第20話 初めての魔王退治(2)

 勇者ギルドでオークロード退治を申請した俺は、三人の教え子とともに街の大衆食堂で昼食をとると、その足でファブル村へと向かった。


 ファブル村は、オークロードが潜むと目されている洞窟の最も近くにある村だ。


 俺は村にたどり着くと、まず村長の家へと向かった。

 村人に案内されて、村で一番大きな木造の住居へ。


 家の扉をノックして魔王ハンターとして街から来た旨を伝えると、奥の応接室へと通された。


 応接室にいたのは二人。

 村長と思われる老人と、もう一人、腰に剣をさげた男だった。


 剣をさげた男は、左腕を包帯で巻いて吊るしていた。

 怪我をしている様子だ。


「おおっ、あなたがたが魔王ハンターとして来てくださっ……た、方々なのです、よね……?」


 村長と思しき老人は、最初俺たちを歓迎するような声を上げたのだが、後半は疑問符へと変わった。


 まあ俺たちの姿、見た目だけだと三人の幼い美少女を連れた優男ぐらいにしか見えないだろうし、無理もない。


 俺は特に気にせず、村長と思しき老人に向かって手を差し出す。


「リンドバーグの街の勇者ギルドから、魔王の情報を受けてきました。あなたは村長どのとお見受けしますが──そちらの方は?」


「お、おお、そうですか。失礼をいたしました。確かに私がこの村の村長です。──そしてこちらは、我が村の守り手まもりての勇者、トーマスでございます」


「トーマスです。よろしく」


 包帯の男──トーマスは、包帯をしていないほうの右手を差し出してきた。


 ちなみに村長が言った「守り手」というのは、勇者の中でも村などの小集落に滞在して、その集落の日々の防衛にあたる人々のことだ。


 集落によって守り手のいるところといないところとがあるが、弱いモンスターによる襲撃程度ならこの守り手だけで即時の撃退が可能なので、村人から徴収した自治会費から給料を出して守り手を抱えている集落も、決して少なくはない。


 俺は村長との握手を終えると、次にトーマスとも握手をする。


「ブレットです。今は魔王ハンターが本業じゃないんですが──これが俺の今年のステータス検定の結果になります」


 外見から不安を抱かれている可能性を懸念した俺は、自己紹介代わりに自分の勇者カードをトーマスに渡して見せた。


 勇者カードは、毎年一回行われる勇者のステータス検定試験の結果を表したカードだ。


 魔導撮影機で撮影した勇者の本人確認写真とともに、測定した各種ステータスや、そこから導き出される認定勇者レベルなどが記されている。


 そして、俺の勇者カードを見たトーマスは、驚いたというように目を見開いた。


「なっ……!? ど、どうしてこんな高レベルの方が、こんな案件に……」


「いや俺、さっきも言いましたけど、今は魔王ハンターが本業じゃないんですよ。勇者学院で教師をやっていまして。──それでこいつらに、実戦経験を積ませてやりたくて」


 俺はそう言って横手に退き、俺の後ろに控えていた三人の教え子たちを示した。


 それを受けて、イリスが慌ててぺこりと頭を下げ、リオも軽く会釈する。

 さらにメイファが興味なさそうにしていたのを見て、イリスが無理やり頭を下げさせた。


 それを見たトーマスは、またも驚いたという表情を見せる。


「ほ、本気ですか……? こんな可愛い……じゃなかった、こんな幼い子供たちを、実戦に出すなんて……」


「ええ。でも勇者学院ができる前の時代には、みんなやっていたことですよ。ベテランの勇者が、まだ幼い勇者を実戦に同行させて面倒を見ながら育てる。スキルの訓練や座学だけじゃ身につかないものもありますから」


「まあ……そうですね。勇者学院を卒業していても、実戦を経験していない勇者は危なっかしいですからね……」


 トーマスはさすがに現場で活動している勇者らしく、俺のやり方の意義をすぐに分かってくれたようだった。


 これが勇者協会の上のほうのやつらを相手にすると、まるで通じないからなぁ……。


 と、俺はもう一つ、気になっていたことをトーマスに聞く。


「ところでトーマスさん、失礼ですが、その左腕はやはり──オークロードに?」


 俺のその不躾な質問に、トーマスは神妙な面持ちでうなずいた。


「はい。恥ずかしながら、村人が見かけたというオークを討伐に向かって、そこで魔王化したオークに出遭ってこのザマです。私の力では、命からがら逃げてくるのが精一杯でした」


「治癒魔法は使えないですか」


「はい。修得していれば便利なんでしょうが、私には適性がなくて。いずれ街に行って治癒魔法をかけてもらおうとは思っているのですが、いま私がこの村を離れてしまうと、村のことが心配で」


 なるほどな。

 だったらちょうどいい。


「じゃあトーマスさん、その怪我、治癒させてもらっていいですか?」


「えっ……? は、はい、もちろんですが……」


「よし、それでは──イリス」


「は、はいっ!」


 俺が呼ぶと、イリスがびしっと背筋を伸ばした。

 うん、緊張しすぎである。


「聞いての通りだ。出番だぞ」


「え、で、でも……」


「大丈夫だ、何度も練習しただろ。それにどう転んだって、何も迷惑をかけることなんてない。自信を持ってやってみろ」


 俺がそう言ってイリスの頭をなでると、イリスは目をバッテンにして、耳まで真っ赤になってぷるぷるとした。


 が、やがて──


「わ、わかりました……やってみます」


 そう言って瞳に決意を宿し、トーマスの前まで歩いていった。


「あの、トーマスさん、失礼します」


「あ、ああ」


 トーマスは年甲斐もなく、少し恥ずかしそうな様子で及び腰になっていた。


 うんうん、分かるぞトーマス。

 イリスみたいな超絶美少女に寄られて、男として緊張しないわけがないもんな。


 でもダメだぞ。

 うちの子のことをいやらしい目で見たら、その両目をメイファの槍使って二段突きでぶち抜くからな。


 という脳内での冗談はともかく──


 イリスはトーマスの前に立つと、すぅと深呼吸をする。


 そして次に、祈りを捧げるように両手を組んだ。

 イリスの全身を、魔力の輝きが覆い始める。


 ちなみに、別に魔法を使う際にあんなポーズをとる必要はないのだが、あれはイリスのクセというか、彼女なりの魔法イメージの作り方なんだろうと思う。


 イリスは今、必死に頑張っているのだ。

 そんな教え子の姿を見て、俺はいてもたってもいられなくなり、彼女にエールを送る。


「イリスーっ! お前ならできる、頑張れー! パパは応援してるぞー!」


「……お兄さん、うるさい。……それじゃイリスが集中できない」


 メイファからツッコミを入れられた。

 しょぼーん。


 一方でイリスは、俺がそんなことをしている間にも、魔法を完成させていた。


「──【癒しの水ヒールウォーター】!」


 愛らしくも凛としたイリスの声が、応接室に響きわたる。

 と同時に──


 ──ぴちょん。

 トーマスの左腕の上、空中から光り輝く水滴が落下した。


 その水滴がトーマスの左肩に落ちると、治癒の魔力を帯びた光がトーマスの左腕全体へと広がっていく。

 そして──


 やがてトーマスは驚きの表情を見せ、さらにはその左腕をぐるんぐるんと回してみせた。


「おおっ……! すごい、腕が動くぞ! それに痛みも取れている! ──ありがとう、小さな勇者よ!」


「は、はいっ。治ったなら、良かったです」


「何かお礼をしないと……! ──そうだ、失礼かもしれないけど、通常の治療報酬でいいかい?」


「え、ええっ……?」


 イリスはトーマスから、金貨を一枚渡された。


 困ったイリスが、どうしようという目で俺のほうを見てくるので、俺は少女に向かってうなずいてやる。


「いいよ、もらっておけ。イリスの仕事に対する正当な報酬だ」


「え、えっと……はい、分かりました。先生が、そう言うなら……」


 イリスは両手で持った金貨をじっと見つめると、それをきゅっと握りしめて、胸の前で抱いた。

 そして──


「えへへ~」


 イリスはとても嬉しそうに笑った。


 それはイリスが自分の力で稼いだ、初めてのお金だった。

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