第39話 初戦(1)
カツ、カツ、カツ……。
俺は教え子たちの後ろについて、競技場のグラウンドへと続く、石造りの廊下を歩いていく。
この廊下を歩いていると、昔のことを思い出す。
今この場の主役は、俺の前を歩くリオ、イリス、メイファという三人の教え子たちだ。
でも八年前にここを主役として歩いていたのは、俺自身だった。
当時は個人戦だった最強新人勇者決定戦で、俺はその年の優勝者となった。
その後さまざまなスカウトを断って、俺はフリーの魔王ハンターになった。
だが魔王ハンターとしていくら活躍しても、俺はあまり満たされなかった。
それよりも、俺が勇者学院の生徒だった時代に俺の面倒を見てくれた先生の印象が強く残っていて、俺も教師をやりたくなって、三年ぐらいで魔王ハンター業をやめて勇者学院の教師になった。
それから五年ほどが過ぎて、今に至るわけだが。
俺の面倒を見てくれた先生ほど、俺はできた教師にはなれていないと思う。
まだまだ未熟で、俺が憧れた先生には、到底及ばない。
でも、それでも──
それなりに、多少は、うまくやれているだろうか。
いずれにせよ、今度は見守る立場だ。
自分が戦うのではなく、教え子たちの戦いを見守るだけというのは、どうにもむず痒い。
先生も、俺のことをこんな気持ちで見守っていたんだろうか。
俺は自分の前を歩く三人の教え子たちの、一年前よりも少しだけ伸びた背丈を見ながら、そんな感慨にふけっていた。
やがて教え子たちは、重厚な扉の前へとたどり着く。
リオが扉に手をかけて振り向いてくるので、俺は鷹揚にうなずいてやった。
リオが扉を押し開ける。
薄暗い廊下に、まばゆい光が広がる──
──ワァアアアアアアアアッ!
一万を超える観客席から、大歓声がリオたちに降りかかった。
イリスがびくりと怯え、メイファもそわそわとして、リオはごくりと唾をのんだ。
リオたちは恐る恐る、競技場のグラウンドへと足を踏み出していく。
俺はその後を、三人の背中を守るような気持ちでついていった。
視界が開ける。
競技場のグラウンドは相変わらず広かった。
百メートル走のトラックを直線でゆうに確保できるほどの広さがある。
グラウンドの周囲にはすり鉢状に観客席が広がっていて、とてつもない数の観客がリオたちを見下ろしていた。
朝と昼の間ぐらいの時刻だ。
空いっぱいの晴天、とまではいかないものの、遠くのほうに見える暗雲を除けばほとんど快晴で、まばゆい太陽の光がグラウンドじゅうに降り注いでいる。
それはリオたちを祝福しているようにも見えたが──
実際には、この場の主役はリオたちだけではない。
グラウンドの向こう側、対面の出入り口からは、相手校の生徒たちが進み出てきていた。
男子生徒が四人と、引率の男性教師が一人。
補欠と思しき一人の生徒と引率の教師が横手に退くと、三人の男子生徒がそのまま前に出てくる。
相手校の男子生徒たちは、いずれもその顔にニヤニヤへらへらとした笑みを張りつかせており、端的に言って、リオたちのことを甘く見ているように思えた。
一方で俺も、自分の教え子たちを送り出す。
「リオ、イリス、メイファ。何度も言ったが、お前たちは強い。自信を持っていけ、分かったな」
「「「はい!」」」
「よし、行ってこい!」
言葉で背中を押してやると、それを受けた三人はグラウンドの中央へと歩み出ていく。
俺はそれを見送り、グラウンド脇のほうへと退いた。
リオたち三人、それに相手校の選手たちのもとに、大会の係員がそれぞれ駆け寄っていって、全員にいくつかの魔道具を装着する。
それらは装着者の魔力を抑える魔道具や、防御力を高める魔道具などなど、勇者同士の戦いで危険な事故が起きないようにするためのものだ。
そうした準備がすべて終わると、やがて相手校の男子生徒三人と、リオたち三人がグラウンドの中央付近で向かい合う。
なお両者が近付いたとき、相手校の男子生徒たちの間から「ひゅう」という口笛があがっていた。
そして男子生徒たちは、互いに何かを囁き合う。
リオたち三人の容姿を目の当たりにして、思うところがあるのかもしれない。
両者が所定のポジションまでたどり着いたとき、相手校の男子生徒たちが口を開いた。
「いやぁ、無名の村の勇者学院っていうから、どんな芋臭い雑魚勇者が出てくるのかと思ってたけどさ。実際見た目は超かわいいじゃん。──ねぇキミたち、この戦いが終わったら、あとで俺たちとデートしようよ? そしたらこの戦いも、その後のベッドの上の戦いでも、優しくしてやるからさ」
「バカお前w こんな場所で言うことかよwww」
「ありえねーっw バッカでぇこいつwww」
「「「ギャハハハハハハッ!」」」
男子生徒はゲラゲラと笑いだした。
……はぁ。
新人勇者のモラルとか、年々下がっている気がするのは俺だけだろうか……。
いかがなもんかと思うんだよなぁ。
まあ学院で指導しようとしたところで生徒によってはすでに手遅れみたいなこともあるし、「倫理や道徳に縛られない自由な教育を」などと言えば聞こえも良いわけだが。
いやね、男子のああいう悪ノリするところは分かるんだよ。
分かるんだけど、でもなぁ。
もうちょっとこう、勇者たるもの清廉潔白にだなぁ……。
などと俺が思っていると、観客席の一角にある勇者協会の役員席のほうからは、
「いやはや、なかなか自由闊達で、元気のいい勇者たちですな」
「分かります分かります。ああいう若い感性を潰さないようにしていかないといけませんね」
「ええ。ああいった若者たちのあり方こそ、次世代を担う新しい勇者の姿なのかもしれません」
というような適当な言葉が聞こえてきた。
サイラスと、その取り巻き達だ。
それにしてもあいつら、それっぽい言葉でそれっぽく飾るの本当に巧いよな……。
ちなみに勇者協会の役員の中には、サイラスとは違う派閥の人たちもいる。
俺から見ると「良識派」と思える人たちだ。
見ればその人たちは、今のやりとりに眉をひそめているようだった。
だが勢力で言って、七対三か八対二ぐらいの割合でサイラスの派閥のほうが優勢で、彼らではサイラス一派の横暴になかなか対抗できないというのが現状のようだ。
それでもよっぽどの好機でもあれば、両者の天秤がひっくり返ることもありうるんだろうが──
さておき。
審判はさすがに、男子生徒たちに注意をした。
口を慎め、という指導である。
それを聞いた男子生徒たちは「へーい」「はいはい、分かりましたよ」「お堅いことで」などといい加減な返事をしているようだった。
一方で俺は、リオたちに声をかける。
「おーい、リオ、イリス、メイファ。相手校の男子の悪ノリに付き合うことないぞ。無視していいからな」
すると三人の教え子たちからは、こんな声が返ってきた。
「うん、兄ちゃん。バカの相手とかする気ないから大丈夫」
「先生のほうこそ気にしないでください。こんな連中、瞬殺して終わりですから」
「……下品な下ネタは、好きじゃない。……いじりに美学がない。不愉快」
……あー、うん。
口では「大丈夫」とか「気にしないでください」とか言っているけど、どうやらリオもイリスもいい感じにご立腹のようですね。
あとメイファは論点がおかしい。
そして相手校の男子生徒たちも、リオたちの言葉を聞いて色めき立った。
審判が間に入って制止するが、今にも襲い掛からんといった雰囲気だった。
やがて審判は、手に負えないと判断したのか、試合をさっさと始めてしまおうと両者に礼を促した。
合計六人の男女が放った『よろしくお願いします』という声は、いずれも険のある敵意にあふれたものだった。
審判が横手へと下がる。
わざついていた観客席が、にわかに静まり始める。
審判は旗を構えると──
「──始め!」
その旗を、頭上へ大きく振り上げた。
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