第32話 リオの実力
「残り全員……まとめてかかってこい、だと……? まだこっちには十人以上いるんだぞ。分かっているのか……?」
王都の生徒たちは、リオの言葉にざわりと色めきだった。
だがリオは、それにも動じる様子はない。
同年代の、あるいは多少上の歳の者たちも混ざっている十人以上を前にして、まったく気構えた風もない。
「おう。イリスが二人、メイファが二人倒したから、残り十一人だろ。ってかいいから早くかかって来いよ。それとも、それだけ人数がいてもオレ一人にビビるような
ビキッ、ビキビキッ……!
リオが一つ発言するごとに、王都の生徒たち、特に男子生徒たちの額に青筋が浮かんでいく。
女子生徒たちの中には、「ねえ、やめたほうがいいんじゃない? あの子すごく強そうよ」なんて言って止めようとしている者もいたが、男子どもはもう退けないようだった。
「このクソアマぁ……もう許さねぇ! ぶちのめして裸にひん剥いて〇してやる! 行くぞテメェら!」
「「「おおおっ!」」」
四人の男子生徒が武器を振り上げ、リオに向かって一斉に襲い掛かった。
動機はともあれ、気迫だけはたっぷりだ。
「オラァッ、ボコボコにしてやらあっ! ──食らえやああああっ!!!」
少年たちが一斉に武器を振り下ろす。
その先には、その武器の軌道をぼんやりと眺めるリオの姿があって──
そのリオが、ふっと動いた。
「って、あれ……? あのクソアマ、どこいった?」
王都の生徒たちが武器を振り下ろした先に、少女はいなかった。
リオの姿を見失った少年たちは、きょろきょろとあたりを見回す。
が、まるで見当違い。
「ふぅん。やっぱ全然見えてねぇんだな」
「こ、声……! どこだ!?」
「下だよ、下」
聞こえてきた少女の声で、王都の男子生徒たちは慌てて自分の足元を見る。
リオは四人の少年たちの懐、すぐ目の前の足元に、にひひっといたずらっ子の笑顔でしゃがみ込んでいた。
「なっ……! い、いつの間に──ぐえっ」
「ぎゃっ」
「ぐわっ」
「うげっ」
バタバタバタ。
リオが木剣で素早く連続突きを放ち、少年たちのみぞおちに軽く一撃を入れていくと、少年たちは次々と地面に倒れた。
倒れる少年たちと入れ替わりで、しゃがみ込んでいたリオが立ち上がる。
それを呆然と見ていたアルマが、慌てて旗を上げた。
「あっ……ゆ、有効四発! 四人退場!」
ざわっ……!
残る王都の生徒たちのほとんどが、動揺した。
だが王都陣営にも、多少ながら骨のあるやつがいる。
「──【
「お……?」
立ち上がったリオの足元の地面から、砂利を押しのけて二本の土の手が生えてきて、リオの足首をつかんだ。
土の手はそのまま土くれに戻り、リオの足を地面に縫いつけてしまう。
見れば王都陣営の後衛に、魔法を行使した姿でリオに手のひらを向けている男子生徒がいた。
──お、あの男子生徒は覚えがあるぞ。
あいつはだいぶちゃんと授業を受けていたほうだし、そのぐらいはやってくるか。
「はっ! 攻撃魔法がダメとは言われたが、魔法を使うなとは言われてないぜ!」
男子生徒は勝ち誇ったように言う。
ああ、そのとおり。
これはルール違反でも何でもなく、真っ当な戦術だ。
そして身動きが取れなくなったリオに、もう一人、別の剣士の少年が襲い掛かった。
「よくやった! これでちょこまか動けねぇだろ──くらいやがれ、【唐竹割り】ぃ!」
こちらもある程度まともに授業を受けていた勢の一人だ。
剣の初級技である【唐竹割り】を使いこなせるあたり、ほかの連中とは一味違うのだが──
しかし【唐竹割り】は、相手の脳天へと剣を振り下ろす技だ。
決まれば威力は高く、振り下ろしの剣筋も鋭いのだが、今回の試合のルールである「意図的な顔面攻撃禁止」に引っ掛かる危険技である。
まあ厳密には「頭部」への攻撃なので、アルマが「顔面」攻撃禁止と言ってしまった以上、一応のグレーゾーンではあるのだが。
いずれにせよ危険な攻撃であることには違いない。
生徒の優秀さと人格とは、必ずしも一致しないということだ。
アルマが目を見開いたが、制止は間に合いそうになかった。
それを見て、俺はあらかじめ拾っておいた石ころをぶつけてやろうかと思ったが──
やめた。
リオの動作が見えたからだ。
「──【パリィ】!」
「なっ……!?」
──カンッ。
リオの木剣が、相手の木剣を横から弾き、軌道を殺した。
剣筋を斜めに受け流された相手はバランスを崩し、たたらを踏む。
その少年の胸に、リオが木剣の柄を叩き込んだ。
「うげっ……!」
少年は胸を押さえて、ばたりと倒れ込む。
「ゆ、有効! 退場!」
アルマが慌てて判定の旗を上げる。
ちなみにアルマは退場と言ってはいるが、リオが倒した生徒たちは全員いまだにダメージから復帰できず、地面に転がって芋虫のようにうずくまっていた。
リオも手加減はしているんだろうが、元々のパワーがかなり上がってるからな。
そして──
「ふんがっ!」
──バキッ、バキッ。
リオは気合いの声をあげると、自分の足首をつかんでいる土くれを、脚力だけで力ずくで引きはがした。
自由を取り戻したリオは、残った六人の王都の生徒たちのほうを見て、にひっと笑う。
「なんだよ、少しはやるやつもいるじゃん。わりぃわりぃ、ちっと見くびってたわ。──で、それはいいんだけど、お前らまだ続ける?」
リオがのんびりとそう聞くと、残る六人の生徒たちは全員、ぶんぶんと首を横に振った。
そうして、残る王都の生徒たちは全員降参をして、勝負が決着した。
「「「いえーい!」」」
リオ、イリス、メイファの三人は集まって、笑顔でハイタッチ。
そして三人とも、子犬のように俺のほうに駆け寄ってきて、無邪気な目で俺を見上げてくる。
「ねぇ兄ちゃん、どうだったオレたち? 結構強くなったんじゃねぇ?」
「もう、リオ。調子に乗ったらダメだよ。先生と比べたら、私たちなんて全然まだまだなんだから。……で、ですよね、先生?」
「……相手がへっぽこすぎて、よく分からなかった。……ロリコンのお兄さん的には、ボクたちの体の具合はどう? むがっ」
「いやぁ、めちゃくちゃ成長してると思うぞ! リオもイリスもメイファも、しばらく前とは見違えるようだ。よーしよしよし!」
微妙に危険な発言にシフトしてくるメイファの口をふさぎつつ、三人を一人ずつ抱き寄せてなでこなでこ。
「えへへ」とはにかんでくるリオやイリスの可愛さを堪能しつつ、俺は三人のことをたっぷりと称賛してやった。
それをアルマが半笑いで、光彩を失った目で見ていたような気がしないでもないが──
いや、このぐらいは教師と教え子の普通のスキンシップだよな……?
──その一方。
王都の生徒たちは、サイラスのまわりに集められ、叱責を受けていた。
「なんというザマだ! これだけの人数がいて、こんな貧乏村のたった三人の小娘勇者に惨敗だと!? 映えある王都勇者学院の生徒として恥ずかしくないのか! だいたい貴様らなぜ降参した! 骨の一本や二本折られてでも私に恥をかかせないことをなぜ選べない!? 全員減点だ! 覚悟しておけよ!」
サイラスは苛立ちを生徒たちにまき散らし、唾を飛ばしていた。
そして生徒たちも、「ま、待ってくださいサイラスさん、減点だけは……!」などと、すがるようにしてサイラスに取り入っていた。
「減点」というのがどういう意味かは知らないが、あの生徒たちの反応などから察するに、おそらくは将来の人事にでも関わる話なのだろうと思うが。
ちなみに俺の目から見ると、イリスに向かって矢を正確に飛ばした弓使いの女子生徒と、【
などと俺が思っていた、そのとき。
サイラスの横で事態を静観していた三人のうちの一人が、動いた。
「まあまあサイラスさん、そう慌てることもないでしょ」
それは“賢狼”の異名を持つ、ジェイクという名の男子生徒だった。
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