第41話 蹂躙

 選手控え室に戻ると、レナードとその生徒たちが迎えてくれた。


「ブレット先生、結果はどうでした?」


「あー、まあ、楽勝ですね。うちの子たち強いんで」


「ほう、言いますね。相手校はなかなかの強豪だったかと思いますが」


「並みの強豪校じゃ、こいつらは止められませんて」


「ふふふ、これは恐ろしい」


 完全に本音なのだが、レナードは大口の類だと思ったようだ。

 ちなみに子供たちのほうでも、


「へぇ、一回戦を勝ち抜いたんだ。すごいな。これは僕たちも負けていられないね」


「んー、つっても、すげぇ弱かったけどな」


「結構言うじゃない。小さな村の勇者学院っていうから、記念に参加しただけかと思ってたけど。てことは相手のこと、けちょんけちょんにやっつけちゃったわけ?」


「……ムカッとしてやった。後悔はしていない」


 などと、レナードの教え子たちとも仲良く話していた。

 それを見た俺は、ちょっと微笑ましい気持ちになった。


 しばらくすると、レナードの教え子たちの出番が来た。


 エールを送って見送ると、十分間ほどで戦いを終え、戻ってきた。


「レナード先生、どうでした?」


 俺が同じ質問を返すと、レナードはぐっと親指を立てる。


「勝ちましたよ。何しろ、うちの子たちは強いですからね」


「おっ、おめでとうございます」


「……が、さすがに国じゅうの勇者学院から猛者が集まっているだけあって、相手校も手強かったですよ」


「ですよね」


 普通はそういうもんだよ。

 うちの子らは異常。


 ちなみにレナードの教え子たちは、「ヘレナの援護のタイミングがバッチリだったからな」「ううん、アレックスが敵の前衛をしっかり抑えてくれたから」「熱い~、熱いよぉ~。ラブラブ熱にあてられて焼け死ぬぅ~」などと和気あいあいの感想戦をやっていた。


 頑張れ、焼け死にそうな子。

 あと話に混ざれなくてモジモジしている補欠の子も頑張れ。


 まあともあれ、そんな感じで試合は進んだ。


 リオたちは二回戦、三回戦とも楽勝ペースで勝ち抜いたし、レナードの教え子たちもまた、二回戦は突破した。


 異変が起こったのは、三回戦のレナードの教え子たちの試合──すなわち、準々決勝の第四試合だった。


 相手校は、王都の勇者学院。

 参加選手はもちろん、“剛剣”アドルフ、“女王”ドロシー、“賢狼”ジェイクの三人だ。


 俺はリオたち三人を連れて、観客席まで試合を見に行ったのだが──


 それは一方的で、なおかつ残虐といっても過言でない試合内容となった。


 三対三で、試合開始の礼をして始まった戦い。

 まずは初手、“賢狼”ジェイクが放った魔法によって、戦局が大きく傾いた。


「くくくっ……さぁ、抵抗してみろよ──【大地の束縛アースバインド】」


 それは【大地の手アースハンド】の上位魔法で、大地から伸びた多数の土の手が、複数の対象を同時に拘束する効果を持つ中級の魔法だ。


 ジェイクが放った【大地の束縛アースバインド】で、レナードの教え子たちのうちリーダーの少年と、もうひとり別の少女が大地に足をつかまれた。


「くっ……こんなもの……!」


 リーダーの少年アレックスは、すぐに力ずくで束縛を抜け出そうとしたが、その少年の前に立ったのは“剛剣”アドルフだ。


 アドルフは、アレックス少年よりも頭一個高い背丈から相手を興味なげに見下し、その手の木剣を高々と振り上げ、振り下ろした。


「──【斬岩剣】」


 威圧感のある声とともに技が放たれる。

 アレックス少年は慌てて【パリィ】で弾こうとしたが、アドルフの剣撃は鋭く、防御は及ばなかった。


 アドルフが振り下ろした木剣はアレックス少年の左肩へと振り下ろされ──


 木剣が少年の肩へとめり込み。

 メキッ、ボギッと、何か致命的な音がした。


「──うああああああああああっ!」


 アレックス少年は苦しみの声とともに地面に倒れ、のたうち回った。

 ビーッ、ビーッと警報音が鳴り、アレックスが装着した魔道具がノックダウンを伝える。


 それを“剛剣”アドルフは、依然冷たい目で見下し、舌打ちをした。


「雑魚が。この程度で俺の前に立つな」


「──アレックス! ねぇアレックス、しっかりして! お願い──【月光治癒ムーンライトヒール】!」


 重傷を負ったアレックス少年に、【大地の束縛アースバインド】をかろうじて回避していた少女が心配そうに駆け寄って、しゃがみ込んで患部に手をあて、治癒魔法を行使する。


 月光のような柔らかい光が少女の手から生まれ、アレックス少年の肩の重傷を癒そうとした。

 だが──


 ──その少女の腹部に、アドルフの蹴りがめり込んだ。


「が、はっ……!」


 少女はもんどりうって倒れる。

 彼女は苦しげにお腹を押さえて、芋虫にのようにうずくまり、のたうち回った。


「うえぇっ、げほっ、げほっ……!」


「……貴様は何をやっている。ここは戦場だ。その男はもう死んでいる。貴様も死にたいのか?」


 少女の前に立ち、それを冷然と見下すのはアドルフだ。


 お腹を押さえてうずくまった少女は、苦しげにしながらも、それでもアドルフを見上げて懇願する。


「お、お願い……このままじゃアレックスの腕が……今ならまだ……」


「知ったことではない。戦場に出て敗北して、五体満足で帰らせろなどという甘ったれが。お前も──死ね」


「──うぶっ! うげぇぇっ……!」


 さらに一発、二発とアドルフの蹴りが少女の腹部に叩き込まれた。


 やがて少女の魔法具からも警報と、「ノックダウン」を伝える音声が鳴った。


「う……あ、あ……」


「……ふん。くだらん」


 アドルフは力なくうずくまった少女を、興味なさそうに一瞥した。


 観客席から、「ひどい」「あんまりよ」などと言って、目を背ける人々が出始める。

 それを見ていたリオやイリスも、俺に噛みついてくる。


「兄ちゃん! なんで審判は止めなかったんだよ! あんなの!」


「そうです、あんなのひどすぎます! 先生!」


 リオたちに言われるまでもなく、俺も歯噛みしていた。

 確かにあれは、やりすぎだ。


 だが──

 俺は絞り出すように、教え子たちに言う。


「……ルールの範囲内だ。それにアドルフは、別に間違ったことを言ってるわけじゃない」


 あれはレナードの教え子のミスだ。


 アレックス少年には今、救護班が駆け寄ってグラウンド脇に運び出され、治癒魔法がかけられている。

 あのダメージなら、少なくとも後遺症が残るということはないだろう。


 つまり、あのヘレナという少女は、戦いを続けるべきだった。


 戦闘不能とジャッジされた仲間に、敵の前に無防備を晒して治癒魔法をかけるという行為は、人の優しさとしては理解できても、戦士としては不適切だ。


 魔王の前で同じことをしたら、死ぬ。


 そして、それが分かっているから引率教師のレナードもまた、拳を握りしめながらも耐えていた。


 また、それだけではない。

 戦場ではもう一組、なぶり殺しにも近い事態が起こっていた。


「──アレックス! ヘレナ! くぅっ……!」


「あはははははっ! 他人の心配をしている場合かしらぁ? もう一つ行くわよ、【風刃の嵐ウィンドストーム】!」


「うわぁあああああああっ!」


 レナードの教え子たちのうち、戦場に残ったもう一人の少女の足元から嵐が吹きすさぶ。


 それは少女の髪を舞いあげ、荒れ狂う風の刃で彼女の衣服や肌をずたずたに切り裂きながらも──しかし、少女に致命的なダメージは与えていなかった。


 あえて魔力を弱めにコントロールして、魔法を放っているのだろう。

 その魔法を行使しているのは、“女王”ドロシーだ。


 ドロシーは、ジェイクの【大地の束縛アースバインド】で足をつかまれた少女に、すでに何度目かの風の魔法を放っていた。


 やがて嵐がやみ、全身をボロボロにされたレナードの教え子の少女は、青色吐息でドロシーを睨みつける。


「はぁっ……はぁっ……わざと魔法を弱くして、あたしを嬲ってるでしょ、あんた……!」


 一方でドロシーは、それを愉悦と嘲りの表情で見下す。


「あらぁ、バレちゃったぁ? 何なら降参してもいいのよぉ?」


「ふざけるな……! あんたたち全員、ぶっ殺してやるんだから……!」


「あら怖ぁい。でもあんまりいつまでも意地を張ってるとぉ、ストリップショーになっちゃうわよぉ? そぉれ、【風刃の嵐ウィンドストーム】♪」


「──うわあああああああっ!」


 ドロシーの放った風の魔法が、再び少女を嬲っていく。


 すでにボロボロだった少女の衣服が、風の刃に次々と切り裂かれ、用を為さなくなっていった。


 だが少女は、それでもあきらめない。


「くぅっ……はぁっ……はぁっ……降参なんて、絶対にするもんか……! お前たちは、絶対にあたしが……!」


 もはやほとんど下着だけという姿になりながらも、闘志だけは失わない少女。


 それをニヤニヤと見つめるのは“女王”ドロシーと、“賢狼”ジェイク。


 一方で“剛剣”アドルフは、その少女の姿に、少し感心したという様子を見せた。


「ほぅ、いい気迫だ。──ならば貴様には、気持ちだけでは戦いには勝てんということを教えてやらねばならんな」


 アドルフは、木剣を片手に少女に歩み寄っていく。


 少女はアドルフを睨みつけるが、いまだに【大地の束縛アースバインド】をひきはがせずに、アドルフが迫ってくるのを為すすべなく待っていることしかできなかった。


 少女はアドルフに向かって吠えるように牙をむき、拳をにぎる。

 格闘戦が彼女の得意分野なのかもしれない。


 だが──だとしても、結果は見えている。


 アドルフが少女の前にたどり着く前に、一人の教師の声が戦いを止めた。


「──降参です。もうやめてください」


 それは、これまでずっと黙って見ていたレナードだった。


 その引率教師の言葉に、悲鳴のような声で抗議したのは、当のいたぶられていた少女だった。


「レナード先生! あたしはまだ負けてない! こいつらをぶち殺さないと、あたしは……!」


「ダメです、シンシア。勇者が怒りと憎しみのために戦ってはいけません」


「──っ! でも、先生……!」


「ダメです」


 レナードに頑として言われて、言葉を失う少女。

 そして少女は、瞳いっぱいに涙を溜めると──


「ひぐっ……うわああああああああん! うわぁあああああああっ!」


 そう、声の限りに泣き叫んだ。


 ──そうして準々決勝、第四試合の戦いは、少女の号泣とともに決着となった。


 王都の三人、“剛剣”アドルフ、“女王”ドロシー、“賢狼”ジェイクの三人が、勇者協会の役員席に向かって礼をして去っていく。


 それに役員席のサイラスは、満足げな表情で鷹揚にうなずいていた。


 一方、俺の隣で試合を見ていたリオ、イリス、メイファの三人は──


 救護班に運ばれていくレナードの教え子たちと、それを嘲笑うような態度で見ながら退場していく王都の生徒たちとを、強い視線で見つめていた。

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