第19話 初めての魔王退治(1)
翌朝。
リビングで朝食を終えると、俺は教え子たちに伝える。
「よし、今日はこの一週間の締めくくりとして、魔王ハンターの仕事を実際にやってもらうぞ。三人とも、心の準備はいいか?」
俺がそう宣言すると、俺の前に立った三人の教え子は、みんなごくりと唾をのんだ。
それは昨日のうちに三人には伝えておいたことで、俺がやっているのはあらためての確認だ。
俺はさらに続ける。
「今のお前らの実力なら十分にやれると思うが、万一のときは俺が助けに入るからな。気負いすぎず、やれることをやればいい」
そう伝えても、三人が真剣な面持ちを崩すことはなかった。
あのメイファですら、緊張している様子だ。
まあ当然だろう。
というか、初めての実戦で緊張しない、魔王ハンターの仕事をなめ腐っている勇者学院の生徒がいたら、そいつには小一時間説教をしないといけないだろう。
しかしその点、うちの教え子たちに侮りの様子は見られない。
天才だから図に乗るかと思えば、意外とそんなことはないのがこいつらだ。
その点を疑問に思ってそれとなく聞いてみたこともあるのだが、そのときリオからはこんな答えが返ってきた。
「いや、だってオレたち、普段から兄ちゃんのすごさ見てるし。自分より全然すげぇ人がすぐそばにいたら、オレなんて全然まだまだだって思うじゃん」
──とまあ、こんな具合だ。
人並み外れた才能を持っているからこそ、逆に教師を自分と同じステージに立っている存在として見られるのかもしれないが。
まあ何にせよ、末恐ろしいことだ。
とは言え、今の三人は少し気負い過ぎかなとも感じる。
ガッチガチに緊張していても高いパフォーマンスは出せないから、少しはほぐしてやる必要があるだろう。
俺は三人の目の前まで進み出て、安心できるように彼女らの頭をなでてやる。
「大丈夫だ。リオ、イリス、メイファ──今のお前たちならやれるさ。さっきも言ったが、本当に危なくなったら俺が助けるから。お前たちはあまり心配しないで、自信をもってぶつかってこい」
「「「──はい!」」」
今度こそ元気よく返事をする三人。
ちなみにメイファなんぞは、普段は俺のことをあまり尊敬しているようには見えないんだが、こういうときはしっかり生徒モードに切り替えてくるから大したもんだと思うわ。
***
そんなわけで俺たちは、まず件の最寄りの街へと向かった。
街に着くと、勇者ギルドへと足を踏み入れる。
勇者ギルドの一角には掲示板があり、そこには何枚かの魔王情報が貼り出されていた。
俺はそれらの貼り紙をざっと見て回る。
「ゴブリンロードの情報でもあるとベストなんだが……ないか。──なら、次点でこいつだな」
俺は掲示板にあった貼り紙のうちの一枚を手に取って、受付のカウンターへと向かった。
ちなみに三人の教え子たちは、そんな俺の一挙一投足を見逃すまいという様子で、俺の行動をしっかりと見ていた。
特に教わらずとも、学べるものは自分から学んでいこうとするこういった姿勢は、本当に好ましい。
こうした優秀な生徒たちには、教師はちょっと手助けをしてやるだけでいい。
俺は三人に、手に取った貼り紙を見せてやる。
「今回お前たちには、この魔王の討伐に挑戦してもらおうと思う」
そう言って俺が見せた魔王情報の紙には、こんな情報が記されていた。
――――――――――――――――――――
魔王:オークロード
推定モンスターレベル:八
確認されている配下:オーク四体以上
確認された場所:ファブル村の北の洞窟
討伐報酬:金貨六十枚
――――――――――――――――――――
するとそれを見たイリスが、さっそく質問をしてきた。
「あの、先生。掲示板には何枚か魔王情報が貼ってありましたけど、先生は主にどこを見て、その魔王情報を選んだんでしょうか」
「お、さすがイリス。目の付け所が鋭いな」
俺がそう言ってイリスの頭をなでてやると、イリスは「あ、あう……」とつぶやいて、頬を真っ赤にしてしまった。
上目づかいでこっちの様子をうかがってくる姿が超絶可愛い。
何この天使。
それはさておき、俺は質問に答えていく。
「イリスの質問に対する答えだが──魔王情報でまず見るべきは、『推定モンスターレベル』だな。モンスターレベルが高い魔王はそれだけ強いってことだから、実力が身についていないうちは避けること。モンスターレベルが十以上の魔王は、最初のうちはやめておいたほうがいいな」
「ふぅん……じゃあ兄ちゃん、この『オークロード』っていう魔王の『推定モンスターレベル:八』ってのは、結構弱いほうなの?」
リオがそう聞いてくる。
これに対する返答は、なかなか難しい。
俺は慎重に言葉を選び、答えていく。
「まあそうだな。魔王としては弱いほうだ。でも今のリオたちにとっては──」
「分かってる。侮ってかかったりはしないって」
「よし、そうだ。それでいい」
「んっ……」
俺がなでなでをしてやると、リオは少し赤くなって片目をつむり、俺の行為を気持ちよさそうに受け入れていた。
俺の気のせいかもしれないが、最近リオが、前よりも少し従順になってきているように感じる。
ともあれ、魔王の強さの話に戻ろう。
リオたちには十レベル以上の魔王は避けたほうがいいと言ったのだが。
最弱クラスの魔王として頻繁に見かける「ゴブリンロード」だと、推定モンスターレベルは五だ。
これが最低ランクなので、魔王ハンターに最低限要求される実力は、こいつを複数人のハンターでパーティを組んで危なげなく討伐できるだけの実力、ということになる。
そして、勇者学院の卒業生に最低限要求される実力というのも、この水準だ。
最低でもその程度の実力はないと、実務が覚束ないからだ。
もちろん最低限なので、全員が全員その水準止まりというわけではないが。
そう考えると、今回選んだ「オークロード」の推定モンスターレベル八というのは、魔王ハンター業で日々の暮らしを営んでいる勇者──つまりプロの魔王ハンターであっても、未熟な者たちにとってはまあまあの強敵、ということになる。
「……つまり、ボクたちにとっては、八レベルのオークロードは、相手にとって不足なしということ。……恐れなくてもいい、でも、油断はしたらダメ」
メイファがそうまとめる。
俺はメイファにも、頭なでなでを敢行する。
メイファは珍しく素直に、少しだけ嬉しそうな顔をした。
「そういうことだ。──で、そうやって討伐したい魔王が決まったら、こうして魔王情報の貼り紙を持ってきて受付で手続きをする。分かったか?」
「「「はーい」」」
三人から元気な返事が返ってきた。
それにしても──打てば響くようなこの教育環境は、素晴らしいな……。
こんな環境でずっと教えていると、俺のほうが堕落しちまいそうだ。
普通はこんなにサクサク進まないからな。
うちの教え子たちは、ちょっと可愛すぎると思うんですよね。
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