第31話 3人 vs 15人

 校舎という名のボロ家の庭は、多少広めではあっても、二十人近くが入り乱れるにはさすがに手狭だ。


 そこで俺たちは、村を出て少し歩いた場所にある、川のほとりへと移動した。


 そこはちょっとした広場になっている。

 足元には大小の砂利が敷かれていて多少足場は悪いが、スペースだけは十分にある。


 川のせせらぎの音と、小鳥の鳴く声を背景にして──

 今、三人の少女と、十五人の少年少女たちが向かい合っていた。


 右手側には川が流れ、左手側のだいぶ先には森の木々が立ち並んでいる。


 俺の前にはリオ、イリス、メイファの三人が、俺に背を向ける形で正面を見て立っていた。


 その向こう側、三人のいる場所から十数歩ぐらいの位置には、十五人の少年少女がぞろぞろと、それぞれ武器を持って立っている。


 武器は形状こそ剣状、槍状、斧状などと多様だが、いずれも木の棒の打撃部に布が巻きつけられたものだ。


 これは勇者学院の稽古で使う模擬戦用の武器で、うちもしばらく前に三人分を購入して常備していたが、先方も今回の社会科見学にあたって、ご丁寧なことに人数分持参してきていたようだ。


 なお、その十五人の少し後方では、サイラスと三人の生徒が高みの見物を決め込んでいた。


 対峙する二組の勢力の間に立っているのは、引率のアルマ先生だ。

 朱色の髪をポニーテイルにした美人教師が、両チームにルールを説明していく。


「敵対チームの攻撃で有効打を受けた人は退場ね。有効打かどうかは審判である私が判断します。魔法は、直接相手に怪我をさせるような攻撃魔法は禁止。ほか、意図的な顔面への攻撃など危険行為も当然禁止。いいね?」


『はーい』


 両チームの生徒から声が上がる。

 それを確認して、アルマは横手へと下がった。


 そして、両チーム準備ができたのを確認すると、アルマは「はじめ!」と言ってその手に持った旗をあげた。


 が、両チームともすぐには動かなかった。


 そんな中で、最初に動きを見せたのは、王都チームの中ほどに立っていた少年だった。


 少年は二歩ほど前に進み出ると、木剣を肩に担いでニヤニヤしながら、リオたち三人に語り掛けてくる。


「よお、生意気な庶民のメス犬勇者ども。泣いて謝るなら今のうちだぜ? この人数差が見えてるよなぁ? 着ている服を全部脱いで、『申し訳ございませんでしたご主人様。お望みのままにご奉仕いたしますので、どうかお許しください』って言って土下座したら、まあ俺たちも鬼じゃねぇ、王都に連れ帰ってペットとして可愛がってやるからよぉ?」


 少年がそう言うと、その後ろでドッと笑い声が上がった。


 ……ああいうめちゃくちゃ下品なの、どうも金持ちジョークらしいんだよな。

 社交界では若者の間でバカウケらしくて、王都にいた頃に教師として注意しても直りやしなかった。


 ふとアルマのほうを見ると、彼女も顔をしかめていた。

 が、俺の視線に気付くと、こっちに向かって小さく肩をすくめてくる。


 まあ、反則ってわけでもないし、審判の立場でどうこうもないか。


 が、そこに──


「えっと……【クイックショット】?」


「ぐわあああああっ!」


 イリスが弓から放った木の矢が、先頭に立った少年の左胸に当たって、少年はもんどりうって倒れた。

 それを見た審判のアルマが、有効と退場を言い渡す。


 イリスが少し不安そうな顔で、俺のほうへと振り返ってきた。


「あの、先生……もう試合始まってるから、撃っちゃってよかったんですよね?」


「あ、ああ、大丈夫。イリスは間違ってないぞ。あれはな、油断というんだ……」


「そうですよね……。あんまり無防備すぎるから、ルール違反なんじゃないかと不安になっちゃいました」


 イリスはホッと安心してまた敵チームと向き合った。


 いや、なんだ……。

 あいつら、模擬戦の授業とか真面目に受けてこなかったしな……。


 で、その王都チームの様子はというと、


「なっ……! 卑怯だぞ!」


「口上を無視して攻撃するなんて、なんて下品な……! こうなったら、こっちも撃ち返すわよ!」


 そう言って、慌てて攻撃を始めた。


 王都チームの弓手は三人だ。

 思い思いに弓を引き絞り、バン、バン、バンと矢を放ってくる。


 それらはみな、イリスを狙ったようだったが──


 まず一人目、弓を引く過程で、矢を取り落とした。

 落とした矢をあわあわと拾う。

 論外。


 二人目、どうにか矢を飛ばしたが、明後日の方向に飛んでいってぽちゃりと川に落ちた。

 ド素人レベル。


 三人目、唯一まともな矢がイリスのほうに飛んできたが、イリスはその軌道を悠々と見切って半身になってよけた。

 ん、頑張ったけど、相手が悪かったな。


 それらを見た俺は、大きくため息をつく。

 あれでも二年生、三年生の選手なんだよなぁ……。


 イリスと比べるのは酷と言ったって、イリスはまだ弓をにぎって三週間だぞ。

 お前らせめてもうちょっとちゃんと授業受けておけよと小一時間説教したい。


 そして、飛んできた矢をよけたイリスは、すぐさま次の矢を構えて──


「──【クイックショット】!」


「ぁ痛たっ!」


 唯一、イリスのほうに正確に矢を飛ばしてきた女子生徒の右手首を矢で撃ち、さっそく二つ目の有効と退場をもぎ取っていた。

 その生徒は悔しそうに、戦場から抜け出していく。


【クイックショット】は速射性に優れた弓の基本技だ。

 威力は高くないが使い勝手がいいので、たいていの弓使いが最初に修得する技の一つである。


 もっとも王都のボンボン勇者勢では、今イリスに撃ち抜かれた一番マシな生徒でも、そうした初級技を覚える段階にまで到達していないのだが……。


「──くそっ! あの弓の女が向こうのエースだぞ! 全員で取り押さえろ!」


 そんなイリスに、慌てた王都の生徒たちが一斉に向かっていく。


 と、その横合いから──


「……ボク、参上。……ほいっと【二段突き】」


「は……? ぐえっ」


「よ、横からだと!? ──ぐわああああっ!」


 ゴッゴッ!

 颯爽と駆け寄っていたメイファが放った木槍の【二段突き】が、王都勢の二人の少年の脇腹を捉えた。


 これも当然有効で、その二人の少年は退場を言い渡される。


「なっ……!? このガキ、死角からとは卑怯な……!」


「……そんなこと言われても、そっちの死角が多すぎる。……あと、ボクやイリスに構っている場合じゃない。……ボクたちは、武器戦闘では一番の小者」


「な、何を言っている……! お前たち以上の使い手がいるというのか!?」


「だから……本命、あれ」


 メイファはそう言って、ある方角を指さした。


 そこにいたのは、最初と変わらない立ち位置で無造作に木剣を肩に担いだ、黒髪ショートカットのボーイッシュな少女の姿だった。


 少女──リオは陽光の下、暇そうにあくびをしていた。

 周りで起こっている騒動に、まるで興味がなくなったというように。


 リオは俺のほうへと振り向いて言う。


「なあ兄ちゃん、こいつらいくらなんでも、これはなくね?」


 俺はため息をついて答える。


「リオ、一応戦いの場だぞ。勇者の礼儀、ちゃんとしろ」


「えーっ、こいつらだって礼儀とか、全然ちゃんとしてねぇじゃん」


「まあ、そりゃそうなんだが……」


 俺は渋い顔にならざるを得なかった。


 相手がどんな態度を取ろうが、こちらは礼儀を守る。

 それは善き勇者の理想ではあるんだが──


 勇者だって人間だし、リオたちにいつでも理想的な勇者であれと言えるほど、俺も勇者ができちゃいない。


 ……まあいいか。

 今日は相手も悪いんだし、ある程度は目をつぶろう。


「分かった、好きにしろ。でも手加減だけは忘れるなよ」


「はーい」


 リオは気のない返事をすると、ぐっ、ぐっと体を捻って軽いストレッチ。


 それからぴょんぴょんとその場で跳ねて調子を確認すると、ニッと強気の笑みを浮かべて、呆然としている王都の生徒たちに向かって、こう声をかけた。


「じゃ、残り全員まとめてかかってきな。──遊んでやるよ」


 その凛々しい少年チックな声の響きを聞いて、俺はこう思った。


 キャーッ、うちの子カッコイイ、かわいい、食べちゃいたい、抱きしめたい、チュッチュしたい……などなど。


 でもそれを口に出すとアルマあたりに思いきり蔑んだ目で見られそうなので、俺はその想いを心の宝石箱にそっとしまっておくことにした。

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