第18話 同僚からの魔法通話(2)

 甘かった。


 俺はすぐにアルマにかけ直したのだが、出てくれない。

 何度もかけ直したが、出てくれない。


 やがて俺はあきらめた。


 終わった……。

 俺の人生、すべて終わった。


 こうなったら、元凶となったメイファだけでも道連れにして山に埋めてやろうか、などと考えながら自宅で教え子たちとともに夕食をとり、風呂に入り、リビングで今後のことをぼんやり考えていたとき──


 通話魔法具が鳴った。


 俺は慌ててそれを取り出す。

 相手先には「アルマ」と表示されていた。


 俺は一も二もなく通話を受けた。


「──アルマ先生、聞いてくれ! あれは誤解なんだ!」


『……ほーん、誤解ね。あたしを捨てて僻地に行った男が、新天地で教え子に手を出してよろしくやっていると知ったあたしは、とてもショックだったんだけど? 一応言い訳を聞きましょうか』


 アルマの声は冷たかった。


 彼女の言っている文脈が思っていたのと違う気がして、お前は俺の元カノか何かかと突っ込みたい気はしたのだが、そんなことを突っ込める雰囲気でもなく。


 俺は必死に説明した。

 包み隠さず、本当のところを誠心誠意説明した。


 するとやがてアルマの声が、理解の色を帯び始めた。

 ふんふんと言って聞いていた元同僚女性教師は、俺がひと通り説明したあと、こうまとめてきた。


『えーっと……つまりブレット先生は今、三人の超絶可愛い美少女な教え子たちと甘い共同生活をしていて、その子たちにメロメロであると。ただし手は出していないと、そこだけは信じろと、そういうことですか』


「……甘い共同生活、というあたりに誤解が残っているのと、メロメロの意味合いがだいぶ違う気もするが、まあ概ねそういうことだ」


 俺がメロメロなのは彼女らの才能に、である。

 そこのところを間違えないでいただきたい。


 いやまあ、リオもイリスも、なんならメイファもすごく可愛いとは思うが。

 それはそれ、これはこれだ。

 教師と教え子の範疇を抜けてはいない……と思う。


 そんな一方で、通話魔法具ごしのアルマの声は、何やら拗ねたような様子だった。


『ふーん。こっちは超絶美少女じゃなくてわるぅございましたね。ブレット先生は、ピッチピチの若い子じゃないと興味がないんですね』


「いや待て、んなこと一言も言ってねぇだろ。お前まで俺をロリコン呼ばわりかよ」


『けっ、ババァですみませんね』


「あの、アルマ先生まだ二十二歳ですよね? っていうか、怒ってるポイントおかしくね?」


『ふーんだ』


 通話魔法具ごしの声だけで、アルマが頬をぷっくりと膨らませて拗ねている姿が、如実に想像できてしまう。


 しかしこの元同僚女性教師が、何に拗ねているのかがさっぱり分からなかった。

 俺の不徳に関して、倫理的なことを責められるのなら分かるのだが……謎だ。


 と、そこでアルマが、声色を変えてくる。


『まあいいですけどね、信じましょう。付き合いも短くないし、話し方を聞けば今のブレット先生が嘘をついていないことぐらいは分かるから』


「すまん、助かる。今度会ったときにでも、食事の一つも奢るよ」


 よかった……。

 やはり持つべきものは、理解ある同僚教師だ。

 食事ぐらいは奢って、しっかり機嫌を取っておかないとな。


『ふふふ、そのデートは楽しみにしておきますね、ブレット先生。──ところで、話変えてもいい?』


「おう。そっちで何か面白いことでもあったか?」


『うーん、面白くはないかなぁ……。あのね、サイラスさんが妙なことを言いだしたから、伝えておこうと思って』


「──妙なこと? サイラスのやつ、また何か良からぬことでも企んでやがるのか?」


 およそ半月前。

 王都の学院で理事長室に呼ばれて、ずいぶんと理不尽な茶番劇を演じさせられたあのときのことを思い出す。


『うん。あのね、「王都の学院の生徒たちを、社会科見学に連れていってはどうか」なんて言い出したんだ。で、それがもう上の方でほとんど通っちゃってるんだよ』


「社会科見学……? 何だそりゃ。現役魔王ハンターの仕事でも見学させるつもりか?」


 だとしたら、見学される側の魔王ハンターにとっては甚だ迷惑な話だが、生徒たちにとっては実地を見ることができるのは有益かもしれない。


 サイラスにしては面白いことを考えたな、などと思ったのだが──


『ううん、そうじゃないんだ。サイラスさんが生徒たちを連れて見学に行こうとしているのは──ブレット先生、あなたの職場に、だよ』


「……は?」


 何を言われたのか、よく分からなかった。


「えっと……俺の職場に、王都の学院の生徒たちが社会科見学に来るってことは──ここに来るってことか?」


『うん、そういうこと』


 ……冗談だろ?


「いや待て、そもそも何のためにだよ。だいたい王都からここまで片道で一週間もかかるぞ。往復で二週間だ。あり得ないだろ」


『ひとつずつ答えるね。まず「何のために」だけど、「いかに王都の教育環境が恵まれているかを生徒たちに再確認させることで、彼らの学習意欲を高めるため」だって』


「…………」


 吐き気のするような教育理論だった。

 サイラスの考えそうなことだ。


「……で、わざわざ往復二週間もかけてここまで来るだけの意義は?」


『うん、そっちはね、日帰りで帰る方向性みたいだよ。つまり──転移魔法陣を使っての瞬間移動だね』


「なっ……!?」


 アホか!?

 転移魔法陣を使っての瞬間移動とか、一回使うだけで俺の月収が軽く吹き飛ぶぐらいの超高級移動手段だぞ?


 転移魔法陣──


 それぞれの街や都市には普通、その「転移魔法陣」と呼ばれる魔法設備が必ず一つは用意されていて、それらの魔法陣同士では魔法を使った移動が可能になっている。


 それを使えば、街から街へ、あっという間にひとっ飛びというわけだ。


 ただその魔法陣を起動するには、途方もない量の魔力が要求されるため、通常、何十人もの勇者が集まって儀式を行い、一斉に魔力を注ぎ込む必要がある。


 その結果として、転移魔法陣を使用しての移動には、凄まじい利用料が要求されることになるのだが──


「いやいや、そんなバカげた予算、どこから下りるんだよ」


『そりゃあまあ、サイラスさんだし? あと金持ちの家から協賛と出資を募って、その家の子たちを優先して連れていくみたいだよ』


「無茶苦茶だ……」


 俺は大きくため息をついた。


 だが何となく想像はつく。


 サイラスや、その周辺の連中の考えることだ。

 腐れたエリート意識──若いうちから、自分たちは平民出の勇者とは違うんだということを自覚させ、自尊心を獲得させようとかいう狙いもあるのだろう。


 だが、サイラスの一番の狙いはといえば、おそらく──


「あいつ、そこまでして俺を潰したいのかよ……」


『そうみたいだね。ブレット先生を王都から追い出しただけじゃ、飽き足らないみたいでさ』


 つまりは、俺をあざ笑いに来るというのが、サイラスの一番の目的なんだろう。

 生徒たちに俺の惨めな姿を見せつけることで俺をへし折ってやろうと、そういうわけか。


 あるいは同行する生徒たちに、自分に逆らったらこうなるんだぞと、自身の権力を見せつける目的などもあるのかもしれないが──


「……はぁ。何とも執念深いことで」


『本当にね。多分そっちにも、近いうちに通達が届くと思うよ』


「わかった。貴重な情報サンキューな、アルマ先生」


『いえいえ。あたしも久々にブレット先生と話せて楽しかったよ。──あ、そうだ。最後にひとつ──メイファちゃんだっけ? その子に伝言お願いできる?』


「……ん? メイファに伝言? 何だよ」


 突然、アルマがひょんなことを言いだした。

 俺が耳を傾けていると、アルマはさらによく分からない言葉を口にする。


『うん──「負けないからね」って、そう伝えておいて』


「はぁ……? 何だそりゃ」


『ふふん、鈍感なブレット先生には内緒。伝えれば、その子なら分かるよ。じゃあね』


「お、おい、アルマ──」


 ──ピッ。

 ツー、ツー、ツー。


 ……切れやがった。

 いったい何なんだ……?


 その後俺は、風呂上がりの姿でふらふらしていたメイファを見かけたので、声をかける。


「おい、メイファ」


「……ん。……お兄さん、さっきの人と通話、つながったみたいで、よかったね」


「聞いてたのか。あとお前が言うなお前が。──それより、その通話の相手がお前に『負けないからね』って伝えとけって言ってたんだが、意味分かるか?」


「……ふぅん。……そう、分かった。……面白い、受けて立つ」


 メイファはそう言ってにやりと笑い、そのまま自分の寝室に引っ込んでいった。


 ……本当に通じたよ。

 わけ分かんねぇー。

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