第40話 初戦(2)

 試合が始まった。


 相手校の三人の男子生徒たちは剣、槍、斧といった思い思いの木製武器を手に、リオたちを威嚇するように見下し、睨みつける。


「……おい、田舎女ども。こっちが優しく接してやったらつけあがりやがって。舐めてんのか、ああ?」


 三人のリーダーらしき男子生徒は、剣を肩に担いだ姿勢で啖呵を切る。

 勇者というか、ただのチンピラだなありゃ。


 しかし相手校は確か、最強新人勇者決定戦に毎年出場しているぐらいの強豪校だ。

 その中でレギュラーを勝ち取ったのなら、人格はともかく、実力はかなりのもののはず。


 なのだが──


 あいつ試合始まって余裕ぶっこいてるけど、あの位置はすでにリオの間合いなんだけどな……。

 リオたちも、実力隠すの結構うまくなったからなぁ。


「おーい、リオ。分かってないみたいだから、一発挨拶してやれ」


「うん、分かった兄ちゃん」


 リオは俺の声にそう答えると──


 ──ヒュッ。

 一瞬だけ身を沈めてから、風のように動いた。


 それを見た相手校のリーダー格が、目を丸くして慌てる。


「は……? あ、あいつ、どこに消え──」


「目の前だよバーカ」


 リオはあっという間に、相手の懐に飛び込んでいた。


「なっ……!?」


 きょろきょろと周囲を探していた相手選手は、いつの間にか眼下にいたリオを見てぎょっとした様子だ。


 まあ厳密にはリオも直進したわけじゃなくて、一度横手、斜め前方に走って相手の視界から逃がれての移動なので、周囲を探したのも完全な見当違いではないんだが。


 でもそれがコンマ二秒も遅いんじゃ、まったく意味がないんだよな。


「じゃ、挨拶ってことで──【二段切り】!」


「ぐわあああああっ!」


 ズババッ!


 リオの木剣が二度閃くと、相手の体が数メートル吹き飛んだ。

 そのままグラウンドの地面をごろごろと転がって、止まる。


 そして──


 ビーッ、ビーッ!

 グラウンドに横たわった相手の体から、警告音が鳴り響いた。


『ノックアウト。ノックアウト。被ダメージが規定値をオーバーしました。退場です』


 それは、あの男子生徒が装着した魔道具が発した魔導音声だった。


 最強新人勇者決定戦では、装着者の肉体が一定以上のダメージを受けるとこの音声が発信され、その生徒は敗退となる。


「「「へっ……?」」」


 それに驚きの声を上げたのは、相手校の残る男子生徒二人と、もう一人。


 攻撃を仕掛けたリオ本人だった。


 ちなみに観客席も、おおむね静まりかえっている。

 何が起こったのか、見ていた人たちも認識が追い付いていないという様子だ。


「えっ……ちょ、ちょっと待って兄ちゃん。これで終わりなの?」


 リオは俺のほうに振り向いて聞いてくる。

 相当意外だったようだ。


 俺はリオに答えてやる。


「おう。もしリオが本物の剣を使っていたら、相手は今の一手で戦闘不能になってる。そういうダメージだよ」


「え、でも……マジで?」


 なお実際には、相手選手は「痛ってぇ……」などと言って頭を振って起き上がろうとしているが、それはリオが使っているのが模擬戦用の木剣だからだ。


 大会で選手が装着する魔道具は、選手たちの安全を確保しつつ。なるべく実戦をそのままシミュレートできるように設定されている。


 これが真剣を使った実戦なら、リオが放った【二段切り】のダメージは相手勇者の打たれ強さを一瞬で突破して、即座に戦闘不能に追い込んでいたことだろう。


 そして、そのときようやく観客席も湧き上がり始めた。

 ワーワーと、大興奮の歓声が巻き起こる。


 俺は、自身の力に呆然として立ち尽くしているリオに、再び声をかける。


「リオ。まだ二人残ってるぞ。油断しすぎてやられるなよ」


「う、うん。分かった兄ちゃん」


 リオは気を取り直して、残りの二人と向き合った。


 一方で気を取り直せないのは、相手方の残る二人の男子生徒だった。


「な……なんだったんだ、今の……」


「魔道具の、故障か……?」


「……お、おおおおっ、それだよそれ。じゃなきゃランドルのやつが田舎勇者の【二段切り】一発でノックアウトなんて、あるわけがねぇし」


「でも、あの田舎女……動きも信じられないぐらい速かった気がするけど……」


「速いだけなら、魔法で撃ち落としゃいいんだよ! 見てろ──食らいやがれ、【炎の矢ファイアボルト】!」


 ボッ、ボッ!

 二つの火の玉が片方の男子生徒の周囲に浮かび、それがリオに向かって発射された。


炎の矢ファイアボルト】は──というより攻撃魔法全般の話だが──弓矢並みの高速の投射速度に加えて、緩やかな追尾性能まで持っているため、一般に武器攻撃よりも命中する確率は高めになる。


 だから「敏捷性が高い相手には魔法で攻撃」というのは、戦術としては一応正しい。

 ただ、問題は──


 そういう細かな戦術って、「実力差が圧倒的な場合」には、あんまり意味ないんだよな。


「──よっと」


 案の定、リオは【炎の矢ファイアボルト】が自分に命中する直前のタイミングに素早く横手に跳んで、飛んできた二つの火炎弾を難なくかわしていた。

 緩やかな追尾性能ぐらいは、あってなきが如しである。


 トンと、軽やかに着地したリオがつぶやく。


「こんなもんか。この弾速で、しかもたった二連だと、【ディフレクション】とか全然必要ねぇな」


 そう言ってリオは、ぽりぽりと首筋をかいていた。


 ちなみに【ディフレクション】というのは、敵が放った射撃攻撃や魔法攻撃を、勇者の闘気をまとわせた武器で弾く技だ。


 イリスやメイファを相手にした模擬戦ではリオが頻繁に使う技なのだが、そもそも通常の回避で事が足りてしまえば必要がない。


「そ、そんな……魔法でも、あんなにあっさり……速すぎるだろ……田舎勇者が、どうしてこんな……!?」


「くそっ、だったら──【風の刃ウィンドカッター】!」


 もう一人の男子生徒が、今度は風属性の魔法を放ってくる。

 黄緑色の魔力で薄く色づいた風が二陣、リオを切り裂こうと襲い掛かる。


風の刃ウィンドカッター】は【炎の矢ファイアボルト】よりも威力に劣るが、より弾速が速く、命中性能に優れた初級攻撃魔法だ。


 だが、それも──


「だから、当たんねぇって」


 リオはひょいと、横っ飛びで軽々回避してしまう。

 まるで歯牙にもかけないという動きだ。


「なっ……あ……そん、な……」


「【風の刃ウィンドカッター】まで、一発も当たらないなんて……そんな、バカな……」


 驚愕のまなざしでリオを見つめる二人の男子生徒。


 それに対してリオは、んーっと考える仕草をして、次に後ろへと振り返った。


「なあメイファ、お前の【炎の矢ファイアボルト】も見せてやったら?」


「……心得た」


 リオは戦いを、メイファへとバトンタッチした。


 メイファは一歩前に出て、魔力を高めていく。

 小柄な少女の全身から、薄く輝く魔力がゆらゆらと立ち昇った。


「……ボクの究極奥義、お見せしよう。──【炎の矢ファイアボルト】」


 メイファがそう言って、右手を開いて前に突き出すと──


 ──ボッボッボッボッボッ。


 メイファの右手の周囲に五つの火の玉が生まれ、それがぐるぐると回り始めた。


 ちなみにメイファのやつはノリで「究極奥義」とか言っているが、その実態は何の変哲もない普通の初級攻撃魔法である。


 ぐるぐる回っているのは、ちょっとコントロールが巧くなったせいでメイファが変な演出をしているだけだ。


「なあっ……!? 【炎の矢ファイアボルト】が……五連!? 魔力どんだけだよ!?」


「う、うそだろ……!? ちょっと待て、ストップ、ストップ! 降参す──」


「……ふっ。恨むなら、己が下品さを恨むがいい。……えいっ」


「「ぐわわわーっ!?」」


 ──ちゅどどどどどーん!


 メイファの可愛らしい声とともに放たれた火炎弾は、二人の男子生徒たちに高速で降り注いで、白煙を巻き起こした。


 やがてその煙がやむと、そこにはぷすぷすといい感じに焼き上がった少年たちの姿が。


 ちなみに、そのうち一人からは「ノックアウト」の音声が鳴っていたが、もう一人は辛うじてダメージが規定値に達していないようで、よろよろと立ち上がろうとしていた。


 と、そこに──


「えっと、【クイックショット】?」


「ぎゃふんっ!」


 イリスが疑問符の付いた声とともに放った木矢が当たって、最後の一人が跳ねとんだ。


 ばたりと倒れ込んで、「ノックアウト」の魔導音声が鳴り響いた。


「し、試合終了! 勝者、リット村勇者学院!」


 審判の判定の声とともに、大歓声が巻き起こる。


 それらの声は間違いなく、リオ、イリス、メイファの三人を称賛していた。


 が、当のリオたちはというと、俺のもとに戻ってきて、しきりに首をひねる。


「えっと……兄ちゃん、本当にこれでいいの?」


「なんだか思っていたより、すごく弱かった気がするんですけど……」


「……というか、相手が弱すぎて、戦いになってない」


 三人とも欲求不満、不完全燃焼という様子だった。


 だがその三人の様子を見て、俺は一人ほくそ笑む。

 ふっふっふ……そうだろう、そうだろう。


 だが、それでいいんだ。


 あと、これは言っておかないとな。


「リオ、イリス、メイファ。一つ大事なことを言っておくぞ」


「「「……?」」」


「相手が弱いんじゃない。──お前らが強すぎるんだよ」


 俺はニッと笑って三人にそう言ってやった。


 でも三人とも、いまいち釈然としないという様子で首を傾げた。

 ダメかー、伝わらないかー。


 ……いや、まあ、そうな。


 このおよそ一年間の訓練中、三人が出会う勇者と言えばプロの魔王ハンターの中でもベテラン勢ばっかりで、学生レベルとか見てこなかったもんな。


 俺は首を傾げる三人を引っ張って、控え室に戻っていく。

 とりあえず、次行ってみよう。

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