第29話 王都勇者学院よりの襲来

 それからさらに一週間ほど後。

 勇者協会の重鎮サイラスが、王都の生徒二十人ほどを連れて、俺たちの住む村までやってきた。


 うららかな午後のひと時だ。


 校舎の庭では三人の教え子たちが武器を使ったトレーニングをしていて、俺がそれを指導したり稽古をつけているところに、ぞろぞろと団体さんが現れたという次第だった。


「やれやれ、こんな交通の便も悪い辺鄙な村に勇者学院とは。貴重な予算の無駄遣いとも思えますな、ブレット先生?」


 王都の生徒たちを引き連れたサイラスは、開口一番、あたりを見渡してそう言った。


 いや、知るかよそんなの。

 ここに勇者学院を作ったのは俺じゃないし、そもそもここに俺を送り込んだのはお前だろうが。

 あとここまで転移魔法陣を使って社会科見学に来るとかいう予算無駄遣いの極みをやっているお前に言われたくはねぇよ。


 ……などなど、思ったことを口に出してもどうせ面倒なことになるだけなので、俺は顔をしかめるだけで黙っていた。


 ちなみに、サイラスの後ろにぞろぞろといる王都勇者学院の生徒たちは、いずれも見覚えのある、裕福な貴族や大商人の家の勇者たちだ。


 彼らの多くは、サイラスの言葉に同調するように、「まったく、サイラスさんの言うとおりですよ」「国民の支払う血税を何だと思っているんだか」などと適当なことを口走っていた。


 数十人に一人の割合で生まれると言われている勇者なので、当然ながら、貴族や大商人の家に生まれる勇者もいる。


 そうしたエリート社会の中に生まれたエリート勇者は、たいてい蝶よ花よと大事に育てられ、王都の勇者学院に入学して形だけでも卒業すれば、その後は魔王ハンターなどの現場を経験することなく、勇者協会や国家の防衛部門の重要ポストに就くことになる。


 そのあたりはまさに、人間社会の腐敗の極みといったところなのだが、そういう平和ボケを支えているのが現場で必死に魔王を退治している勇者たちなのだと思うと、なんとも複雑な気持ちになる。


 ただ──


 そんな平和ボケ社会に支えられたエリート勇者たちの中にもまた、一定の割合で逸材は現れる。


 どんな環境にあろうと、育つやつは育つ。

 それを知らしめるような存在が、サイラスの後ろでへらへらと笑っている少年少女の勇者たちの中に、三人だけいた。


 “剛剣”アドルフ。

 “女王”ドロシー。

 “賢狼”ジェイク。


 現在の王都勇者学院の生徒では、実力トップスリーと呼ばれる三人だ。

 その三人だけは、特にあざけるでもなく静かに場の様子を窺っていた。


 ちなみに、そうした生徒たちの後ろにはげっそりと疲れた様子のアルマがいて、俺に向かって力なく手を振っていた。


 あー……多分ここまで来る間に、いろいろと苦労があったんだろうな。


 何しろ金持ちのボンボン勇者ばかりだし、サイラスはまともに役に立たないだろうし、事実上一人で引率してきたようなものなら、さぞ大変だったろう。


 俺はアルマとアイコンタクトを取り、惜しみない同情の念を込めてうなずいた。

 アルマは「分かってくれる?」と言わんばかりに眼鏡の奥の瞳をうるうるとさせていた。


 さておき。

 あたりを見回していたサイラスは、不思議そうに言う。


「はて……? ブレット先生、勇者学院の校舎はどちらですかな? 村長から、こちらにあると聞いてきたのですが」


 わざとなのか、それとも本当に分からないのか、サイラスはそんなことを言ってきた。


 俺と教え子たちが今いるのが校舎のグラウンドで、その横にあるボロ小屋が校舎なのだが。

 まあこれは、俺も最初は呆気にとられたから、分からないのも無理はないか。


「そこの小さな小屋がこの村の勇者学院の校舎で、ここがそのグラウンドですよ」


 俺がそう答えると──


 それを聞いたサイラスは、思いきり噴き出してみせた。


「ぶふっ……! ちょっとブレット先生、本気で言っているのですかな? これが勇者学院で、これがそのグラウンド? いやはや、こんなところで勤務しているとは。さすが、教育熱心な先生は違いますな。こんな環境でも教育を諦めない。いやぁさすが、教師の鏡ですな!」


 サイラスが芝居がかった様子でそう言うと、後ろにいた生徒たちがドッと笑った。


「おい、聞いたかよ。あれが校舎だってよ……!」


「ぷぷっ……貧乏な勇者って、すごいところで勉強しているのね」


「熱血教師ブレット先生には、お似合いの環境だな」


 生徒たちがくすくすと笑い始める。


 あー……すげぇなこれ。

 こっちに落ち度は何もないのに、なんか俺たちの問題みたいになってるぞ。


 これを問題だというなら、どっちかっていうと全国の勇者学院への予算配分を決めている勇者協会の問題だと思うんだが、まったくもって見事な印象のすり替えだ。

 相変わらずサイラスの野郎、こういうところは口が回るんだよな。


 ──と、そう思っていると。

 俺の隣に歩み寄ってきたリオが、くいくいと俺の服のすそを引っ張ってきた。


「なあ兄ちゃん、こいつらが王都の勇者学院のやつら?」


「ああ、そうだな。悪いがリオ、ちょっとだけ付き合ってくれないか」


「いや、それはいいんだけどさ──あの三人以外、全員すっげぇ弱そうだなって思って。兄ちゃんみたいに力が表に見えないようにしてるわけでもねぇんだろ? なんでこいつら、弱いのに偉そうに威張ってんの?」


 そのリオの言葉は、純粋に思ったことを口にしただけだったのか、それとも意図的な挑発だったのか。

 いずれにせよ、少女の発した言葉は、王都の生徒たちの間にどよめきを走らせた。


 ちなみに「あの三人」というのはもちろん、実力トップスリーの三人のことだ。

 そのあたり、リオの実力を測る目に狂いはない。


 そしてそこに、もう二人。

 イリスとメイファが、リオの横に並び立つ。


「そうだねリオ、それは私も思ってた。特にあそこの、先生のことをバカにしたやつとか、雑魚雑魚の雑魚でしょ」


「……分かる。……能のないバカほど、よく吠える」


 メイファはともかく、イリスまで口が悪かった。

 何だか分からないけどイリスさん、目が据わっていますよ?


 というか、よく見ればリオとメイファも、闘争本能をむき出しにして王都の生徒たちを睨みつけているようだった。


 あー……。

 こんなボロ家でも、自分たちの勇者学院をバカにされて、火がついちゃいましたか。


 そして当然ながら、リオたちの挑発を受けた王都の生徒たちも色めきだっていた。


「チッ、あいつら貧乏勇者のくせに、勘違いしやがって」


「なによ、ちょっと顔がいいからって、庶民の勇者が調子に乗って」


「おい、やっちまおうぜ。ああいうクソ生意気なメスどもは、一度ワカらせてやらねぇとよ?」


「ははは、いいねぇ。やっちまうっつーか、ヤッちまおうぜ。なぁに、いざとなったらパパに揉み消してもらえば」


 ……あー、困った。

 あいつらサイラス色が全身にまで回ってやがる。


 あとこういう展開になる可能性も予想はしていたが、思っていたよりも早い。

 これは今のうちに、あれを受け取っておいた方が良さそうだ。


 俺はその場で手を上げると、王都の生徒たちの後ろにいる引率の先生に声をかける。


「おーい、アルマ先生。ちょっとこっち、来てもらえますか?」


「あ、はい、ブレット先生。なんですか?」


「頼んでおいたブツを受け取っておきたくて」


「あ、はいはい。今渡しますね」


 俺はアルマを呼び寄せて、購入を頼んでおいた魔道具を受け取り、代金を支払う。


 一方で──

 そんな俺とアルマの動きを、サイラスは何やら憎々しげに見つめていた。

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