳴をあげるドロシー。


 ──ピシッ!

 ──パシッ!


「ふひゃんっ! ああんっ!」 


「あははははっ! どうしたのドロシーちゃん! ずいぶんと気持ちよさそうじゃない!」


「だって! あんっ! だってぇ……!」


「ほらほらっ! まだまだこんなものじゃないからね!」


 ──ピシッ!

 ──パシッ!


 ……と、そんなやり取りがしばらく続いた後──


「あ、ああんっ……い、イリスお姉さまぁ……」


「ふふっ……いい子ね、ドロシー」


 そこにはドロシーの顎をくいと持ち上げてかしずかせる、新たな“女王”が誕生していたのだった。


 ちなみに、イリスはそこではたと気付いたようになって、青い顔で俺のほうへと振り向いてくる。


 それから、視線をあっちこっちへと彷徨わせたのち──


「せ、先生のおかげで勝ちました! ぶいっ!」


 そう言って、俺に向かってピースサインを送ってきた。


 ……いや、まあ、うん……。

 勇者もね、良識の範囲内で、いろんな趣味や嗜好があっていいと俺は思う……よ?


 俺はとりあえず作り笑いとともに、イリスに手を振っておくことにしたのだった。




 ──さて、ともあれこれで、メイファとイリスの戦いは片付いた。


 あとは──

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