第27話 打ち上げ

 倒したオークロードの肉体は、しばらくすると崩れ去り、サラサラと灰のようになった。


 俺は洞窟の床に積もった灰の中を探り、一つの宝石を見つけ出した。

 片手でどうにか握れるぐらいの大きさの、紫色の宝石だ。


 その俺の様子を横たわったまま見ていたリオが、がばっと上半身を起こし、興味ありげに聞いてくる。


「兄ちゃん、その宝石みたいなの、何?」


 イリスとメイファも興味津々という様子だった。

 俺は三人に向かって講義をする。


「これは『魔石』と呼ばれるものだ。魔王を倒すとこうして手に入る。これを勇者ギルドに持っていくと、魔王を討伐した証明として賞金がもらえるわけだが──ほれ、リオ」


「うわっ──ととと」


 俺がリオに向かってオークロードの魔石を放ると、リオは慌ててそれをキャッチした。


 そのリオのもとに、イリスとメイファも寄っていく。


 三人はリオの手に収まった魔石を見て、不思議そうな顔をしていた。

 まだ感慨と呼べるほどの実感が湧かないのかもしれない。


「それはお前たちが、自分たちの力で魔王を倒した証だ。勇者として誇っていいと思うぞ」


 俺がそう言ってやると、ようやく実感が湧いてきたようだ。


「これが、オレたちが魔王を退治した証……」


 三人は目をキラキラと輝かせて、リオの手にある魔石を見つめていた。



 ***



 オークロードを倒して洞窟を出た頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。


 村へ戻って魔石を見せ、魔王退治完了の報告をすると、トーマスや村長、それに村の人たちから次々と感謝の言葉を向けられた。


 それは村を脅かす魔王を打ち倒し、村を脅威から救ったことに対する感謝の言葉だった。


 俺は教え子たちを矢面に押し立て、少女たちに感謝の雨を浴びさせる。


 三人は終始照れくさそうにその言葉にさらされていたが、やがて耐えきれなくなったのか、イリスなどは俺の後ろに逃げ込んで隠れてしまった。

 小動物チックな動きが、とても可愛かった。


 その後は村を出て、街へと戻り、勇者ギルドに魔王退治の報告をする。


 受付でリオが代表してオークロードの魔石を見せると、鑑定のためにしばらく待たされた後、報酬が支払われた。


 金貨六十枚。

 黄金色の貨幣の山を前にリオたちがごくりと唾を飲んでいたので、俺はそれを小さな布袋に入れてリオに渡してやった。


 ちなみに金貨六十枚というのは、街で暮らす平均的な人々の給料の二ヶ月分に相当する、結構な額の大金だ。


 リオは金貨の詰まった袋を受け取って呆然としていたが、そのうちぶんぶんと首を横に振って、俺に金貨袋を突き返してきた。


「これ、受け取れない。オレたちはまだまだ半人前だろ。兄ちゃんがいなかったら魔王退治だって全然無理だった。だから──これは兄ちゃんが受け取って」


 またイリスも、それに同意する。


「私もリオに賛成です。それに先生、前に言ってたじゃないですか。私たちにはいずれ、体で払ってもらうって──あっ」


 イリスが言ってから、慌てて手で口をふさぐ。

 ざわっと、勇者ギルドの内部が騒然となった。


 ま、まずい……。

 奥にいる女性ギルド職員たちのほうから、こんな声が聞こえてくる。


「……前のときは誤解だって言ってたけど、やっぱりあの人……」


「でもロリコンでも、あんなイケメンなら……美青年と美少女たちが、教室という誰も来ない密室でイケナイことを……あっ、鼻血が」


「うん、分かった。あんたも一緒に通報しないといけないみたいね。ピポパっと……」


「ぎゃーっ、待って待って! 次のコミックフェスで出す薄い本の妄想をしてただけじゃない!」


 そんな女性ギルド職員たちのやり取りを耳にした俺は、とりあえず教え子たちを引っつかんで勇者ギルドから逃走した。



 ***



 逃走は成功した。


 ちなみに、魔王退治の報酬は俺が預かり、リオたち三人にはお小遣い制で月々幾分かの銀貨を渡すことに決まった。


 そうして勇者ギルドで報酬受け取りを終えたら、あとは村に帰るばかりなのだが。


 俺はひとつ、せっかく教え子たちが困難を乗り越えて彼女らなりの偉業を成し遂げた後なのだからと、ねぎらいのパーティーをしようと考えた。


 というわけで俺たちは、街でパーティーのための食材の買い出しをしてから帰ることにした。


 そんな折、街角でメイファが俺の服をくいくいと引っ張ってきた。

 何かと思えば、こんなことを言ってくる。


「……お兄さん、ボクたちのお祝いなら、ボクはお酒を飲んでみたい」


 メイファは露店で売られている果実酒を指さして、キラキラと目を輝かせていた。


 一般に、お酒は成人である十五歳になってからだ。

 聞いたところによれば、リオが十四歳、イリスとメイファはまだ十三歳らしく、本来ならば彼女らの飲酒はNGである。


 でもまあ、少量なら体に悪影響はないだろうし、保護者が見守る中で子供のうちに経験させておいた方がいいという考え方もあるしな。


「よし分かった、今日だけ許してやる。でも一杯だけだぞ」


「やった! ……話の分かるお兄さんは、好き。……お礼にロリコンのお兄さんがしてほしいこと、少しなら、してあげてもいい」


 そう言ってメイファが俺の腕にへばりついてきたので、俺はメイファの脇腹をくすぐってやる。


 メイファは楽しげに身を悶えさせながら、俺から離れた。


「……くっ……くすぐりとは、卑怯な」


「何度も言うが、そういう大人のからかい方をするんじゃない。いずれ痛い目を見るぞお前」


「……大丈夫。……お兄さんにしか、やらないから」


「だからそれも大丈夫じゃないんだって……」


 俺は大きくため息をつく。


 お兄さんの自制心がもつうちに、やめてくださいね?

 ホントお前ら、冗談にならんぐらい可愛いんだから。


 と、そんなやり取りをしつつ、その露店で甘めの葡萄酒を購入。

 パーティーの食材もたんまり買って、村へと帰った。


 それから自宅でみんなで食事を作って、リビングのテーブルに並べる。

 いつもより料理の品数は多めで、豪勢な食卓ができあがった。


 葡萄酒はリオやイリスも興味を示したので、各自小さめのコップに一杯だけ注いでやる。


「「「「いただきまーす!」」」」


 四人で料理の前で手を合わせて、パーティーの開始だ。


 少女たちは、がつがつはぐはぐと、あるいはむぐむぐもきゅもきゅと、色とりどりの料理と格闘を始める。


「あーっ、この鶏肉のソテーまじうめぇ! ヤバい、無限に食える!」


「リオはもっとサラダも食べないと。あとこのパンも香ばしくておいしいよ」


「……シチューも、いつもと一味違う。……バターをふんだんに使った、堕落の味がする」


 俺はそんな教え子たちの様子を微笑ましげに眺めながら、自分も食事をする。

 子供がたくさん食べているのを見ていると、心が温かくなるよな。


 ……と、そこまでは良かったのだが。


 誤算だったのは、彼女ら三人が三人とも、あまりにも酒に弱かったことだ。


 少女たちは葡萄酒を食事の間に恐る恐る、ちびちびとなめていたのだが、少量の一杯を飲み終える前に、目がとろんとし始めた。


 そしてさらに困ったのは、三人が甘え上戸で、絡み上戸で、抱きつき上戸だったということだ。


 完全にできあがってしまった頃には──


「えへへ~……あのね、オレ兄ちゃんに抱きつくのも、兄ちゃんに抱っこしてもらうのも、本当はすっごい気持ちいいんだ~」


「先生……私、先生の匂いが好きなんです……落ち着いて、くらくらして……こんな変態な女の子、先生は、やっぱり嫌いですか……?」


「……ロリコンのお兄さんは、こうしてボクたちに抱きつかれると、我慢が出来なくなる。……ボクたちに襲い掛かって犯罪者になるのも、時間の問題。……そんなお兄さんを受け入れる準備は、できてる」


 そんな風に言いながら、三人とも俺にへばりついてきていた。


 ……もう途中あたりから、全員口から出てくる言葉がおかしすぎて、俺は彼女らの言うことは片っ端から右から左に聞き流していたわけだが。

 あーあー、聞こえなーい。


 それにしても、どうしようかこの事態……。

 この場面を誰かに見られたら、俺の社会的生存が瀕死になることは間違いない。


 なんて思いながら適当に三人の相手をしていたのだが。

 そのうち三人とも、俺にへばりついたままくぅくぅと寝入ってしまった。


 ……まあ、今日は疲れただろうからな。

 しょうがない。


 俺は三人を寝室の各自のベッドにどうにか寝かせると、パーティーの片づけを俺一人で終わらせた。

 本当は片付けも全員でやるべきなんだが、三人がたくさん頑張った今日だけは特別だ。


 そして片付けが終わった頃には俺にも眠気が襲ってきたので、俺も自分の寝室で床についた。

 今日は本当、俺も疲れたわ……。




 ──そうして教え子たちの初めての冒険が終わった、その数日後。


 俺のもとに、勇者協会から通達が届いた。


 それは俺の元同僚教師アルマが言っていた、サイラスたちの社会科見学を伝える通知だった。

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