第43話 決勝戦(1)

 超満員の観客席から、大歓声が降り注いでいた。


 俺は競技場グラウンドの隅、選手たちの邪魔にならない場所に陣取って、もうすぐ始まろうとする戦いの様子を見守っている。


 選手たち──リオ、イリス、メイファの三人と、“剛剣”アドルフ、“女王”ドロシー、“賢狼”ジェイクの三人とが、グラウンドの中央付近で向かい合って立っていた。


「それでは決勝戦、王都グランドル勇者学院と、リット村勇者学院の試合を始めます。選手一同、礼」


『よろしくお願いしまーす』


 審判の指示で、六人の男女は挨拶の声とともに頭を下げる。


 試合開始の合図はまだだ。

 ざわついた観客席からは、こんな声が聞こえてくる。


「リット村勇者学院……なんなんだあいつら……。あんなかわいい子たちだし、聞いたこともないからすぐに負けるだろうと思ってたけど、ついに決勝戦まで来ちまった……」


「いやでも、いくら何でも、王都のあの三人に勝つってことはないだろ」


「分からねぇぞ。ここまでの戦いぶりはお前も見てただろ。全部余裕で勝ち抜いてきてる」


「ああ。自分で見てきても、目を疑うよな……。でも俺、あの子たちのファンになるかも。超可愛いし、最強勇者アイドルユニット誕生だな」


「分かる。ライブとかあったら超見に行く」


「それな」


 ……あぁん?


 俺は観客席の声のほうを見て、そこにいた男の観客二人を全力で睨みつけた。


 俺の殺気に気付いた二人の観客は、「「ひっ……!?」」と悲鳴を上げて、俺に向かってぶんぶんと首を横に振った。


 ……まったく。

 うちの子たちを不純な目で見るんじゃありません。

 あいつらはこれから最強の勇者になるんだから、アイドル活動なんかしてる暇ないっつーの。


 その一方で、グラウンド中央で対峙する二組の陣営の選手たちはというと、互いに因縁の言葉をぶつけ合う。


 口火を切ったのは、“賢狼”ジェイクだ。

 ぼさぼさの長い銀髪を携えた少年は、長い舌で舌なめずりをしながらこう切り出した。


「よぉ子猫ちゃんたち、ここまでの戦い見てたぜ? うまそうに育ってくれて俺ぁ嬉しいよ。たっぷりと嬲ってから食らってやるから、楽しみにしとくんだな。ひひひっ」


 それに次いだのは、“女王”ドロシーだ。

 ドレスを模した戦闘服に身を包んだ金髪縦ロールの少女は、くすくすと笑って言う。


「うふふ……私ね、強くて可愛らしい子をいたぶって、悲鳴を上げさせるのがだぁい好きなの。あなたたちは今まで出会った勇者たちの中でも、最高の獲物よ。今日はたくさんいい声で鳴いてちょうだい?」


 そして最後に言い放つは、“剛剣”アドルフだ。

 十五歳とは思えない恵まれた体格からリオたち三人を見下し、彫りの深い顔立ちをわずかに愉悦の表情で染めつつ口を開く。


「ふっ……このときを待ちわびたぞ、強き雌犬ども。俺は強者をへし折り、その顔を絶望の色に染めることにこそ、無上の悦びを覚えるのだ。さあ雌犬ども、俺に貴様らの強さを見せてみろ。貴様らの肉体も矜持も自信も、すべてを打ち砕いてやろう」


 その王都の三人組の言葉を離れた場所で聞いていた俺は、あらためて思った。


 ……あー、うん。

 相変わらずあいつら、ド変態だな。


 なぜか才能あるやつらって、変なやつが多いんだよな。

 まともなのは俺ぐらいのもんだ。


 ただあの三人の変態っぷりは、その倫理観の無さや社会的地位や才能とも相まって、非常にはた迷惑だ。


 ああいう変態は、もっとひっそりと、他人に迷惑をかけないようにしていてほしい。

 俺も決して人格者じゃないから理解はするが、もうちょっとこう……な?


 一方で、リオ、イリス、メイファの三人も、それに対して言い返す。


「あのさ、お前ら相変わらずキモイ。兄ちゃんの爪の垢でも煎じて飲んどけ」


「リオの言う通りだよね。自分が強いからって何してもいいと思ってるとかサイテー。先生から教わってた時期あるんでしょ? 先生みたいにカッコ良くなろうとどうして思えないの? 一言で言うとね、ダサいのよあなたたち」


「……お兄さんもロリコンだけど、いいロリコンだから嫌いじゃない。……悪い変態は、やっつけないといけない。……覚悟して」


 それを聞いたアドルフ、ドロシー、ジェイクの三人が、一斉に俺のほうを見てきた。

 俺はつい、いたたまれなくなって視線を外してしまう。


 ……あれ、おかしいな。

 どうしてうちの子ら、三人とも俺を引き合いに出すんだろう。


 ていうか、なんか俺が勇者のお手本みたいになってない?

 あいつらの中で俺、神格化されすぎてない?


 あとイリス、何気に一番辛辣です。

 普段はあんなに優しい子なのに……レナードの教え子たちの件とか、よっぽど怒ってるんだろうなぁ。


 一方、それを聞いた“賢狼”ジェイクが、ハッと鼻で笑う。


「なるほどな。お前ら全員、ブレット先生にぞっこんのラブラブってわけだ。禁断の師弟愛とは、お前らもなかなかじゃねぇか」


 いや、その言い方はおかしい。

 と思ったが、それを聞いたリオとイリスが、びくーんと跳ね上がった。


「ちちちちちちげぇよっ! 今そういうこと言ってねぇだろ! に、兄ちゃんとは先生と教え子の関係で、そ、そういうんじゃ……」


「わわわっ、私が誰を好きでも、あなたには関係ありませんーっ! ちちち違うんですよ先生っ、この人がいい加減なこと言って……あ、いや違いはしないんですけど、あ、いやいやいや、そうじゃなくて……!」


「……リオ、イリス、落ち着いて。……二人とも、分かりやすすぎる。あとシリアスな空気が台無し」


 カオスだ……。

 何か知らんが、話がわけの分からん方向に向かっている。


 呆れた顔をした審判が「両校、私語は慎んで」と注意を促す。

 うん、あの審判はいい仕事をしたな。


 ジェイクが肩をすくめ、それをリオやイリスがぐぬぬぬっという様子で睨みつけるが、審判がもう一度視線鋭く見すえると、両者大人しく試合のスタート位置に向かった。


 ちなみに審判は独身っぽい男性だが、「チッ」と舌打ちをして、ちらりと俺を睨みつけてきた。

 えっ、待って、俺が悪いの?


 ──ともあれ、一瞬流れた混沌とした空気も、ひとまずは落ち着いた。


 試合の開始地点に立った男女六人の選手たちは、それぞれに準備運動やストレッチをしたり、瞑目をしたり、へらへらと笑ってリラックスをしたりする。


 対峙する両陣営間の距離は、およそ三十歩分だ。


 やがて全員が武器や素手を構え、敵チームのほうを見すえて戦闘姿勢を整えると──


「それでは決勝戦──始め!」


 審判が旗を振り上げ、それと同時に、両者が動いた。



 ***



 試合開始早々、戦いは三組に分かれた。


「あの剣士の雌犬は、俺がもらおう」


「あのデカブツはオレが! イリスとメイファは残りの二人を!」


 まず一組目は、“剛剣”アドルフと、リオの組み合わせ。

 そして二組目は──


「なら私は、あの綺麗事が好きそうな小娘ちゃんをもらうわぁ。どんな悲鳴をあげるのか、今から楽しみだわ。うふふふ」


「もらうとか何とか、人を物みたいに! ホント不愉快な人たち!」


 “女王”ドロシーと、イリスの少女対決。

 最後の三組目は──


「しょうがねぇな。リオちゃんのこと今度こそ食っちまいたかったけど、二度目はアドルフの旦那に譲るわ。こっちの小生意気なチビもうまそうだしな」


「……うぇっ、吐き気がする。……汚物は消毒しないと」


 “賢狼”ジェイクと、メイファの組み合わせとなった。


 それぞれに戦闘を開始する三組。

 観客席からは、大きな歓声が巻き起こった。

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