第28話 勇者協会からの通達と魔法通話

 数日後。

 勇者協会から来た通達は、こんな内容のものだった。


 曰く──


 王都の勇者学院から生徒が十八名、貴校を見学に向かう予定です。

 日取りと時間はいついつですので、その時間は教師・生徒とも校舎在中のこと。


 なお勇者協会の役員サイラスと、王都の勇者学院教師アルマの二名が引率します。

 特別授業など行う場合は、引率の二名と相談の上行ってください。


 以上。


「……はー。まったく、自分の虚栄心を満たすために生徒たちを巻き込むなんざ、教育関係者の風上にも置けねぇやつだ」


 俺はそうした内容の手紙をその日の夕方に受け取って、リビングでぼんやり眺めていた。


 と、そこにエプロン姿のイリスが現れて、首を傾げる。


「あれ、先生。そのお手紙は……?」


「あー、大人の事情」


「はあ……。ところで先生、今日は先にごはんにしますか? それともお風呂にします?」


 幼な妻といった様相のイリスが、にっこりと笑ってそんなことを聞いてきた。

 こらこら、ちょっとドキッとしちゃうだろうが。


 最近では、家事全般はリオ、イリス、メイファの三人で行うようになり、俺は家ではリビングでのんびりしていればいいというルールが出来上がりつつある。


 俺に対して特に強く恩義を感じているらしいイリスが言い出したことなのだが、リオもメイファも意外と反対せず、採用されてしまった。


 イリス曰く、「先生は私たちのために全部をやってくれました。だからこれからは私たちに、先生の身の回りのお世話ぐらいはやらせてください」とのことなのだが──


 俺は独り立ちしてからはずっと一人暮らしで、身の回りのことは全部自分でやってきたもんだから、最初は落ち着かなかった。


 しかし人間、慣れというものはあって、だんだんそんな環境にも馴染んできている俺もいて。

 まあなんというか、堕落しそうな今日この頃だ。


「ん……俺には気を使わなくていいよイリス。自分たちで好きなように決めてくれ。俺は風呂とか、空いてる時間に適当に入るから」


「そうはいきません、先生が最優先です! 私たちのことは、先生の奴隷ぐらいに考えてください!」


 ……ときどきイリスは、ナチュラルに危険な発言をする。

 我が天使、ここにも少し教育が必要かもしれない。


「で、ですから、その……も、もし先生がどうしてもと言うなら、一緒に入る覚悟だって……」


 もじもじしながら、そんな爆弾発言まで追加してきた。

 うん、イリスまで、メイファみたいなことを言わないでほしいな。


「あー、分かった分かった。じゃあ俺は、風呂はあとで入るよ。通話魔法具で連絡しなきゃいけない相手もいるしな」


「分かりました。じゃあお食事の準備を先にしますね」


 そう言って、エプロン姿のイリスはパタパタと台所に駆けていった。


 が、台所に消えようとしたところで、壁際からぴょこっと顔を出して、こんなことを聞いてくる。


「その、先生……通話魔法具で話す相手は、先生の昔の彼女さんですか……?」


「ああ、昔の彼女でも何でもないが、多分イリスが想像している相手で合ってる」


「そうですか……。その……先生は、まだその人のこと、好きなんですか……?」


「イリスさん、人の話聞いてましたかね?」


「はうっ! すみませんすみません! 出過ぎた真似を!」


 イリスはぺこぺこと頭を下げて、今度こそ台所に逃げ込んだ。

 ううむ……あれはきっと、言葉が通じてないな……。


 さておき、俺は通話魔法具を取り出して、通話先の番号をダイヤルする。

 呼び出し相手は、王都の勇者学院時代の同僚教師アルマだ。


 何コールかすると、相手が出た。


『もしもし~、みんなのアイドル、アルマ先生ですよ。ブレット先生お久しぶり』


「おう、久しぶり。そっちは相変わらずのようで何よりだ」


『いやぁ、案外そうでもないんだけどね。──ところでブレット先生、今日かけてきたのは、やっぱり例の社会科見学の件?』


 俺が特に何を言ったわけでもないのに、アルマはそう切り返してくる。


 相変わらず察しがいいな。

 アルマとは昔から、会話の波長が合うというか、話していて気持ちがいいんだよな。


「おう、それな。通達きたけど、引率の教師にアルマ先生の名前が書いてあったからさ」


『そうなんだよねぇ……。もうね、サイラスさんにも──いや、ほかに誰も聞いてないからいいか──サイラスのやつにも困ったもんだってわけですよ』


 そう言って、アルマは通話魔法具越しに大きくため息をついた。


 ちょっと予想外の反応だ。

 何かあったんだろうか。


「どうした。アルマ先生も、サイラスから何か嫌がらせでも受けてるのか?」


『うーん……嫌がらせというか、逆に気に入られてしまったことに嫌悪感を隠せないとでも申しましょうか』


「んん……? よく分からないな。もう少し詳しく」


 俺がそう聞き返すと、アルマは再び大きくため息をついた。


『……だからね、サイラスのやつ、どうも最近あたしのことを狙っているようなのですよ、男と女的な意味で。……あのクソジジイ、会うたびにべたべたセクハラしてきやがって。何度その場でぶっ殺してやろうかと思ったことか』


 それを聞いた俺は、さすがにカチンときた。

 怒りが言葉ににじみ出てしまう。


「……チッ。ホントあの野郎、どこまでもクソなやつだな。……で、アルマお前、大丈夫なのか?」


『まぁね、今のところどうにか。長い物には巻かれろって、自分で選んだ道だからしょうがないんだけど、いい加減この生き方もやめたくなってきたよ。ブレット先生を見習おうかなって』


「ははは、俺の生き方も人に勧められたもんでもねぇけどな。貧乏クジ引きまくりだ」


『でも、自分の信念に従って生きているから日々が楽しい──そうでしょ?』


 鋭い切り込み。

 さすが、短くない付き合いだけあって俺のことを分かってやがる。


「ま、実際は幸運に恵まれてるってのもあるけどな」


『新しい教え子たちのことかな。そういえばあれからどう? メイファちゃんたちとはよろしくやってる?』


「その言い方やめれ。まあいろいろあるが、それなりに楽しくやってるよ。三人ともバカスカ成長してるしな」


『バカスカって……まだ教え始めて二週間ぐらいでしょ?』


「バケモノなんだよ三人とも。教えたそばからぐんぐん吸収していきやがる」


『本人がバケモノみたいな勇者のブレット先生にそれ言わせるんだから、相当ってことだね』


 あははと笑うアルマ。

 まあ俺も、バケモノみたいは言い過ぎにしても、自分は勇者としてそこそこの実力をもっているほうだとは自認しているが、それにしても──


「おう、あれは俺なんて目じゃないね。誇張抜きにして、あいつらなら世界最強の勇者になることだって夢じゃない」


『べた惚れですねぇブレット先生。……いいなぁ、若さと才能のある子たちはブレット先生に構ってもらえて。こっちなんてサイラスだよ、サイラス』


「……ひょっとして、例の社会科見学の引率に選ばれたのも、それが関係してんのか?」


『だと思うよ。ブレット先生とあたしが恋仲だと思ってるみたいだよあいつ。だから自分の権力を目の前で見せつけて、あたしに心変わりさせたいんじゃないの? あーやだやだ、反吐が出る』


「……なんだそりゃ。前提から何からめちゃくちゃだな。そもそも俺とアルマ先生はただの同僚教師だってのにな。男と女が仲いいとすぐに男女関係だと思うやつとか、ホント困るよな」


『そーですねっ!』


 アルマは俺の言葉に、投げやりな同意をしてきた。

 何でそこ投げやりなんだ。


 が、そこでアルマは声色を変えてくる。


『でも、おかげでブレット先生と久々に会えるのは嬉しいかな。そこはサイラスのクソジジイのことを評価してやってもいい』


「ははは、俺もアルマ先生に久々に会えるのは楽しみだ。──あ、そうだアルマ先生、ついでに一つ頼まれてもらっていいか? こっちの街で売ってないものがあって、王都で買ってきてほしいんだが」


『ん? なになに、いいですよ。お姉さん、ブレット先生のためだったら喜んで小間使いに走りますよ』


「ああ。とある魔道具なんだがな──」


 ──とまあ、そんなような話をして、俺はアルマとの通話を終了した。


 いやぁ、久々に長話をしたな。

 俺は椅子に座ったまま、体を捻って身をほぐそうとして──そいつらの存在に、そこでようやく気付いた。


「「「じぃー……」」」


「うぉっ!? な、なんだお前ら、いつからそこに」


 いつの間にか三人の教え子が、俺の後ろで見張っていた。

 アルマとの会話に夢中で、全然気付かなかった……。


「兄ちゃん、楽しそうだった」


「先生、私たちと話をするときには、こんなに気を許してくれないのに」


「……意外と手ごわい。……いずれ、決着をつけないといけない」


 三人はそんなことを口走りながら、とてとてと台所のほうに消えていった。


 ……えっと、若干怖いんだが?


 教え子たちがときどき謎の挙動をするので、少し不安になったりもする俺なのである。

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