第34話 “賢狼”ジェイク(2)
木剣を片手に、リオが疾走する。
野生の動物もかくやというしなやかさをもって、自分よりも頭一個ぶんも大きな少年に向かって、果敢に立ち向かっていく。
相手──ジェイクのほうも、大型の銀狼を思わせる獰猛な敏捷性でリオに駆け寄ってくる。
その顔には、余裕の笑み。
常人の十数歩分の間合いなど、一瞬で詰まった。
接触の瞬間。
「もらった──【二段切り】!」
リオの剣が先に振るわれた。
得意の二連撃。
それを見たイリスとメイファが拳をにぎる。
「よし!」
「……とった。……リオの勝ち」
二人の目は優秀だ。
あのタイミングで、あの間合いで放たれた剣は、ジェイクの敏捷性をもってしても回避できない。
だから、あれで決まりだ。
──そう見えたのだろう。
だが、実際に起こったことは違った。
「──おっと」
「なっ……!?」
ジェイクはその攻撃を回避し、リオは驚きの声を上げていた。
だが、すぐにジェイクの手がぬるりと伸びてきたので、リオは慌ててバックステップで回避する。
両者少しの間合いをとって、再び対峙する形になった。
ジェイクはへらへらと余裕の笑みを崩しておらず、リオは汗を浮かべている。
その出来事に驚いているのは、戦っているリオ本人だけではなかった。
「そ、そんな……」
「……どうして。……あんなの、よけられるはず、ないのに。……今、ありえない動きをした」
イリスとメイファもまた、驚きを隠せずにいた。
必殺の間合い、必殺のタイミング。
リオとジェイクの敏捷性はほぼ互角で、むしろリオのほうが少し速いぐらいなのだから、あれを回避できるはずがない──
そう思い込んでいるから、二人は真相にたどりつけない。
俺はイリスとメイファに解説をしてやる。
「別にそう難しい話じゃない。──ジェイクのほうが速いんだよ、それも相当な」
その俺の言葉に、イリスとメイファが驚いて俺の顔を見てきた。
「そんなはずは……だってあの人、私たちと同じぐらいか、少し下ぐらいの強さで……」
イリスがそう言いながら、ハッと何かに気付いたような顔をする。
メイファもまた、考えがそこに行き着いたようだ。
俺は腕組みをした格好で、その手に持った小石をいじりつつ言う。
「そういうことだ。三人とも、俺の強さは正しく見抜けなかっただろ。つまり──ジェイクはそのレベルに到達してるってことだよ」
ある一定以上の実力を持った勇者は、「自らの真の実力を隠す」スキルを獲得するのが一般的だ。
このスキルは特に意識していなければ、常に働く。
ゆえに上級の勇者の実力を、初見で見抜くのは困難だ。
そして傍で見ている上に俺から解説を受けたイリスとメイファはともかく、ジェイクと目の前で戦っているリオがそれに気付くことは、より難しいだろう。
「くっ……! どんな魔法使ったのか分かんねぇけど──奇跡だったら、二度はねぇだろ!」
リオは再び、ジェイクに突っ込んでいった。
【二段切り】【スマッシュ】と、持っているスキルを駆使して果敢に攻めていくが、ジェイクはそれをひょいひょいとよけ続ける。
そしてリオが何度目かの【二段切り】を放とうとしたとき、そのタイミングと起点を見切ったジェイクの手が、木剣を持ったリオの右手首をがしっとつかんだ。
「ひひひっ、捕まえたぁ」
「くそっ……! なんでだよ……!?」
リオは空いている左手で拳をにぎってジェイクに殴りかかろうとするが、それも同じように、ジェイクのもう一方の手で手首をつかまれてしまった。
ジェイクはべろんと舌を出して、リオに詰め寄っていく。
「さあ、どうするお嬢ちゃん? このままじゃ狼さんに食べられちまうぜぇ?」
「くっ……放せよっ!」
今度は蹴りを繰り出そうとしたリオだが──
それよりもわずかに速く放たれたジェイクの足払いによって、リオは仰向けに転ばされてしまった。
「なっ……あぐっ!」
「ひひひっ、クライマックス突入ぅ~」
倒れたリオに、のしかかるようしてマウントをとったジェイク。
尖った歯の並んだ口から長い舌を出して、ゆっくりと顔を近付けていく。
「さあいよいよピンチだ。頑張って抜け出してみろよぉ。じゃないと、大変なことになるぜぇ?」
──と言っても、あの状態からリオの力で抜け出せるわけもない。
筋力においても、ジェイクのほうが格上だ。
勝負は決まりだ。
俺は唖然とした様子で見ていたアルマに目配せをする。
それでハッと気付いた様子のアルマが、慌てて旗を上げた。
「し、勝負あり! ジェイクの勝ち! 両者離れて!」
だがその審判の判定を聞いたジェイクは、不服そうに口を尖らせる。
「えーっ、有効打が入らないと決着じゃないんだろ。まだ打撃入ってないじゃん。アルマ先生、それって嫉妬?」
「屁理屈言わない。審判のあたしが勝負ありって言ったら勝負ありなの。さっさと相手から離れて」
「はーい。ちぇっ、いいトコだったのにさ」
しぶしぶといった様子で、ジェイクはリオから離れていく。
そして去り際に、砂利の上に横たわったままのリオを尻目にして、一言。
「じゃ、またいつか遊ぼうぜ、子猫ちゃん。そんときは最後までヤり合いたいね。ひひひっ」
そしてジェイクは、ひらひらと手を振ってリオのもとから去っていった。
ジェイクはそのまま、サイラスのもとへと向かう。
サイラスはさっそくジェイクをほめ称えた。
「いやぁ素晴らしい! さすがはジェイクくんだ。キミのような者こそ勇者の中の勇者だよ。お父上にも、キミの功績をしっかりと伝えておくことにしよう」
「そりゃ助かりますね。何しろうちはまあまあの貧乏貴族なんで、家庭教師に優秀な勇者をつけてもらうだけでも大変なんすよ。勇者学院の授業なんてレベルが低すぎるか──たまに優秀な教師がいても、
そう言ってジェイクは、俺のほうをチラとだけ見てきた。
サイラスはそれに気付いているのかいないのか、「うむうむ、そうだろう、そうだろう」などと機嫌よさげにうなずいていた。
俺はそれをぼんやりと確認しつつ、自分は自分の仕事をすることにした。
リオのもとまで歩み寄る。
川のほとりの砂利の上に、負けた姿のまま横たわったリオは、腕で顔を隠すようにしながら、泣いていた。
「リオ、立てるか」
俺はそう言って手を差し出すが、リオはしばらく、ひっくひっくと泣いたまま動かなかった。
イリスとメイファも心配そうにリオの姿を見つめていたが、さすがの妹たちも、何を言っていいか分からないという様子だった。
俺は少し卑怯かと思いつつも、その言葉を口に出す。
「リオ──強くなりたいか?」
するとリオは、腕で顔を隠したままの姿で、こくんとうなずいた。
──生徒に失敗や敗北の経験を積ませることの是非は、一概には決めつけ難いものがある。
それまでに成功体験をどれだけ積んでいるかや、あるいは本人の負けん気の強さなどによっても、それがプラスに働くかマイナスに働くかは、大きく変わってくるだろう。
でも俺は、リオならこの経験をバネにできるだろうと信じた。
……いや、本当は「信じた」なんて格好いいモノじゃない。
半分は成り行きだ。
俺は最後までリオに、ジェイクのほうが格上で、戦ってもまず勝てない相手だということを伝えるかどうか迷っていた。
それを伝えていたら、リオはどうしていただろうか。
戦うのをやめていたか、それとも──
だがそんな「もしも」の過去は、もう存在しない。
あとはもう、未来に向かって進むだけだ。
「分かった。俺がリオを──リオたちを今よりもずっとずっと強くしてやる」
俺はそう言って、もう一度リオに手を差し出した。
リオも今度は、ためらいながらも、その手を伸ばしてくる。
「……あいつよりも?」
「ああ、ジェイクよりも、あいつらよりもずっと──この世界の誰よりも強い、世界最強の勇者にリオたちを育ててやる」
「……本当に?」
「本当だ」
「本当の本当に?」
「本当の本当に、だ」
「……分かった。オレ、兄ちゃんにオレの全部を渡すから。だから兄ちゃん──オレを強くして。誰にも負けないぐらいに、強く」
リオが俺の手を取って、つかんだ。
瞳いっぱいに悔し涙をためた顔で、俺を見つめてくる。
俺はリオを引っ張って立たせた。
立ち上がったリオは、ぐしぐしと服の袖で涙をぬぐう。
一方、イリスとメイファも、リオの隣に立って俺を見上げてきた。
「先生……私も、お願いします!」
「……ボクも、黙っているつもりはない。……バカにされた分は、やり返す」
二人の瞳にも、闘志が宿っていた。
俺は二人にも、うなずいてみせる。
「分かった。イリスもメイファも、俺が全員まとめて面倒を見てやる。手取り足取り特訓してやるから、三人とも覚悟しておけよ!」
「「「はい!」」」
少女たちの元気のいい返事。
その日、川のせせらぎの音を背景に、俺たちは熱血していたのだった。
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