第36話 特訓の日々(健全)
とまあそんなこんなで、俺とリオ、イリス、メイファの新たな特訓生活が始まった。
それはとても厳しく、そして苦しい戦いの日々だった。
その生活のすべてを述べることは難しいが、例をあげるならばこんな感じだ。
それはある日のこと。
俺とリオは二人きりで、他に誰もいない森の奥へとやってきていた。
「リオ……いいのか?」
「うん、兄ちゃん……。オレ、大丈夫だから……きて」
「分かった。リオ、いくぞ──」
──ズドンッ。
俺の一撃が、リオにめりこんだ。
「あぐっ……! ……はぁっ、はぁっ……へへっ、やっぱ兄ちゃんのは、すげぇな……」
「リオ、痛いか? 無理するなよ」
「う、うん。少し痛いけど、大丈夫だから……もっと、もっときて」
「……分かった」
健気なリオに、俺はさらなる攻撃を加えていく。
二発、三発、四発……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
「リオ、少し休むか?」
「ううん……大丈夫、だから……兄ちゃん、優しくしてくれるし……」
「優しすぎても意味ないんだけどな」
「へへっ……じゃあ、もっと強くしても、いいよ……」
「何度も言ってるけど、無理はするなよ。じゃあもう一発、いくぞ」
「うんっ」
──ズドンッ!
布を分厚く巻いた俺のパンチが、リオのお腹に叩き込まれる。
リオは腹筋に力を入れ、歯を食いしばり、俺のパンチに耐えていた。
打たれ強さを強化する訓練は、なかなか酷なものがある。
だが勇者たるもの常に無傷で戦うというわけにもいかず、強敵相手にギリギリのところで踏ん張れるかどうかは打たれ強さにかかってくるのだから、どうしても訓練は必要だ。
「うぐっ……! はぁっ、はぁっ……まだまだっ、兄ちゃん、もっとオレにぶち込んで……!」
「よし、さすがリオ、いいガッツだ」
俺が頭をなでてやると、リオは「えへへっ」とはにかむ。
こんなかわいい子をいじめなきゃいけないのは、少し心苦しいが、ここは心を鬼にしてやらねばならぬ。
「ていうかオレ、だんだん気持ちよくなってきたかも……」
「おいおい、ドMかよ」
「兄ちゃん相手のときだけだって」
「こいつめ。かわいいこと言いやがって」
「えへへー」
一緒の時を長く過ごすにつれて、リオもだんだん小悪魔チックになってきた。
うちの子たち、小悪魔と天使が同居しすぎていませんかね?
また、こんなこともあった。
それは俺とイリスが、二人きりでトレーニングをしていたときだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……せ、先生っ……私っ……もう……」
「どうしたイリス。もうダメか?」
「だ、だって……はぁっ……はぁっ……こんなの……無理……」
「もうへばったか? このぐらい耐えられなくて、このあとどうするんだ。激しくしてほしいって言ったのはイリスだよな?」
「ううっ……そ、そうですけど……先生のが、すごすぎて……」
「まだまだこんなもんじゃないぞ。本番はこれからだ」
「そ、そんな……」
俺の言葉に、顔を青ざめさせるイリス。
体操服姿でグラウンドにへたり込んでしまう。
インターバルトレーニング──運動と短い休息、あるいは強い運動と弱い運動を小刻みに繰り返すトレーニング法は、特に持久力を鍛えるのに有効だと言われている。
今イリスにやらせていたのは、十五秒の全力ダッシュと一分間の歩行とを交互に繰り返す種類のインターバルランニングだ。
これはかなり負荷の強い運動で、しばらく続ければ勇者といえどもまあしんどくなってくる。
ちなみにイリスは優等生なので、最初は頑張ってやる気を見せるのだが、苦しくなってくるとわりとすぐに音を上げるタイプなのだと分かってきた。
何事にも完璧な子など、そうはいないのだ。
そしてもう一つ、気付いたことがある。
イリスは疲れてくると、かなりの甘えん坊になるようだ。
「あの、先生……」
「なんだ、イリス」
「私、先生がご褒美を約束してくれたら、頑張れるかも……」
「分かった。やり切ったら、今度街に行ったときスイーツ買ってやるよ」
「そ、それもいいですけど、その……ごにょごにょ」
「イリス、言いたいことがあるならはっきり言え。俺にできることならやってやるから」
「その、だから……全部やり切ったら、先生の胸に抱っこしてほしいです……ぎゅううううって……あと、たくさん頭なでなでしてほしい……」
顔を真っ赤にしてうつむいて、消え入りそうな声で言うイリス。
きゅううううううん。
俺のハートはガッチリつかまれた。
「よし分かった! トレーニングが終わったらイリスを抱きしめてたくさんなでなでしよう! 約束する!」
「ほ、ホントですか!? やります! 私、絶対やり遂げます!」
目をキラキラとさせて立ち上がり、再びやる気を見せるイリス。
この後俺は、頑張ったイリスをめちゃくちゃ抱っこして、めちゃくちゃなでなでした。
また、あるいはこんなことも。
「……はぁっ、はぁっ……こ、ここまで来れば、お兄さんも、追ってこれない……」
村の中を俺から逃げ回ったメイファは、とある民家の裏で荒く息をついていた。
ときどき怯えるようにキョロキョロと周囲を見回しては、誰もいないことを確認してホッと安堵する。
「……お兄さんが、まさかあそこまでの鬼畜とは、思わなかった。……ボクには、あんなの無理。……リオみたいな体力バカを基準にされたら、ボク、死んじゃう……」
メイファは俺の課すトレーニングから、日々逃げ回っていた。
最初の一日だけはやる気のあったメイファだが、こいつはイリスなど比較にならないほど一瞬で音を上げた。
捕まえて見張っていれば渋々といった様子でトレーニングをするのだが、少し目を離すとすぐに逃げ出してしまう。
なのでリオやイリスのトレーニングにかかりきりになった後は、いつもメイファとの追いかけっこに興じることになったのだが──
「ふぅ……ふぅ……よ、ようやく少し……回復してきたかも……」
メイファがそう言って、自分の胸に手を当てる。
少し落ち着いてきたようだ。
それを見た俺は、メイファの頭上から声をかける。
「よし、じゃあそろそろ続きいけるな」
「ひぃいいいいいいっ!」
──びくんっ!
メイファが跳ね上がった。
メイファは恐る恐る、自分が寄りかかっていた民家の上を見上げてくる。
俺はその民家の屋根の上から、メイファに向かって片手を上げてみせた。
「よっ、メイファ。今日は結構回り道してきたな」
「……あ、あ……ど、どうして……」
「そりゃあメイファと毎日追いかけっこしてりゃあな。行動パターンぐらい分かってくるさ」
俺は屋根の上から跳んで、地面に下りた。
俺に怯えて尻餅をついたメイファが、必死に後ずさりをする。
「……や、やだ……待って、お兄さん……あんな地獄みたいな訓練は……もう、やだよ……」
「大丈夫大丈夫。死にやしないって」
「……嘘だ……お兄さんは、ボクたちを殺す気……」
「メイファが思っているより、メイファは強い子だから大丈夫だ。さ、校舎に戻るぞ」
「……いやっ、いやああああっ……助けて、助け、むぐっ」
俺は四つん這いで逃げようとするメイファを抱きかかえると、手でその口をふさいで校舎にお持ち帰りした。
途中でご近所の奥様に会ったが、俺が笑顔で会釈をすると、向こうも「こんにちは先生。今日も大変そうですね」などと笑いかけてくる。
日々の出来事なので、もはやみんな慣れっこだ。
ちなみにこの頃には、メイファたちを呪われた子だと思う村人は、ほとんどいなくなっていた。
なんかこう、ボロを着た捨て子の姿が不気味さを助長するみたいな部分も、ひょっとしたらあったのかもしれない。
「んむうううううっ、むぐぅうううううっ……!」
「ほらメイファ、ご近所に迷惑だから静かにしような」
「んぅううううううっ……!」
そんな感じでメイファを校舎へと連れ帰ると、俺はメイファにめちゃくちゃ訓練した。
一日のトレーニングが終わった頃には、メイファはぐったりしてびくんびくんと震えるばかりになっていたが、別に家出するようなこともなかったので、メイファも根っこの部分ではやる気があったのだろう。
まあそんなこんなで、十一ヶ月という長いような短いような時間は、あっという間に過ぎ去った。
もちろんこの間に行ったのは、村での基礎能力トレーニングやスキル、魔法の修得だけではない。
月に一度から二度ぐらいのペースで勇者ギルドに行って魔王退治も行い、実戦経験もバリバリ積ませていた。
そうして俺に鍛えられた三人の教え子たちはというと──
ちょっともう、なんか、よく分からないぐらいに成長していた。
まだ教え始めてたった一年だよ?
いいのこれ?
ヤバくね?
みたいな感じ。
そうして、王都での新人勇者決定戦が近付いてきた頃。
俺とリオ、イリス、メイファの四人は乗合馬車に乗って、王都へと向かった。
三人の教え子たちは、馬車から見える初めての景色に目を輝かせながら、王都までの旅のひと時を楽しんでいたのだった。
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