第45話 作戦会議
時間をしばらく遡る。
控え室でのことだ。
俺はリオ、イリス、メイファの三人を前にして、決勝戦での戦い方をレクチャーしていた。
「──ってわけで、ジェイクやドロシーはまだ何とかなるとして、問題は“剛剣”アドルフだ。はっきり言うが、こいつはお前ら三人のうちの誰よりも強い」
俺はそう言って、大会スケジュール冊子の裏紙に書いた「アドルフ」という名前に、ペンで丸を付けてみせる。
それを見た教え子たちは、みんな一様に難しい顔をした。
そのうちの一人、リオが少し不服そうに、口を尖らせて言う。
「でも兄ちゃん、そんなの実際にやってみなきゃ分かんなくね? 試合見てた感じ、あいつオレより速いって気はしなかったし」
「そうだな。敏捷性だけなら、俺もリオのほうが上だと思う」
「だったらさぁ」
「だが僅差だ。そして腕力と打たれ強さは、リオよりもアドルフのほうが格段に上。剣の技量もある。やれると思うならやってみるのは構わないが──そのあと、どうするかだ」
俺の言葉を聞いて、リオはぶーたれるように、口をへの字に曲げていた。
三人を見回す。
するとメイファが「……はい、お兄さん」と言って挙手をした。
指名してやると、メイファは名案を発表するような口ぶりで言う。
「……一対一で勝てないなら、三対一でやればいい。……ほかの二人をさっさと倒して、二人が加勢に入る。……それで、勝てる」
メイファは得意げに、ふふんと鼻を鳴らす。
しかしそれには、リオが不満そうに口を挟んだ。
「でも三人で一人を倒すのって、なんか勇者として卑怯じゃねぇ? 魔王相手ならともかく、相手も一応勇者だろ。なんかそれって、
「……そんなことない。……元々は三対三、何も卑怯じゃない」
「うん。リオの言ってるのも分かるけど、団体戦なんだし、そういうものだと思うな」
メイファとイリスに畳みかけられて、リオはまた面白くなさそうに口を尖らせる。
俺はそれを見て、ふと口元を綻ばせていた。
理屈としてはメイファやイリスの言うとおりだが、リオの真っ直ぐな気持ちも微笑ましい。
まだ納得がいかないという様子のリオが、俺に向かって聞いてくる。
「なあ、兄ちゃんはどう思う? 勇者が三対一って、卑怯だと思わねぇ?」
俺は少し考えてから、リオに向かって答えた。
「まあ……そうだな。卑怯に見えるかもしれないし、
「だろ!? ほーら見ろよ、兄ちゃんだってこう言ってんじゃん!」
得意げになるリオと、ムッとするメイファ。
イリスは「まあまあ」と言って二人をたしなめるポジションだ。
今度はメイファが、ぷーっと膨れた様子で俺に聞いてくる。
「……じゃあ、どうやって勝つの、お兄さん。……三対三でまとまって戦ったって、三人同時に倒さなきゃ、どうせ最後には一人になる。……そんなことまで気にして、戦っていられない」
フィーリングで物事を捉えがちなリオと比べて、メイファは理屈屋だ。
言っていることは、ほぼ全面的に正論。
俺は今度は、メイファに向かって答える。
「いや、メイファの言うとおりだと思うぞ。勝つためには、ほかの二人を先に倒して三人がかりでアドルフを相手にするのが最良なんじゃないか?」
「……??? ……お兄さん、そういう二枚舌は、どうかと思う。……リオにはリオが正しいって言って、ボクにはボクが正しいって言うのは、ズルい」
メイファが怪訝そうな顔で、俺を見つめてくる。
つぶらな瞳で真っ直ぐに見つめられると、なんかいつも以上に可愛さを感じるな。
俺はそんなメイファの頭に手を乗せ、わしわしとなでてやる。
「よしよし。メイファは賢いな」
「……ふにゅっ。……お兄さん、そういう誤魔化しも、ボクはどうかと思う」
メイファが頬を染めながらも、恨みがましそうな上目遣いで俺を見上げてきた。
げろげろに可愛い。
さておき俺は、メイファをなでながら言葉を返す。
「いや、誤魔化したつもりも、二枚舌を使ったつもりもないぞ。俺は、少しでも卑怯な勇者になるのが嫌ならリオの言ったとおりにすればいいし、勝ちたいならメイファの言うとおりにすればいいって、そう言ったんだ。何もおかしくないだろ?」
「「「???」」」
今度はリオ、イリス、メイファの三人ともが首を傾げた。
少し考えこんでから、イリスが聞いてくる。
「えっと……それって、卑怯でもいいから、
「いや? 俺はお前たちが、どっちでも好きなほうを選べばいいって思ってる」
「ええ……? 先生、言ってる意味が分かりません。じゃあ、負けたほうがいいってことですか?」
「お前たちがそうしたいんならな」
「んんんんっ……! うあああっ、もう、先生が何を言いたいんだか分かんないよぉ!」
イリスが頭を抱えて悶絶した。
俺はハハハと笑って、イリスの頭をなでてやる。
イリスは「はうぅ……」と言って、顔を赤くして小っちゃくなってしまった。
俺はイリスを解放してから、三人に向かって言う。
「どの道を選んだって望む結果全部を得られないってときはあるってことだよ。そういうときは、何を選ぶのかを自分たちで決めて、その結果を引き受けるしかない。三人で話し合って、どうするか決めてくれ。ここまで来たら、もう俺は口出ししないからさ」
そう言って、俺はあとのことは三人の決断に任せた。
ちなみにサイラスとの勝負のことは伏せておいた。
サイラスとの勝負の内容は、俺の教え子たちが優勝したら、王都復帰でも何でも好きな望みを聞いてやる、ただし結果が出せなければ覚悟しておけよ──だったか。
まあサイラスのやつが律儀に約束を守るともあまり思えないし、それでなくても、三人の決断に俺の事情を混ぜたくはないんだよな。
俺はもう──何となくだけど、満足していた。
こいつらをここまで連れてこられただけで、だいぶ満足だ。
もう俺がいなくてもこいつらは生きていけるだろうし、俺が教えられることもだいたい教え切った……と思う。
最初はこいつらが世界最強の勇者になるところまで俺の手で育てたいと思っていたが──
それってよく考えなくても、こいつらに俺を超えられちまうってことなんだよな。
十歳も年下の少女たちに、目の前で自分の実力を凌駕されてなおいっぱしの教師面をしていられる自信はあまりないってことに、俺は最近気付きつつあって。
嫉妬ってことはないにせよ、卑屈にぐらいはなっちまいそうだ。
天賦の才能の差ってものに、天に向かって恨み言の一つも言いたくなるだろう。
まあ、なんていうか……今手を離せば、こいつらの心の中で俺は一生「尊敬する先生」でいられるんだろうなって、そういう浅ましさみたいなもんが俺の中にあるわけで。
いずれにせよ。
あとはこいつら自身の足で、自分の人生を歩いて行けばいいと思う。
そのために、自分の足で歩くための方法を、最後に教えておきたかった──と、まあそんなところだ。
──そして、その後。
話し合いを終えた三人は、決勝戦へと向かった。
三人がどう戦うつもりなのかは、俺はあえて聞かなかった。
三人の決断を、実戦で見せてもらおうと思った。
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