第26話 初めての魔王退治(8)

 俺からバトンタッチされた三人の少女勇者たちは、武器を構えて広間の奥へと視線を向ける。


「よし、やるか」


「うん。あいつ一体だけなら」


「……それでも、大変そうだけど。……働きたくないけど、仕方ない」


 三人の視線の先にいるのは、俺に蹴り飛ばされて憎々しげにこちらを睨みつけながら立ち上がる、どす黒い瘴気をまとったオークの姿だ。


 ちなみにだが、魔王となったモンスターは、戦いの場においてはただひたすらに暴力で敵対者を屈服させようとするだけで、逃げたり降参したりする魔王は確認されたことがない。


 暴力・支配・征服への欲求が、生存本能をも上回るという異常性。

 それもまた、魔王の特徴の一つだ。


 そんなオークロードの様子を見ながら、リオが妹たちに向かって言う。


「洞窟の入り口にいた見張りオークのときと、やり方は一緒でいいな? オレらの得意技をぶつけて、ぶっ飛ばす!」


「うん、それしかないもんね」


「……バカの一つ覚え。……もっと芸を覚えたいけど、今はないものねだりをしてもしょうがない」


 少女たちは互いにうなずき合う。

 そして──


「じゃあ行くぜ! 二人とも、援護任せた!」


 リオがオークロードに向かって駆け出した。


 ただリオは、真っ直ぐには進まない。


 洞窟の入り口で見張りオークを相手にしたときもそうだったが、緩やかな弧を描くような形で斜めから切り込んで、イリスとメイファの遠隔攻撃の邪魔にならないようにする。


 このあたりもリオのセンスだ。

 特に教えたわけでもないのだが、抜群の戦闘センスで戦い方をわきまえてくる。


 そのリオが開けた射線を使って、最初に攻撃を仕掛けたのはイリスだった。


「──いけっ!」


 イリスは引き絞ったショートボウから、矢を放つ。


 放たれた矢は、ギュンと風を切って真っ直ぐにオークロードに向かうが──


 フッと、オークロードが身を逸らせた。

 あの鈍重そうな巨体からは想像しづらい、俊敏な動きだ。


 イリスが放った矢は空を切り、奥の洞窟の壁へとぶつかって弾かれた。

 オークロードがにぃと笑う。


「そんな……!? よけられた!?」


「でも、まだ──【炎の矢ファイアボルト】!」


 そこにメイファが魔法攻撃による追撃を放つ。


 メイファのそばの空中に生まれた二つの火の玉が、二条の燃え盛る矢となって発射され、オークロードへと迫った。


 オークロードは相当な反応速度で横に跳んで、それもかわそうとする。


 だが【炎の矢ファイアボルト】には、緩やかながら追尾性がある。

 オークロードの俊敏な回避行動によって一発は外れたものの、もう一発は直撃した。


 しかし──


「……あんまり、効いてない」


 結果を見たメイファの、少し不満そうな声色。


 燃え盛る火炎の一撃は、オークロードの体を覆う瘴気のバリアによって大部分がかき消され、本体にはさほどのダメージを与えていないようだった。


「──はあああああっ!」


 そこにリオが切り込む。

 オークロードがメイファの魔法攻撃に対応した隙をついて、懐にもぐり込み──


「──【二段切り】!」


 リオ得意の連続攻撃を叩き込んだ。

 それは二発とも、オークロードの胴体を綺麗に捉える。


 だが──


 ──ギャリッ、ギャリリッ!

 金属を削ったような音とともに、リオが振るったショートソードが弾かれた。


「なっ……! 硬ってぇ!」


 魔王の瘴気バリアと皮膚の硬さとで、オークロードは高い防御力を誇る。

 リオの攻撃力では、たやすくは突破できないようだ。


 リオは慌ててバックステップし、オークロードから間合いを取ろうとする。

 しかし──


「んなっ……!」


 そのリオを、オークロードが猛然と追いすがった。

 通常種のオークとは、まるでレベルの違う速さ。


 オークロードはにぃと笑い、棍棒を横薙ぎに振る。

 ごうと唸りを上げてリオに襲いかかる、巨大な棍棒の一撃。


「くっ……!」


 回避は間に合わないと悟ったリオが、体の前で両腕をクロスした。

 さらにとっさに後方へと跳ぶ。


 リオの体が吹き飛ばされた。


「──うぁあああああっ!」


「ちょっ、リオ……うげっ」


 吹き飛ばされたリオの体は、ちょうどメイファにぶつかった。

 二人は絡み合い、ごろごろと地面を転がる。


「痛てて……つぅ~、効いた~。でもメイファが受け止めてくれたから、少し痛くなかったな」


「その分……ボクが痛い。……あとリオ、重いから、早くどいて……」


「あ、わりぃわりぃ。それにしてもメイファ、なかなか育たねぇよな」


「……ムカッ。どこに手を置いて言ってる」


「ちょっと二人とも! じゃれてる場合じゃないでしょ!」


 イリスの叱責に、えへへっと笑って立ち上がるリオとメイファ。


 俺はそれらの様子を見て、顎に手を当てて考える。


 ふむ……。

 一瞬ヒヤッとしたが、あいつらのテンションを見た感じ大丈夫そうだな。


 いや、オークロードの攻撃力って、まあまあヤバいはずなんだけどな。


 普通のオークの攻撃でも一般人なら一撃で致命傷レベルだし、魔王補正が加わっていることも考えれば、そのパワーは相当のモノのはず。


 でもリオの勇者としての打たれ強さに加えて、自ら後方に跳んで衝撃を逃がすといったとっさの立ち回りの巧さもあって、大ダメージにはならなかったようだ。


 あの様子なら、このまま見ていても大丈夫そうだが──

 まあでも、一応本人たちにも聞いておくか。


「おーい三人とも、大丈夫か? ギブアップなら代わるが」


「へっ、このぐらいどーってことねぇよ、兄ちゃん」


「……これからボクたちの反撃。……ここで代わられたら、お兄さんを恨む」


「先生、大丈夫です。もうだいたい分かりました。あれなら──勝てると思います」


 リオ、メイファ、イリスから頼もしい言葉が返ってきた。

 ん、引率の先生の出番は、もうなさそうだな。


「よし──じゃあやってみろ」


「「「はい!」」」


 三人は元気よく返事をして、散開した。


 リオがまた、オークロードに向かって駆けていく。


 一方でイリスとメイファは、互いにうなずき合うと、タイミングを合わせて弓と魔法の準備を始めた。


「──はっ!」


 イリスが、引き絞った弓から矢を放つ。

 オークロードはそれを、にやりと笑って先と同じように回避するのだが──


「……それを、待ってた──【炎の矢ファイアボルト】!」


 先ほどと違ったのは、メイファが魔法攻撃を放ったタイミングだ。

 一拍、早い。


『──ッ!?』


 ──ボボンッ!


 オークロードが困惑の表情を浮かべたのと、メイファが放った二弾の火炎の矢がオークロードに直撃したのが、ほぼ同時だった。


 イリスとメイファが、ニッと笑い合う。


 なるほどな。

 二人の攻撃タイミングを絶妙に合わせることで、オークロードがイリスの矢への回避行動をとった瞬間に、メイファの【炎の矢ファイアボルト】が直撃するようにしたわけだ。


 イリスの矢を囮に使って、メイファの魔法が本命。

 連携プレイで先よりも大きいダメージをオークロードに与えていた。


 それでももちろん、瘴気のバリアに阻まれて大ダメージは与えられないのだが──


「うわぁ、やっぱり硬いね……でも」


「……うん、まったく効いてないわけじゃない。……一発で大ダメージを与えられないなら、連発して大ダメージにするだけ」


 イリスとメイファは、再び攻撃の準備を始める。

 よし、それでいい。


 一撃で大打撃を与えられずとも、へこたれずに何度でも攻撃する。

 魔王退治には必要な考え方だ。


 魔王化したモンスターは攻撃力、防御力、敏捷性ともに向上するのだが、中でも特に著しいのが防御力の増加だ。


 単に固くなるというのもあるし、加えてあの瘴気は衝撃を緩和しダメージを一定割合で軽減するような力も持っていると言われている。


 だから魔王が倒れるまで、勇者は何度でも攻撃する必要がある。

 一撃一撃の効果が薄いからと心を折られていたようでは、勇者は務まらないのだ。


 ──そして、それに続くのはリオだ。


 メイファの【炎の矢ファイアボルト】が二弾直撃しても怯んだ様子のないオークロードに、猛烈な速度で突進していく。


 リオが手にした剣には、勇者の力の発現たる青い燐光を宿っている。

 それは【二段切り】ではない、彼女がもう一つ修得しているスキルの輝き──


「これならどうだよ──【スマッシュ】!」


 ズシャアッ!

 リオの剣がオークロードの脇腹を切り裂いて、そのまま敵の後方まで切り抜けた。


 リオが放った【スマッシュ】の一撃は、確かにオークロードに手傷を負わせていた。


 連撃を仕掛ける代わりに一撃の威力がわずかに落ちるという【二段切り】は、普段使いには便利なんだが、防御力が高い敵に遭遇すると途端に手も足も出なくなる。


 一方の【スマッシュ】は、一撃ながら威力の高い攻撃を放つ技だ。

 防御力が高い敵には【二段切り】よりも有効打が出せる。


 もちろん一撃で致命傷になるようなものではないが、かすり傷というほど小さなダメージでもない。


「うっし、通った!」


 嬉しそうなリオの声。


 だが慢心したわけではない。

 リオはすぐに振り返ると、ぶんと闇雲に振るわれた棍棒の一撃をバックステップで回避。


 そしてさらにもう一撃、オークロードが小さな勇者を叩き潰さんと、猛烈な勢いで頭上から振り下ろした棍棒を──


「たしか、兄ちゃんがやってたのは──こう!」


 ──ガギンッ!

 リオはショートソードで、振り下ろされる棍棒の横っ腹を叩きつけ、その軌道を逸らしていた。


 ずぅんと地鳴りのような音を立てて、オークロードの棍棒がリオのすぐ横の地面へと突き刺さる。


 それを見た俺は──


「う、嘘だろ……?」


 驚きを隠せず、そうつぶやいていた。


 あれはどう見ても、【パリィ】の動き。

 リオにはまだ教えていないスキルのはず。


 まさか──

 さっきの俺の戦いを見ただけで、動きを盗み取ったっていうのか!?


 もちろん完璧な再現ではないのだが、実用できるレベルでいきなり使いこなしただけでも、十分に意味が分からない。

 ていうか、本当に意味が分からない。


 そして、オークロードがリオにばかり構っていれば──


「魔王さん──背中がお留守!」


「……もっと、そうしているといい──【炎の矢ファイアボルト】!」


『──グギャォオオオオオオオッ!』


 リオに夢中になっていたオークロードの背中に、イリスが放った矢とメイファの【炎の矢ファイアボルト】がたて続けに突き刺さる。


 オークロードは苦悶の叫び声をあげ暴れまわるが、リオはそれを慎重に見て回避していく。


 それを見て、俺は思った。

 ……あー、これはもう、勝負ついたな。


 そんなわけで、俺はあとは安心して、教え子たちの立ち回りを見守るモードに入った。


 リオ、イリス、メイファの猛攻で次々とダメージを負い続けるオークロード。


 逆にオークロードの攻撃はなかなかリオを捉えることができず、たまに攻撃が命中しても、リオへのダメージがかさんでくればイリスが【癒しの水ヒールウォーター】で治癒してしまう。


 戦闘こそある程度長引いたものの、やがてオークロードの生命力も尽きる。

 三人の猛攻を受け続けた魔王は、ずぅんと音を立てて、ついには倒れた。


 敵が動かなくなったのを確認して、リオは地面にばったりと大の字に倒れ、イリスとメイファもへなへなとその場に崩れ落ちる。 


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ようやく……倒した……」


「つ、疲れた……」


「……も、もうやだ……働きたくない……」


 ぜぇぜぇと荒く息をつく、三人の少女勇者。


 俺はそんな教え子たちのもとに歩み寄って、ねぎらいの言葉をかける。


「お疲れさん──よくやったな、リオ、イリス、メイファ」


 俺がそう言うと、三人は少し笑って、申し合わせたようにみんなVサインを見せてきた。


 うちの教え子たちは何をやっても最高に可愛いなぁと思った俺だった。

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