第33話 “賢狼”ジェイク(1)

「おお、ジェイクくん……! やってくれるのかね……!」


 サイラスは一転、喜色満面へと変わった。

“賢狼”ジェイクに、揉み手をするようにすり寄っていく。


「そう、そうだよ。最初からキミたちにやってもらえばよかったのだ。いや、下の者たちにもチャンスをやらねばと思ったのだが、予想以上に不甲斐なくてね。キミたちの手を煩わせなければならないとは」


「いやぁ、親父に言われてついてはきましたけど、もともと出張るつもりはなかったんですがね。ちぃと気が変わりまして。……あんな極上の獲物を見ちまっちゃあね」


 ジェイクはそう言って、その理知と獣性の両方を宿した目をこちらへと向けてきた。


 ジェイクは王都の勇者学院の三年生で、リオたちと比べると一つか二つ年上だ。

 

 ひょろりとした体格ながら体にはしっかりと筋肉がついており、ぼさぼさの長い銀髪は背中まで伸ばされている。


 その切れ長の鋭い視線がこちらを見すえてきたのだが──その視線の先にいたのは、厳密には一人だ。


 リオは、視線を受けてびくりと反応した。


 慌てて振り向いて、その悪寒の元凶を探し、ジェイクの鋭い視線へとたどりつく。


 リオとジェイクの視線が、真っ向からぶつかった。


「テメェ……なんかオレに用かよ」


「ひひひっ、雑魚の相手だけじゃ退屈だったろうと思ってな。どうだお嬢ちゃん、俺と一戦ヤらねぇか? たっぷり気持ちよくしてやるぜぇ?」


「はっ! ……上等だ」


 リオが俺のもとから離れて、前に進み出ていく。

 ジェイクもまた、獣のように前傾姿勢になりながら、のしのしと歩み出てきた。


 俺はそれを見て、思案していた。

 元より子供の喧嘩みたいな模擬戦だったが、これ以上続ける意味があるのか。


 それに、何より──


 いや、それは仕方ないとしても、一応体裁は確認しておこう。

 俺はサイラスに声をかける。


「サイラスさん、まだ続けるんですか? ひとまずの決着はついたかと思いますが」


 その俺の問いかけに、サイラスはニヤニヤしながら返答してくる。


「いやいやブレット先生、若者たちの情熱はまだまだ迸っておるようです。私たちがその火を消してはいけませんよ。彼らの想いのままにぶつからせてやりましょう」


 相変わらず綺麗事がすらすらと出てくるやつだ。


 とは言え、特にケチをつける理由もない。

 あとは確認事項だ。


「わかりました。それで、今度は団体戦でなく、一対一ということですか?」


 俺がそう聞くと、サイラスはかたわらにいた二人の生徒──“剛剣”アドルフと、“女王”ドロシーに何やら声をかけた。


“剛剣”アドルフ──リオたちと大差ない歳とは思えないほど立派な体格をした少年は、腕を組んだまま、その彫りの深い顔に浮かぶ表情を変えずに言う。


「俺は出る気はない。まだ俺が食うに値する獲物ではないからな」


 また“女王”ドロシーも、少女とは思えない妖艶な仕草で、紅を塗った唇に薄く笑みを作って言った。


「私もとりあえずパスねぇ。でもジェイクぅ、せっかくのおいしそうなオモチャなんだから、簡単に壊さないでよぉ?」


 そして、それを受けたサイラスが、俺に向かって言ってくる。


「ということです。やる気のある生徒同士で競わせるのがよろしいでしょう」


「わかりました。リオとジェイクの一対一ですね」


 というわけで、次の戦いはリオ対ジェイクのカードで行われることになった。


 俺の横についたイリスとメイファが、緊張した面持ちで俺のほうを見てくる。


「先生……あの、ジェイクっていう人……」


「……あいつ、強い。……ほかの雑魚とは、レベルが違いすぎる。……でも、今のリオなら」


 そうした二人の評価を聞いて、俺は口をへの字に曲げていた。


 確かにジェイクは強い。

 王都で教えていた時代、あいつらの実力を見ているから分かる。


 だが──

 それをリオに言うべきかどうか、俺は迷っていた。


 そうこうしているうちに、リオとジェイクが互いに真っ向対峙する位置に立っていた。


 ジェイクが、そうした様子をぽかんと見ていたアルマに向かって言う。


「アルマ先生、審判頼むぜ。しっかり見ていてくれよ。ボンクラどもの戦いとはわけが違うからよ」


「あ……う、うん、分かりました。──ルールはさっきと一緒。くれぐれも、危険な攻撃は禁止だからね。さっきの【唐竹割り】みたいなのは、絶対ダメだからね」


「大丈夫だって。そんなにカリカリしないでよアルマ先生。それにほら見てよ、俺の得物は剣じゃない。【唐竹割り】みたいなしょぼいレベルの技を使う気もないしさ」


 そう言ってジェイクは、何も持っていない両手を広げてみせる。

 ジェイクの白兵戦スタイルは、剣でも斧でも槍でもない、徒手空拳の格闘術だ。


「そういうことを言ってるんじゃなくて!」


「はははっ、冗談だって。ムキになっちゃうアルマ先生も可愛いなぁ。今度デートしてよ。夜中までしっぽりとさ」


「お断りします。そういうことばっかり言ってると、審判やらないよ」


「ごめんごめん、冗談だから怒らないで。俺アルマ先生に嫌われたら、ショックで学校に行けなくなっちゃう」


「元々ほとんど出席してないくせに、よく言うよ」


 ジェイクの人を食った物言いで、アルマはすっかりペースに乗せられてしまっていた。

 しかもジェイクは、さらにこんなことまで言う。


「でも俺、弱い女に興味ないからなぁ。今はまだアルマ先生のほうが上だけど、すぐにぶち抜いちゃうだろうし。そうしたら興味なくなってポイ捨てしちゃうだろうから、やっぱ俺、アルマ先生とは付き合わないほうがいいわ」


「──ッ!」


 アルマの表情に動揺が走ったのが分かった。


 だがジェイクは、そんなアルマの様子など気にした風もなく、自分の今対峙している相手へと向き直った。

 すなわち──リオに。


「へへっ……その点、お前はいいよ。才能の匂いがぷんぷんする。あっちの二人も匂いはするが、今はお前だ。そそるんだよ……ちょっとフライングだが、食っちまいたくてしょうがねぇ」


 ジェイクはそう言って、長い舌を出してべろりと舌なめずりをした。


 一方、対するリオは──


「キモイんだよテメェ。──イリスにもメイファにも手は出させねぇ。テメェはオレがぶっ潰す!」


 そう言って、木剣を構えた。

 重心を低くして半身になる。


 先の十五人を相手にしていたときよりも、よほど本気の構え──俺と稽古をするときに取る構えだ。


「ひひひっ、いいねぇ。──そうこなくっちゃあ面白くない」


 ジェイクのほうも構えをとる。

 リオと似たような構えだが、今にもつかみかからんとするように両手を前に出した、これまた独特の姿勢だ。


 リオの立ち位置からジェイクまでは、十数歩程度の距離がある。

 しかし二人の踏み込みの力と速さを考えれば、そう大きな間合いではない。


 ジェイクが、リオから視線を外さずに言う。


「ほら、アルマ先生。ぼーっとしてないで、試合開始の合図を頼むよ」


「あ……ご、ごめん。それじゃ──始めっ!」


 我に返り、横手へと引いたアルマが、試合開始の声とともに旗を上げる。


 リオとジェイク、両者が同時に地面を蹴った。

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