第38話 ライバル校

 最強新人勇者決定戦の会場は、王都の一角にある大型の競技場だ。

 観客席の収容人数は、一万人をゆうに超える。


 俺と教え子たちは、朝に宿を出て会場入りする。

 開会式を終えると、すぐに控え室へと通されて、今日の大会スケジュールを渡された。


 ひとつの控え室は、四校が合同で使うことになっている。


 俺たちが通された少し広めの控え室には、すでに二校の生徒と教師──合計で十名がいて、それぞれが部屋の隅で試合の準備をしていた。


 俺は教え子たちを連れて控え室の一角を陣取ると、渡された大会スケジュールを眺める。


「うちの初戦は第四試合か。わりとすぐに出番だな」


 リオ、イリス、メイファの三人はほとんど俺にへばりつくような体勢で、俺の手にある大会スケジュールの小冊子を興味深そうにのぞき込んでいた。


 学校対抗である最強新人勇者決定戦には、この国全土の勇者学院から毎年二十校から三十校程度が参加する。


 今年の参加校は、どうやら二十七校のようだ。


 大会スケジュールにはトーナメント表も付いており、それによれば俺たちの勇者学院こと「リット村学院」の第一戦は、第四試合とのことだった。


 最強新人勇者決定戦は、トーナメント形式で行われる。


 全二十七校のうち、過去の好成績によりシードを受けている五校を除いた二十二校により、トータル十一試合が第一戦として行われる。


 第二戦は、第一戦で勝ち上がった学校に加え、シード校も参加しての八試合。

 第三戦が準々決勝で、四試合。

 第四戦が準決勝で、二試合。

 そして第五戦が決勝だ。


 なお、大会に参加する勇者学院は、基本的にどこも強豪校だ。


 稀に例外はあるが、普通はある程度まで勝ち抜ける自信があるのでなければ、最強新人勇者決定戦には参加してこない。


 これは遠征費や日数がかかることも理由の一つではあるが、何よりも大きいのは、最強新人勇者決定戦は見世物ショーとしての性質が強く、実力のない学校が出場すれば白い目で見られるような文化があるからだ。


 このあたりも勇者協会の息がかかっているゆえの悪趣味さではあるわけだが、よく言えば初戦から精強揃いのレベルの高い試合が行われる素地になっているとも見ることができる。


 まあいずれにせよ重要なのは、参加している二十七校がほぼ全校、強豪揃いだということだ。


 と、そこに──

 控え室にもう一校、別の勇者学院の生徒たちが入ってきた。


「おや、ブレット先生ですか? お久しぶりです」


 そう声をかけてきたのは、その生徒たちを引率する教師だった。

 俺はその姿を見て、懐かしい想いに駆られる。


「お、レナード先生じゃないですか。元気してましたか──って、また痩せてません? ちゃんと食ってます?」


「ははは、よく言われますが、そう会うたびに痩せていたら骨だけになってしまいますよ。ブレット先生も相変わらずのようで何よりです」


 レナードは、四角い眼鏡をかけた長身痩躯の男性教師だ。


 歳は俺より少し上ぐらいだから、今は二十五歳ぐらいか。

 学者肌の勇者で、俺とは昔働いていた勇者学院での旧知の仲である。


 レナードが連れている生徒は、男子が二人、女子が二人だった。


 うちはそもそも三人しか生徒がいなかったから三人での登録だが、普通の出場校はレギュラー選手三名と補欠選手一名を加えた選手四名でエントリーする。


「ブレット先生のところは、女子三名での参加ですか? というかブレット先生、王都に転勤したと記憶しているのですが」


「いやあ、これがまた転勤になりまして。一年前からリット村って小さな村の勇者学院でこいつら相手に教えてるんですよ」


「ほう……」


 レナードは何かを思ったようだったが、それは口に出さずに飲み込んだらしい。

 代わりに俺に耳打ちで、こんなことを言ってきた。


「……それにしてもブレット先生、これまたえらい美少女揃いですね。……まさか、手出ししたりしてないでしょうね」


「おうこらレナードてめぇ俺のことなんだと思ってんだ表出ろや」


「ははは、冗談ですよ」


 俺に襟首をつかまれても、やわらかい笑顔でかわすレナード。

 相変わらず食えんやつだ。


「ったく……。けどレナード先生、ここにいるってことは、レナード先生のところも最強新人勇者決定戦に出場するってことですよね?」


 レナードの勤務地は、大会常連の強豪校というわけではなく、わりと小規模な都市の勇者学院だったはずだ。


 普通だったら参加はしてこないところだが──


 俺の言葉を聞いたレナードは、指先でくいと上げた眼鏡を光らせつつニヤリと笑う。


「ええ、もちろん。ふふふ……今年のうちの子たちは強いですよ。大方の予想を覆す、大番狂わせを見せて差し上げましょう」


「ほう。そりゃ頼もしい」


「そう言うブレット先生のところはどうなんです? 教え子たちに世界のレベルを体感させるために敢えて参加させる、なんてこともブレット先生ならやりかねませんが」


 レナードがそんなことを言ってくるので、俺もニヤリと笑って返してやる。


「ま、それは実戦を見てのお楽しみってことで。ただ、ひとつだけ言っておくと──めちゃくちゃ強いですよ、うちのやつら」


「ほほう、ブレット先生がそう言うなら相当のものなのでしょう。これは侮れませんね」


「ふふふ、ぶつかったときには、お互い勇者精神ブレイバーシップに則って正々堂々と戦いましょう」


「ええ、もちろんです」


 ごごごごごっ……!


 俺と眼鏡、もとい、俺とレナードが額をつっつき合わせ、気迫をぶつけ合う。

 手では握手をしているが、要は宣戦布告だ。


 ちなみに教え子たちはと見ると、もうちょっとのんびりした様子だった。


 うちの三人は、イリスが持ち前の人見知りを発揮してリオの後ろに隠れ、メイファも何となく矢面に立つのを嫌がってリオの後ろに隠れ、つまりはリオが前面に立つことになっていた。


 一方の相手方の生徒たちはというと、リーダーらしき少年が前に出て、リオに握手を求める。


「やあ、キミがチームのリーダーかな? 僕はアレックス。今日は正々堂々と戦おう」


「おう。オレはリオ。こっちは妹のイリスとメイファだ」


 リオは握手を受けながら、後ろに隠れた二人のことも紹介する。

 少年──アレックスは驚いた顔をした。


「えっ……姉妹? そうは見えないな……いや、確かにみんな可愛らしいけど」


 アレックスがそう言うと、彼の後ろからひとりの少女がアレックスの後ろ膝を蹴った。


「痛っ! 何するんだよヘレナ」


「うっさい! なぁにが『やあ、みんな可愛らしいね』よ。色目使っちゃって。あーやだやだ」


「別に色目を使ったつもりは……それに僕の言った台詞と微妙に違う……」


「うるさい! アレックスのバカ!」


「ふっふーん、今日も二人はお熱いですなぁ」


 さらに後ろから、別の少女が茶々をいれに入った。

 そして向こうのチームの生徒たちで、ワイワイと始めてしまう。


 俺はそれを見て、ふっと微笑ましい気分になった。

 レナードに向かって言う。


「いい子たちですね、レナード先生」


「ええ、自慢の教え子たちですよ。ブレット先生のところは、大人しい子が多いのかな」


「いやぁ、こう見えて本当はやんちゃなんですよ。……ほら、こんな風に」


 そう言った俺の腕には、メイファが恋人のような仕草でしなだれかかり、抱き着いてきていた。


 そしてメイファは俺に向かって、にやぁっと笑う。

 よし、来やがったな?


 俺はそんなメイファの首根っこをもう片方の手で引っつかまえて、猫のようにして持ち上げた。


 俺に首根っこをつかんで持ち上げられたメイファは、ジタバタにゃーにゃーと暴れる。


「……ううっ、屈辱。……お兄さんのボクへの対応力が、上がっている」


「どれだけ一緒にいると思ってんだよ。慣れもするわ」


 油断も隙もあったもんじゃねぇけどな。


 メイファのやつは、隙あらばこっちの社会的立場を殺しに来るからな。

 静かなる殺し屋サイレントアサシンメイファって二つ名でも付けてやりたくなるわ本当。


 ちなみに、それを見たレナードはハハハと乾いた笑いを浮かべており、向こうの生徒たちは目を真ん丸くして俺たちのことを見ていた。


 はいはい、見世物じゃないからな、散った散った。


 ──とまあ、そんなやり取りをしながら、俺たちは試合の時間を待った。


 ちなみにリオたちはAブロックで、レナードの教え子たちはBブロックなので、決勝まで行かないと当たらない組み合わせだ。


 お互いどこまでやれるか、だな。


 そして、ついにリオたちの出番がやってくる。


 もうすぐ第四試合だというので、係の人が呼びに来た。

 主役はリオたち三人だが、俺もセコンドとしてついていく。


 俺は競技グラウンドへと続く石造りの廊下を、教え子たちのあとについて歩いていった。

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