第14話 メイファは怠け者?

 翌朝。

 俺は目を覚ますと、あくびを噛み殺しながら伸びをする。


 気持ちのいい朝だ。

 寝室の木窓をあけると、うららかな朝日が部屋の中へと飛び込んできた。

 ちゅんちゅんと小鳥の鳴く声も聞こえてくる。


「よし、行くか。──あいつらはもう起きてるかな」


 そんなことを思いながら、寝室を出てリビングへ。


 するとリビングには、二人の先客がいた。

 二人の少女は、俺に笑顔を向けてくる。


「あ、兄ちゃんおはよー」


「おはようございます、先生。寝室とベッドをいただいたおかげで、今日はぐっすりと眠れました。ありがとうございます」


「おう、おはようリオ、イリス。あとそりゃよかった。せっかくのベッド、余らせておいてももったいないだけだからな」


 元気に挨拶をしてきたリオとイリスを見て、嬉しい気持ちになる。


 ちなみに、リオ、イリス、メイファの三人には、俺とは別の寝室を与えていた。

 俺の寝室より広い三人部屋だ。


 それはそうと──

 その三人のうち、あと一人の姿が見当たらない。


「メイファはまだ寝てるのか?」


「はい……。メイファは昨日の夜、夜更かしをしていたみたいで……すみません」


 イリスが申し訳なさそうに言う。

 そんなのはまったくイリスのせいではないのだが……。


 メイファのやつ、俺の天使を気に病ませるとは、けしからんやつだ。

 こうなったら、俺がたたき起こしてやる。


「おい、メイファ」


 俺は教え子たちの寝室の前まで行き、扉を開け放った。


 するとそこには、毛布やら何やらが乱雑に散らかったベッド(リオのものだろう)と、何もかもがきちんと折り目正しく整えられたベッド(きっとイリスのもの)と、銀髪の少女がいまだすやすやと眠っているベッドとがあった。


 俺はぐっすりモードの少女の前まで行って、毛布の上から彼女を揺さぶり起こしにかかる。


「おいメイファ、いい加減に起きろ。リオもイリスもリビングで待ってるぞ」


「……うにゃー……あと、五分……ううん、あと、五時間……」


 メイファはそう言って、毛布の中に潜り込んでしまった。


 ダメだ。

 まったく起きる気がないなこいつ。


 こうなったら──


「おい、起きろメイファ。起きないなら──こうだ!」


 バサァッ!

 俺はメイファが潜っていた毛布を、おもむろに引っぺがした。


 すると、そこには──


「えっ……?」


「……うにゃ……寒い……返して……」


 メイファは寝ぼけ眼でうっすらとまぶたを開き、俺に向かってその華奢な両手を伸ばしてくる。


 いや、それはいい、それはいいんだ。

 問題は──


 ──なんでこいつ、真っ裸で寝てるの?


 透けるような真っ白な肌に、発展途上の凹凸の少ない肢体。

 一糸まとわぬ少女の裸身が、ベッドの上に横たわっていた。


 ちなみに彼女の枕元には、昨日買ってやった初級魔法の教科書が置かれているのだが──

 いや、今はそんなことはどうでもいい。


「……お兄さん……返して……」


「お、おう」


 俺はメイファから剥ぎ取った毛布を、再び少女にかけてやる。

 するとメイファは幸せそうに、またすぅすぅと寝息を立てはじめた。


 考えてみれば、衣服は買ってやったし、その替えも買ったが、寝間着を買ってやった覚えはないな……。


 いや、しかし──

 だとしても、これは事故だ。


 俺は悪くない。

 きっと、多分、おそらく、そうに違いない。


 俺は己に暗示をかけ、リビングへと戻った。


「先生、メイファは起きました?」


「いや……俺は見ていない。これは罠だ」


「「……?」」


 リオとイリスの二人は、不思議そうに首を傾げていた。



 ***



 メイファが寝ぼけ眼をこすりながら起きてきたのは、俺がリオとイリスの手を借りて、朝食の準備をだいぶ進めた頃だった。


「……ふわぁっ……リオ、イリス、それにお兄さん……おはよう……」


 メイファはまだ眠そうだ。

 うつらうつらと、あるいはふらふらと、立ったままぼんやり揺れている。


 そういえばメイファのやつ、枕元に初級魔法の教科書を置いていたな。

 夜更かしをしたというのは、ひょっとして──


「メイファ、ひょっとして昨日の夜、ずっと魔法の教科書を読んでいたのか?」


「……うにゅ? ……お兄さん、どうして知ってるの……? ……驚かせようと思ったのに」


「い、いや。夜更かしをしていたって聞いたからな」


「……ちぇっ、リオかイリスか知らないけど、余計な告げ口を。……でも、それだけで気付くのは、お兄さん、意外と鋭い」


「意外とは余計だぞ、メイファくん」


「……? ……お兄さん、口調が変」


「気のせいではないかね。ハハハハ」


 心臓がばっくんばっくん鳴っていた。

 完全に犯罪者の心境だった。


「まあでも、勉強熱心なのはいいことだ。子供の夜更かしはどうかと思うけどな。──メイファは魔法に興味があるのか?」


「……うん。……槍も嫌いじゃないけど、魔法は、もっと面白そう」


 面白そう、ときたか。

 こういうところも末恐ろしいな。


 ただまあ、魔法ってのは教科書を読んだだけで、一朝一夕で使えるようになるものでもない。


 才能や学習環境にもよるが、【発火イグナイト】のような最初級の魔法でも、修得には最低で数日、長ければ一ヶ月から二ヶ月ほどのトレーニングが必要になる。


 教師から指導を受けながら試行錯誤を続け、魔力コントロールと具現化のイメージに少しずつ修正を重ねていって、その果てにようやく行使が可能になるのが魔法の力だ。


 魔法をちょちょっと使ってみせると、「魔法を使えるやつは楽でいいよな」なんて言われるのだが、その力を使えるようになるまでには、それなりの努力があるのだ。


「兄ちゃん、薪の準備できたよー。火つけるのお願い」


「あいよ」


 とは言え、教え子たちの前で使い渋るつもりもない。

 彼女らには魔法に憧れてもらって、魔法の勉強に精を出してもらいたい。


 何かを学ぶにあたって、一番強い力は「それをできるようになりたい」という本人自身の願望だ。


 それは嫌々やらされるよりも、はるかに大きな学習パワーになる。

 だから──


「……あ、お兄さん、待って。それ、ボクがやる──【発火イグナイト】」


 ボッ。

 メイファが手のひらをかざして魔法を使うと、薪に火がついた。


 …………。


「あー、えーっと……」


 俺は指で目元を押さえ、それから目をパチパチとしばたかせる。


 ちょっと待て……今、何が起こった……?

 メイファが……いきなり【発火イグナイト】の魔法を使った、よな……?


 すると、その俺の様子を見たメイファが、にやぁっとした笑いを浮かべてくる。


「……お兄さんの、その顔が見たかった。……徹夜で勉強した甲斐があった」


 メイファがそう言って、にっこりと笑いかけてくる。

 悪魔のようとも、天使のようとも思える微笑み。


 こ、こいつ、まさか──

 俺を驚かせるためだけに、たった一日の徹夜で、しかも独学で魔法を修得したっていうのか!?


 なんという──才能の無駄遣い。


 ていうか、そんなのアリかよ。

 魔法属性の才能Sランクって、ここまで凄いのか。


「は、はははは……」


 ちょっと凄すぎて、笑うしかない。

 俺の存在、ひょっとして必要ないんじゃねぇかなとすら思えてくる。


 だがそんな折、メイファが俺の手を取って、またあのあどけないエンジェルフェイスで微笑みかけてきた。


「……お兄さんのためなら、ボクは頑張れる。……お兄さんが師匠で、ボクは幸せ」


 きらきらきら……。

 メイファの笑顔から、輝きがこぼれていた。


 うん……幸せそうなのはいいんだけどさ。

 でもそれ、「俺のため」の意味が、確実におかしいよな。


 まあでも、結果良ければ良しとするか。


 やれやれ……これは思った以上に苦労しそうだぞ。

 頑張れ俺、負けるな俺。

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