第35話 再戦の約束
それからしばらくの後。
サイラス率いる王都勢は、帰還の途につくことになった。
だが河原から立ち去ろうとする際、サイラスは一度振り向き、わざとらしい口調でこんなことを言ってきた。
「そういえばブレット先生、およそ一年後に王都で開かれる最強新人勇者決定戦ですが──ひょっとして、出場するのはその子たちですかな?」
「……ええ、そうですね」
俺は答える。
一ヶ月前に王都を去る日の前日、そういえばサイラスとそんな話をしたなと思い出す。
正直なところ、こっちに来てからの日々が楽しすぎて、すっかり忘れていた。
最強新人勇者決定戦での、教え子を通したサイラスとの勝負。
それは今考えれば、自分のためにリオたち三人を利用するような話だが──
しかし今となっては、逆にそっちのほうがいい口実だ。
リオたちに、ジェイクらともう一度ぶつかる機会を用意してやれるのだから。
リオたちとほぼ同年代の勇者では、あの三人──“剛剣”アドルフ、“女王”ドロシー、そして“賢狼”ジェイクが、おそらくはこの国の最強だろう。
そしてあの三人は、今年で勇者学院を卒業する。
最強新人勇者決定戦へは、勇者学院への在籍年数は関係なく出場できるものの、勇者学院を卒業した後には参加することができない。
リオたちをあいつらと戦わせてやれるのは、次の最強新人勇者決定戦を逃せば、その次があるかどうかも分からないということだ。
俺がそんなことを考えている一方で、サイラスはぺらぺらとまくし立てる。
「ブレット先生、その子たちもそれなりに腕は立つようですが……今日の結果を見れば分かるでしょう。出場させたところで生徒たちに恥をかかせ、その身に再び敗北の刻印をきざむことになるだけです。それはこの国のすべての勇者の育成を想う立場としては、見ていていささか忍びがない」
「…………」
「ですのでブレット先生、先生の功績が認められなくて悔しいのは分かりますが……ここはひとつ、往生際よくあきらめられてはいかがですかな?」
やれやれ、言いたい放題言ってくれるな。
そもそも俺にその条件で勝負を望んだのは、サイラスのほうだったはずだ。
今日の出来事で溜飲をさげたから、もういいということなんだろうか。
そんなことを思いつつ俺は反論を口にしようとしたのだが、そのとき──
俺のかたわらにいた教え子たちが、先に声を上げた。
「──兄ちゃんは、そんなんじゃねぇ!」
「そうです! 先生は、誰からも見捨てられていた私たちを、何の打算もなく救ってくれた人です!」
「……まあ、理想の先生かどうかで言えば、ちょっとロリコンすぎるかもだけど。……少なくともお前よりは、五千兆倍いい先生。……功績だとか何とか、そういう風にしか見れないのは、お前の卑しさを自己紹介しているだけ」
メイファがサイラスを指さして言うと、サイラスは「ぐぬぬ……」と言って顔を真っ赤にして沸騰した。
子供たちに言い返されるとは思っていなかったのかもしれない。
ただまあ、三人の中で俺がちょっと美化されすぎている気がしないでもなく、そのあたり俺はもうちょっと俗物ですよとツッコミを入れたくはなるのだが……でも先生、ちょっと感動したよ。
俺は三人のあとを継いで、サイラスに言ってやる。
「ご心配には及びませんよ、サイラスさん。こいつらのことは、俺がこれから世界最強の勇者に育てますんで。一年後……いや、もう十一ヶ月後ですか、楽しみにしていてください。その頃には、そこの三人だって余裕で凌駕してますよ」
と、見事に大風呂敷を広げてしまう俺。
いや正直なところ、俺もリオたちみたいな怪物を育てた経験なんてないから、たった十一ヶ月でどこまで伸びるかなんて、やってみないと分からないんだけどな。
それにジェイクたち三人だって、十一ヶ月もあれば、今よりもさらに力を上げてくるだろう。
あいつらだって成長期だ。
だが、それでも──
それでも俺は、リオたちを信じたかった。
教師が教え子の可能性を信じてやらなかったら、伸びるものも伸びなくなるのだから。
だが一方で、俺の言葉を聞いた王都最強の三人の生徒は、いずれも獰猛な笑みを浮かべた。
“剛剣”アドルフと“女王”ドロシーが、「ほう」とか「へぇぇ、それは楽しみだわ」などと言ってほくそ笑む。
そんな中、俺に向かって口を開いたのは、“賢狼”ジェイクだ。
「面白いこと言いますね、ブレット先生。……俺たちを凌駕する? 世界最強? ……それ、本気で言ってるんですか?」
「ああ、本気だぞ。お前らも大したもんだが、俺は今、この三人にべた惚れなんだよ」
俺がそう言ってやると、ジェイクは肩を震わせて笑い出した。
「くっ……くくくくくっ……! 面白れぇ、ブレット先生、あんた面白れぇよ。──じゃあこうしましょうよ。その決定戦で負けたほうは、勝ったほうの言うことに一日絶対服従ってことで。俺、そいつらをキャンキャン鳴かせながら蹂躙してやりたくて仕方ないんすよ。うちの地下牢でたっぷり躾けてやりますよ。ね、いいでしょ?」
ジェイクはそう言って、べろりと舌なめずりをした。
だが──俺はそれには、渋面を作らざるをえなかった。
ジェイクのモラルの無さは、俺が王都で教えていた頃から何も変わっていないようだ。
そして、いくら教え子たちを信じると言ったって、そんな無茶苦茶な約束はできるわけがない。
だから俺は、ノーを言い渡そうと思ったのだが──
そこに口を挟んできたのは、サイラスだった。
「それは素晴らしい提案だジェイクくん。私も賛成するよ。年に一度、せっかくの祭りだ。そうやって想いを強くして、どんどん盛り上げていこうじゃないか」
「ちょ、ちょっとサイラスさん! それはいくらなんでも──」
アルマが横から抗議の声を上げる。
だがサイラスはどこ吹く風だ。
「いいではないですか、アルマ先生。……なぁに、こんな辺鄙な村のクズ勇者が三人程度使い物にならなくなったところで、この国に勇者の代わりなどほかにいくらでもいますよ。クズどもがジェイクくんたちのような優秀な勇者の糧となるのであれば、万々歳ではありませんか」
サイラスはぎろりと、リオ、イリス、メイファの三人をねめつける。
先の三人の反抗がよほど癇に障ったのか、それともこの場にいる者しか聞いていないから多少の暴言ぐらいはいくらでも揉み消せると油断したのか──あるいはその両方か。
いずれにせよ、サイラスには珍しい、分かりやすい大暴言だ。
聞いているこっちとしては非常に不愉快だが──でも、あれを回しておいて正解だったな。
「サイラスさん……それ、本気で言ってるの?」
一方で、サイラスを見るアルマの目が据わっていた。
ついに堪忍袋の緒が切れたという様子。
それを見たサイラスは、おどけたように引いてみせる。
「おっと失礼、言葉が過ぎましたかな。……しかしアルマ先生、まだ子供といっても、礼儀を欠くことは許されませんよ。私のような立場にある者に暴言を吐けばどういうことになるか、彼女らには身をもって思い知ってもらう必要があります。そうでしょう? ──そしてそれは、先生のような大人であればなおさらのこと。ブレット先生と違い利口なアルマ先生なら、分かりますね?」
「……そうですか。分かりました」
アルマは瞳を閉じて、それ以上何も言うことはなかった。
アルマが何を考えているのかは分からない。
でもあれは、相当怒っているなと感じた。
あいつ、怒らせると怖いからなぁ……。
何やらかすか分かったもんじゃねぇ。
ま、それはともあれだ。
俺はサイラスに、言葉を返す。
「サイラスさん、いずれにせよ、その提案は呑めませんね。そんな非道徳的な約束、教師として黙認できるわけがないですよ」
「おや……? ブレット先生の話では、そこの三人の野良猫勇者が、ジェイクくんたちのような優秀なエリート勇者を凌駕するという話ではありませんでしたかな? 非道徳的というなら、ブレット先生の教え子が勝って道徳的な命令に服従させればよいだけでは?」
「だとしてもです。俺は教師として、教え子たちをそんな趣味の悪い賭け事に巻き込みたくはありません」
「……やれやれ。大口を叩いたかと思えば、大きいのは口だけで、本当は自信がないのですね。暴力教師の上にホラ吹きで臆病者とは、付ける薬がありません。教師がそれでは、教え子たちがどうしようもないのもうなずけます」
そう言ってサイラスが肩をすくめると、王都の生徒たちがドッと笑った。
やがてサイラス率いる約二十人は、俺たちへの嘲笑と侮蔑の言葉を駆使しながら、ようやく立ち去っていった。
台風一過だ。
俺はほうと一つ息をついて、三人の教え子たちに言う。
「……今日は変なもんに付き合わせて悪かったな」
「ううん、兄ちゃん。オレ、全然へっちゃらだし」
「私もあんなの全然平気です。今すぐ全員
「……お兄さん、ボクに早く、煉獄の炎ですべての敵を焼き尽くす魔法を教えてほしい」
若干二名、物騒なことを言う子がいたがスルーしておいた。
──と、そこに王都勢の中から一人、こちらに駆け寄ってくる姿があった。
アルマだ。
アルマはパタパタと走ってくると、俺の前まで来て聞いてくる。
「はぁっ、はぁっ……あのさ、ブレット先生。さっきのサイラスの暴言って、ひょっとして録れてたりする?」
ああ、その話か。
アルマには用途まで伝えてあったしな。
「おう、バッチリだ。俺もまさか、あそこまでのものが録れるとは思ってなかったけどな──うちの口の悪い教え子の手柄だ」
俺がそう言って取り出したのは、アルマに王都で買ってきてもらって受け取っていた魔道具、「魔導録音機」だ。
何かサイラスのやつをぎゃふんと言わせられる材料を用意できないかと思って、やつとの会話を録音しておいたのだが、予想以上の録れ高だった。
これを使って、どうにかあいつをコテンパンにできないもんかと思うのだが──
そこでアルマが、ニッコリ笑顔で手を広げてくる。
「ブレット先生が良かったらでいいんだけど、それ、あたしに任せてくれない?」
「何か考えがあるのか?」
「まあねー。ちょっと大変だけど、もうあたしも腹が据わったわ。ふふふ……あのクソ狸、なんとしても社会的にぶち殺してやる。絶対に許さない」
「お、おう、そうか」
俺はアルマに魔導録音機を渡した。
これはアルマに任せておいたほうが良さそうだ。
それを受け取ったアルマは、にやぁっと薄く笑った。
怖いよー。
そして最後に、アルマはメイファのほうへと向き直る。
「キミがメイファちゃんだね。挨拶が後になったけど、会うのは初めまして」
「……こちらこそ初めまして、お兄さんの昔の女の人」
ガッチリと握手を交わす二人。
そしてバチバチと視線が交錯する。
なんだかよく分からんが、長き戦いを繰り広げる宿敵同士が出会った場面のような熱い何かを感じた。
あとメイファ、何度も言っているが、昔の女と違うからな。
俺とアルマは付き合ったことなんてないぞ。
ちょっと仲がいいだけのただの元同僚だぞ。
そしてアルマは、メイファだけでなくリオ、イリスにも視線を這わせ、何やら「うぐっ」とうめいた。
「くぅっ……さ、三人とも、可愛すぎる……! 反則でしょこんなの……。そりゃブレット先生じゃなくたってやられちゃうよ……これは強敵どころじゃないぞ……」
その言葉を聞いた俺は、嬉々としてアルマの手を取った。
「──だろ!? な、可愛いだろ!? 俺の言ってたこと間違ってないだろ!?」
「あ、ごめんブレット先生は黙ってて」
何か分からないけどバッサリ斬られた。
理不尽だ……。
そうしてしょんぼりする俺を尻目に、アルマとメイファは互いにこつんと拳をぶつけ合った。
「でもま、ひとまずは、一時休戦ってことで」
「……同意する。……あいつらをぎゃふんと言わせるのが、先」
そして再び、二人はがっちりと握手をした。
さらにリオとイリスまでもが、そこに手を重ねていく。
そんななんだか分からない契りのような何かが結ばれる中、俺一人が蚊帳の外で、ぽつんとその場に突っ立っていたのだった。
パパは寂しかったよ、ぐすん。
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