第21話 初めての魔王退治(3)

 その後俺たちは、オークロードが発見されたという洞窟へと向かった。

 村を出て、森の木々の間をトーマスに案内されて歩いていく。


 その道すがら、俺はオークというモンスターへの基本的な対応法について、教え子たちにレクチャーをしていった。


「さて、これから戦うオークだが──こいつはパワーとタフネスが自慢の、近接攻撃型のモンスターだ。その代わりに、動きはかなり鈍い。リオたちの敏捷性なら、よく見ていけば攻撃はまず回避できるはずだ。ただし複数のオークに囲まれたら危険だから、それは極力避けること。いいな?」


「「「はーい」」」


 三人から元気のいい返事が返ってくる。

 うーん、可愛いなぁ本当。


 俺はさらに、教え子たちに聞いていく。


「戦闘での注意点は今言ったとおりだが──もっと一般的な知識として、オークがどんなモンスターか知ってるやつはいるか?」


 そう聞くと、メイファが挙手をした。

 俺が指名すると、メイファはこくんとうなずいて答える。


「……オークは人型のモンスター。……大きくて、太ってて、顔が豚に似ていて、肌は緑色。大きな棍棒を振り回して攻撃してくる」


「ん、正解だ。よくできました」


 俺はメイファの頭をなでてやる。

 メイファが少し嬉しそうな顔をした。


 また、それで得意になったのか、メイファはさらに説明を続ける。


「……オークの種族的特徴は、その性欲の強さにある。……オークは異種族の女性を襲って子供を産ませる。……下半身の棍棒の攻撃力も絶大、それを叩き込まれた女性は耐えられな──痛いっ」


 俺はメイファの頭にチョップした。

 メイファは涙目で、頭をさすりながら恨みがましそうに俺を見てくる。


「……ひどい。……お兄さんが、説明しろって言ったのに」


「メイファみたいな可愛らしい子が、そんなお下品なことを口にしちゃいけません! パパは許しませんよ! ──だいたいお前、そんな知識どこで仕入れてきたんだよ」


「……母親が持っていた、エッチな本」


「お、おう、そうか」


 ……すでにこの世にいない人の悪口を言うのもあれだが──こいつらの母親、思っていた以上にヤバいな。


 いや仮に性癖だったとしても、オークに(ピーッ)されるエロ本なんて、子供の目に触れる場所に置いとくなよ。


 とかまあ、そんな話はいいとして。


 しばらく歩いていくと、やがて俺たちは、オークロードの根城と思しき洞窟が見える場所までやってきた。


「本当に、ここまででいいんでしょうか? やはり私も一緒に戦ったほうが……」


 案内役のトーマスがそう聞いてくる。


 イリスの魔法で傷が癒えたトーマスは、自分もオークロードの討伐に参加すると言ってきたのだが──


「いえ、先にも言ったとおり、こいつらに経験を積ませたいんで。それに保護者としては俺が付いているから大丈夫です」


「分かりました。たしかにブレットさんのような凄腕の勇者がついていれば、心配はないですね。──ではすみませんが、私はここまでで。よろしくお願いします」


 トーマスはそう言って俺に頭を下げると、村のほうへと立ち去っていった。


 ──よし、それじゃあ始めるか。

 俺は三人の教え子を手招きする。


 そして俺のもとに集まった教え子たち、一人ひとりに目を合わせて言った。


「さて、それじゃあ本番だ。リオ、イリス、メイファ──三人とも準備は良いか」


「うん、兄ちゃん」


「はい、先生」


「……少しドキドキはしてるけど、大丈夫、やれる」


 俺に向かって、真っすぐな眼差しを返してくる教え子たち、

 よし、いいコンディションだな。


 それを確認した俺は、オークロードの洞窟へと視線を向けた。


 俺たちが今いる場所は、洞窟から少し離れた場所にある森の中だ。


 現在俺たちは太い木の幹の後ろに隠れていて、少し身を乗り出せば洞窟の入り口が見える位置にいる。

 ただしそれをすると、向こうからもこちらの姿が捕捉されてしまう危険性がある。


 ちなみに「向こう」というのは、洞窟の入り口の前に立っている一体の見張りオークのことだ。


 でっぷりとした緑色の巨体が、大きな棍棒を持って洞窟前に立っている。

 今のところ、こちらに気付いている様子はない。


「──よし、お前たち。あそこにオークの見張りが立っているのは、分かっているな?」


 俺がそう聞くと、三人はみんな無言でうなずく。

 それを確認して、俺は三人に課題を出した。


「じゃあ三人で、あれを倒す方法を考えてみろ。決まったら俺に教えてくれ」


 教え子たちは、こくりとうなずいた。

 それから三人は、ああだこうだと戦い方の議論を始めた。


 ──ただ実際のところ、選択肢はさほど多くない。


 三人ともできることはかなり限られていて、この状況下なら正解と呼べる戦術はわりと明白だし、彼女たちならそこにたどり着くのは簡単だろう。


 メイファは何やら搦め手の提案もしていたようだが、それは確実性の点で正攻法に劣るという結論で、最終的に意見が一致したようだった。


 戦い方が決まったようだ。

 リオが代表して、俺に伝えにくる。


「よし、決まったみたいだな。教えてくれ」


「うん。すっげぇシンプルなんだけど──まずイリスの弓と、メイファの【炎の矢ファイアボルト】とで遠隔攻撃を仕掛ける。その間にオレが突っ込んで、接近戦でトドメを刺す。──それでどうかな、兄ちゃん……?」


 少し不安そうな、テストの採点を待つかのようなリオたちの表情。

 俺の考えは──


 ──まあ、それが順当だろうなと思った。


 各自の最も得意な攻撃方法で、集中攻撃を仕掛けて倒す。

 基本的にはそれが正解といっていいだろう。


 ただ実戦では、選択した戦術が正解かどうかに固執しすぎると、痛い目に遭いかねない。


 というのは、結果がすべてだからだ。

 仮に決行前の段階で見えている情報の範囲内で正解の戦術を選んでも、その後に起こった何らかのアクシデントでガタ崩れするということは十分にありうる。


 俺はそう考え、三人にこう伝えた。


「よし、それでうまくいくかどうか、実際にやってみろ」


 俺がそう言うと、三人はサッと緊張した面持ちになった。

 自分たちの考えが正解かどうかを、採点してもらえると思っていたのだろう。


 ……が、それだけだとコミュニケーションエラーになりそうだったので、さらに俺は、自分の考えを三人に話して聞かせた。


 俺は三人の決めた戦術が適確だと思ったこと、ただ俺という一人の教師の見解は絶対の正解ではないこと、正解を選ぶことよりも結果を意識してほしいということ──


 それを聞いた三人は、まだうまく呑み込めないようだったが、少なくとも俺が意地悪をしているわけでないことだけは理解してもらえたようだった。


 口をへの字にして複雑そうな顔をしたメイファが、ぽつりとこんなことをつぶやく。


「……お兄さんは、ダメなロリコンのお兄さんなのか、すごくしっかりした先生なのか、ときどきよく分からない」


「ははっ、バーカ。そんなの俺にも分かんねぇよ」


 俺はメイファの頭をうりうりとなでると、次にその少女の体をがばっと抱きしめた。


「やーめーろー」と言ってジタバタするメイファを、可愛いなぁ可愛いなぁと思って抱きしめていると、そんな俺の脛をリオが軽く蹴っ飛ばしてきた。


「……兄ちゃん、メイファばっか可愛がりすぎ。……そこはオレの居場所だし」


 拗ねたような素振りのリオが、頬を赤く染めてそっぽを向いていた。

 ……おや?

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