第30話 対決
俺がアルマから頼んでいた魔道具を受け取っていると、こちらを睨みつけていたサイラスが嫌味たらしくこんなことを言ってきた。
「……ブレット先生、アルマ先生、社会科見学といっても授業中ですよ。私事は別の機会にしてもらえませんかな?」
一応の正論。
が、そのサイラスの顔には憎しみの表情が浮かんでいるので、授業中だからやめろというのは方便で、何か別の目的があるはずだ。
俺はアルマに耳打ちをする。
「なあアルマ先生、サイラスのやつ、何をあんなに腹立ててんだ?」
するとアルマもまた、俺に耳打ちを返してくる。
「あたしが自分の思い通りにならないから、ムカついてんじゃない? ブレット先生のみすぼらしいところを見せたのに、それでもあたしがブレット先生と仲良くしてるのが気に入らないんじゃないかと」
おい、さらっとみすぼらしいとか言うな。
人間の価値はそんなところで決まらんわ。
などと思ったが、それでだいたい分かった気がした。
サイラスの予定では、人間の価値はそんなところで決まるはずだったんだろうな、と。
王都勇者学院のエリート教師コースから追い出された俺が、この僻地の村で慎ましく教師をしている姿をアルマに見せたら、アルマが俺のことを価値のない人間と思って見限るとでも考えていたんだろう。
だが残念ながら、アルマがそんなタイプのキャラなら、最初から俺と気が合ったりなんてしていない。
アルマはしたたかなところはあるが、根は結構純粋なやつなのだ──というのはまあ、俺の中でのアルマ像だが。
そしてアルマはさらにもう一つ、俺に耳打ちしてくる。
「なんなら恋人っぽく腕でも組んで、もっと嫌がらせしてやるっていうのは……どう?」
「あのなぁ……。それこそ生徒たちの前だろうが」
「へへっ、冗談だよ、冗談」
アルマはぺろっと舌を出して、てってってと元いた位置──すなわち王都の生徒たちの後ろに戻っていった。
その姿を見て、俺はひとつため息をつく。
あいつにファンクラブができるのも分かるよなぁ……。
アルマみたいな美人にあんな態度取られたら、そりゃあ男子はイチコロだろうよ。
ま、それはさておき、本題だ。
俺とアルマ、サイラスという教師陣がバチバチやり合った横では、リオ、イリス、メイファの三人と、王都の生徒たち十五人ほどとが互いに睨み合いを続けていた。
一触即発、両者今にも飛び掛からんという様子で、クールダウンさせるのは大変そうだ。
ただ王都陣営、例の実力トップスリーの三人だけは、我関せずといった様子で静観していたのだが。
俺はサイラスに向かって言う。
「ねぇサイラスさん。サイラスさんたちがうちの勇者学院をバカにしたせいで、うちの子らがいきり立っちまいました。ここはひとつ、サイラスさんがうちの子らに謝罪して、場を収めてもらえませんかね? そうじゃないとこいつら、殴り合ってどっちが上かケリを付けないと収まりませんよ」
と、一応切り出してみる。
しかしサイラスは「謝罪する」という行為を蛇蝎のごとく嫌う男だ。
こんな要求に従うとは到底思えないので、本当に言ってみただけレベルだった。
そして一方のサイラスはというと、ニヤリと笑ってこう切り返してきた。
「いやいや、それでしたらブレット先生、生徒たちの気が済むようにしてあげたらよろしいのではありませんかな? 競争心、大いに結構ではありませんか。そういった生徒たちの気持ちこそが、強い勇者へと育つ力になるのです。生徒たち同士、互いに力の限りぶつかり合う──そういったことも勇者教育には必要でしょう」
いけしゃあしゃあと、そんなことを言ってきた。
……いやいやいやいや。
お前、俺を王都から追い出した理由は何だったよ?
「えっと……それはサイラスさんの言う『暴力授業』と、どう違うんです? 生徒たちが大怪我をする原因になると思うんですが」
「ブレット先生、そういう教育者同士の授業観に関する議論は、またの機会、生徒たちがいない場で行うことにしましょうよ。今は生徒たちの成長を一番に考えるべきときでしょう」
「はあ……」
いや、すげぇなサイラス……。
ああ言えばこう言う、屁理屈と議論すり替えの引き出しの数が半端じゃない。
そして王都の生徒たちも「さすがサイラスさんだ。正論すぎる。勉強になるな」「それに引き換えブレット先生は……」などと言って、サイラスの意見に賛意を示していた。
いや、まあいいけどな。
こっちもこうなった以上、生徒同士でぶつかり合わせることに異論はないし。
「分かりました。じゃあマッチメイクはどうします? こっちの生徒は三人しかいないんで、そっちも三人ってことになると思いますが」
俺はそう聞いておきながら、サイラスの返事は間違いなくこれだろうなというのは分かっていた。
敗北の汚辱を嫌うサイラスのことだ。
当然、実力トップスリーのあいつらを使うに決まっている。
と、思っていたのだが──
サイラスの返事は、俺の予想の斜め上から攻めてきた。
「いやいやブレット先生、そういう固定観念はよくありませんな。そちらが三人だからこちらも三人。そういうお決まりのルールに縛られないことも、ときには必要でしょう」
「は……?」
え、こいつ何を言いだそうとしてんの……?
俺が呆気に取られている中、サイラスは揚々と続ける。
「ブレット先生の教え子たちは、こちらの生徒たちを『雑魚』だの『能無し』だのと罵ったのですよ? それは本来許されないことです。その言葉で、うちの生徒たちはとても傷つきました。──ならば彼女たちに、その責任を取ってもらいましょう。彼女たちの言うところの『雑魚』で『能無し』の十五人全員と戦ってもらおうじゃありませんか」
そんなことをさらりと言ってきた。
よくもまあ臆面もなくそんなことを言えるな。
ちなみに王都の生徒たちは全部で十八人いるので、十五人というのは、例の三人を除いてということになるわけだが。
まああの三人は、俺も王都で教えていたから知っているが、そんな集団リンチには加担しないだろう。
サイラスもその辺りのことは分かっているってことか。
一方そのサイラスの言葉を聞いて、ほかの王都の生徒たちは「おお、サイラスさんの言うとおりだ!」「私たちはすごく傷ついたのよ!」「責任を取って十五人対三人だ!」「これは俺たちの当然の権利だ!」などと言い始めた。
す、すげぇな……。
プライドの無さもここまでくると、もはや感動すら覚える。
ていうか、こっちも散々傷つけられるようなこと言われた気がするんだが、そこはノーカウントなのな……。
ちなみにアルマのほうを見ると、やれやれといった様子で肩をすくめていた。
だよなー。
──さて。
普通に考えれば、そんな集団リンチみたいな条件を受けられるわけがないのだが──
「──ということなんだが、お前ら、どうする?」
俺はリオたち三人に、そう問いかけていた。
それは俺の中で、ある目算が立っていたからだ。
勇者は強敵との激闘を経験することによって、劇的な成長を遂げるものだ。
リオたちはすでに一度、それを経験している。
あのオークロードとの戦いを経て、リオ、イリス、メイファとも、その能力を飛躍的に向上させていた。
先天的な才能だけじゃない。
王都の勇者学院でぬるま湯に浸かり続けている連中とは、経験の密度も段違いなのだ。
一方ではリオが、俺に向かって聞き返してくる。
「えっと……兄ちゃん、それって……」
「ああ」
「ふぅん、そっか。要するに──」
リオが手招きをするので、俺は少し屈んで、教え子の言葉に耳をそばだてる。
リオは俺の耳元で、小声でささやきかけてきた。
「……あいつら、十五人いればオレたちに勝てるつもりってこと?」
リオのその言葉に、俺はにこっと笑って、その少女の頭をなでてやる。
するとリオもにひっと嬉しそうに笑って、イリスとメイファにも耳打ちしにいった。
そして次には三人とも、俺に向かってぐっと親指を立ててきた。
──よし。
俺は立ち上がって、サイラスに向かう。
「分かった、サイラスさん、それでいきましょう。うちの教え子たちも『雑魚』とか『能無し』とか言った責任は取りたいと、そう言っています」
俺はそう言って、口元をつりあげてみせた。
サイラスは怪訝そうな顔をしたが、さすがに自分で提案した条件をひっくり返そうとはせず、そこが合意点となった。
そうして、三人対十五人という一見めちゃくちゃな条件の勇者対決が実現したのだった。
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