第37話 王都へ
ガタゴトと乗り合い馬車に揺られること、およそ一週間。
長い旅路の果て、夕焼け空の下に、ついに王都の姿が見えてきた。
「うわぁ、すっげぇ……! ほら、見てよ兄ちゃん!」
「すごい……今まで見てきたどんな街よりも大きい……」
リオとイリスが、馬車の窓から身を乗り出してキラキラと目を輝かせる。
メイファも感動を口にこそ出さないが、窓から見える景色に目を奪われている様子だった。
俺も久々に見る王都の姿に、少しだけ郷愁のようなものを感じていた。
この丘から緩やかな下り坂の街道を進んでいけば、王都の城門へとたどり着く。
王都は人口十万人を超える規模の巨大都市だ。
城壁にぐるりと囲われた街区は、南門から北門まで歩けば一時間以上もかかるほどの広大さである。
その王都を南北に貫くメインストリートと交差するように、東西に走る大きな川が街並みを二つに分けている、そんな景色。
俺たちがこれからたどり着く予定の南門を見れば、その前にはたくさんの人々が渋滞をつくって並んでいた。
門番による入市チェック待ちの行列だろう。
最強新人勇者決定戦は、一年に一度だけ行われる国をあげたお祭りなのだから、この王都の賑わいぶりも当然のことだ。
「はわわわ……あれだけのたくさんの人が見ている中で、私たち戦うんですか……?」
イリスが久々に、怯えた小動物のような様子を見せていた。
すごく可愛らしい。
俺はそんなイリスの頭に手を置いて、軽くなでてやる。
「大丈夫だよ、イリスたちなら。緊張することないさ。気楽にやってこい」
「はうぅぅ……そう言われても……あうあう……」
カタカタカタカタ……。
イリスは小刻みに震えていた。
可愛いなぁもう。
なでなでなでなで。
「あうぅぅ……せ、先生……そんなになでなでされたら、私、ダメになります……」
「よーし、もっとダメになっちまえ。うりゃうりゃうりゃうりゃ」
「ふああっ……ふわああああっ……」
俺がイリスの肩を抱き寄せてもっとたくさんなでなですると、イリスは耳まで真っ赤にして頭のてっぺんからぽひーっと湯気を吹いていた。
そんな俺とイリスの様子を、メイファは呆れた様子で、リオは微笑ましげな様子で見ていた。
やがてお姉ちゃんであるリオが、イリスに言う。
「大丈夫だってイリス。だってオレたち、兄ちゃんにたくさん鍛えてもらったんだぜ。自信もっていこうぜ」
「そ、そうだね……! 私たち、先生に鍛えてもらったんだし。うん、自信持とう!」
ぐっと、拳をにぎって意気込むイリス。
それを聞いていたメイファが、ふっと瞳から光彩を失って言った。
「……うん……地獄だったよ、この一年間……。……ボクは怠けたいのに、怠けさせてもらえなかった……。……ボクは自由の翼をもがれて地を這うしかない、檻の中で飼い殺された、無様な鶏だった……」
馬車の窓の外、空のかなたを見上げるメイファ。
口からは今にも魂が抜け出ていきそうだった。
ちなみにメイファ、こんなことを言ってはいるが、ここ一年間、家では学校での借りを返さんとばかりに毎日のように俺をいじって遊んでいた。
ある日は風呂上がりの真っ裸同然の姿で俺にへばりついてきたり、ある日は俺の寝室に潜り込んできたり、ある日は俺にキスしようと迫ってきたり……。
本当にもうね……パパも大変だったよ。
何度言ってもやめないんだもん、こいつ。
俺の理性は本当によく頑張ったと思う。
ま、ともあれ──
「そうそう。お前らもあれだけ頑張ったんだから、自信もっていいぞ」
俺はイリスだけでなく、リオとメイファの頭にも手を置いて、わしわしとなでていく。
二人とも、こそばゆそうな、嬉しそうな顔をして、少しだけ頬を染めていた。
「へへっ、でもオレ、ちょっとワクワクしてきたかも」
「うん、そうだね。今の私たちにどれだけやれるか、試してみよう」
「……あれだけつらい想いをしたんだから、少しははっちゃけないと、やってられない」
三人ともやる気満々。
良いコンディションだった。
──その後俺たちは、門の前でしばらく待たされはしたものの、やがてつつがなく王都に入ることができた。
俺は教え子たちを連れて、夜の暗がりが魔法の灯りで照らされるメインストリートを練り歩き、一足早く出ている出店で買い食いを楽しむなどした。
明日はそれどころじゃないのだから、今のうちにお祭り気分を堪能しておかないとな。
「兄ちゃん、豚焼き買って豚焼き!」
「すごい……ふわふわのパンに、果物と甘いシロップがたっぷり……幸せ……」
「……お兄さん、ボクはそろそろ歩き疲れた。おんぶしてほしい。……よいしょ」
「あーっ、メイファずるい! ……じゃなかった、先生に迷惑でしょ! やめなよ!」
「いや、別に大丈夫だぞ。なんならイリスもおんぶしてやるか? メイファと二人だと場所狭いけど」
「えっ、ほ、ホントですか……? そ、それじゃあ……よいしょっと。……えへへ」
「あ、兄ちゃんオレもオレも。でも背中空いてないから、前でいいか。とりゃっ」
「ぐえっ。さすがに三人は重い」
……とまあ、何やかんや、あれやこれやあって大変だった。
そうして子供たちが遊び疲れた頃、俺は三人を連れて宿を取り、翌日の本番に備えて子供たちを就寝させる。
三人があどけない天使のような寝顔で、ベッドですぅすぅと寝息を立てるのを確認して、俺自身も床に就いた。
そして翌朝──
ついに最強新人勇者決定戦の幕が開かれるときとなり、俺は三人の教え子たちを連れてその会場へと向かったのだった。
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