第13話 捨て猫たちとひとつ屋根の下

 その後、俺は魔法屋に寄り、初級魔法の教科書を三冊買って、リオ、イリス、メイファにそれぞれ一冊ずつ渡してやった。


 それから街の食堂で食事を終えると、俺たちは街の門を出て、村への帰途についた。


「ふぃー、食った食った♪ お腹ぱんぱんだ」


「……お兄さんは、ボクたちに貢いでくれるから、やっぱり神。……でもロリコンだから、ロリコン神」


 リオとメイファが、心底幸せそうな顔で村への帰り道を歩いていた。


 こいつらが幸せそうにしているのを見ればこっちも気分はいいんだが、メイファのやつはときどきこのまま地面に埋めたくなるな。


 そんな中、イリス一人が俺の服の袖をくいくいと引っ張り、少し心配そうな、申し訳なさそうな顔をしてくる。


「……でも先生、本当にいいんですか? 私たち、こんなに良くしてもらって……先生、私たちのために、お金たくさん払ってますよね……?」


 そう言って、上目遣いに俺のほうを見上げてくる金髪碧眼の美少女。

 なんだこれ、すげぇ可愛い。


 あとさすがイリス、まだ子供なのに天使のような気遣いだ。

 メイファに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


 だけど、まあ──


「あー、いいっていいって、気にするな。そのうち体で払ってもらうからさ」


「えっ……」


 俺の言葉を聞いたイリスが、ずさささっと野ウサギのように高速で俺から遠ざかった。


 あれ……?


 ちなみにリオもイリスのもとに寄って、その前で「がるるるるっ」と、今度は猛獣のようになって牙をむいている。


 一方、同じように距離を取ったメイファが、俺にジト目を向けてくる。


「……お兄さん、『体で払ってもらう』の意味を、詳しく」


 あっ。


「いやいやいやいや、お前らは何か勘違いをしてるぞ。そうじゃない。そのうち魔王ハンターの仕事で金を稼いで、それで返してもらおうと思っていただけだ」


「……まあ、そんなことだろうと思ったけど」


 メイファは、はぁとため息をついた。

 あれ、俺、メイファにすら呆れられている……?


 俺はここまでに、三人の食事代や散髪代、衣服や武器、魔法の教科書を買う代金などのために、まあまあ大きな金額を支払っている。


 そして今後も、何らかの入り用があれば、しばらくは俺が支払うよりほかにないだろう。


 ただ俺は三人の親ではないし、教師が生徒の養育費や教材費を支払うというのは、あまり健全な関係とは言い難い。

 かと言って、教育にかかる必要経費として協会に申請したところで、とても通るとは思えない。


 しかしある程度の教材が無ければ十分な教育はできないし、そもそも衣食住が足りていなければ教育どころの話じゃない。

 今のリオたちをまともに育てるには、最低限、どうしたって必要な出費というものがある。


 そこで俺が考えていたのは、ちょっとした裏技だ。


 王都で教師をやっていたときには、協会やら保護者やらがうるさいとか受け持っている生徒の人数が多いとかの事情で実行には移せなかったが、今のこの環境なら実現可能だという方法。


 それはつまり、リオたち三人をある程度まで育てたら、実践訓練を兼ねて魔王ハンターの仕事を実際にやってもらうという方法だ。


 これなら実戦の経験にもなり、金も稼げて一石二鳥というわけだ。


 教師である俺が後ろで目を光らせていれば、危なくなったときにすぐにもカバーに入れるわけで、危険性も限りなく小さい。


 ただ、いかな天才児揃いといっても、さすがに現段階でいきなりそれをやらせるというのは時期尚早だろう。


 魔王の強さはピンキリだとは言え、総じて普通のモンスターよりも手ごわい。

 群れを率いていることも多いので、弱めの魔王でも侮ると痛い目に遭いかねない。


 まあ、ある程度基礎を教えたら、魔王じゃない普通のモンスターで慣らすところからだろうな──


 そんなことを考えながら、俺は村へと続く夜道を、三人の少女たちと共にぶらぶらと歩いていった。



 ***



 俺たちはやがて、村へとたどり着いた。


 俺の新たな住み家である教員用の住居の前まで来ると、リオたち三人がてててっと離れ、俺に向かって手を振ってくる。


「んじゃ、兄ちゃんまた明日な。今日はいろいろとありがと」


「先生、今日はごちそうさまでした。あと、プレゼントもありがとうございます。大切にします」


「……お兄さん、また明日、遊ぼう。……今日は、楽しかった」


 そう言って三人は、勇者学院校舎という名のボロ小屋のほうへと去っていこうとするのだが──


「いや、ちょっと待てお前ら。どこに行くつもりだ?」


 俺は三人の教え子を呼びとめる。


「ん……? どこって、家に帰るんだけど」


 リオがそう返してきたので、俺は目の前の教員用の住居を指さした。


「や、だから。今日からお前らの家もここだって」


「「「えっ」」」


「えっ」


 あれ……?

 そういえばまだ話してなかったっけか。


「だってこの家、家族用の広さだから一人で住むのはもったいないし。朝一緒に掃除させたのは、今日からお前らの家でもあるから綺麗にしようぜって意味だったんだが」


「でも掃除の報酬はメシと風呂って」


 あー、そう言えば、そんな方便も使ったような。

 あの段階でリオたちを動かすのには、そのほうが釣りやすいと思ったからなんだが。


「──とにかく、今日からお前らもこの家に住め。あんなボロ小屋で毛布一枚に包まって寝るより、みんなベッドで寝た方がいいだろ」


「そりゃあ、そうだけど……」


 リオはイリス、メイファの二人と顔を見合わせる。

 三人とも、どうしようといった表情だ。


 何を迷っているんだ?

 遠慮しているんだろうか。


 だったら遠慮の必要はないぞ、と言ってやろうとしたとき──


 リオが一歩前に出て、俺に向かって聞いてきた。


「あのさ、兄ちゃん」


「なんだ?」


「一緒の家で暮らして、その……オレたちに、何かしない?」


 かくん。

 俺はがっくりと肩を落とした。


 そこまで信用ないのか、俺……。


「あのな、そんなことするわけねぇだろ。俺は教師だぞ」


「だ、だって兄ちゃん、油断するとまた抱きついてきそうだし」


「…………」


 おかしい。

 否定できる要素が何もないぞ。

 困った。


 そのまま双方、しばらくの睨み合いが続いた。


 そんな中、助け舟を出したのはメイファだった。


「……まったく、お兄さんは世話が焼ける」


 そう言ってため息をつき、銀髪の少女がとてとてと、俺のほうへと近付いてくる。

 なんだ……?


 そしてメイファは、俺の目の前まで来ると──


 ひしっ、と。

 俺の腰回りに腕を回し、その未発達ながらも柔らかな体で、おもむろに抱きついてきた。


「お、おい、メイファ……!」


「……ロリコンのお兄さんは、こんなことをされたら、どうする……?」


「どうするって──どうもしねぇよ」


 抱き寄せて頭なでなでしたい、などとは断じて思っていない。

 思ってないぞ。


 だがメイファは、ふふんとイタズラっぽい笑みを浮かべ──


 今度はその両腕を、俺の首周りへと伸ばしてきた。


「……ロリコンのお兄さん……ボクとイイコト、したい……?」


 メイファはそう言って、俺の首筋にふっと息を吹きかけ、さらにその体を密着させてくる。

 まだ少女なのに、妖艶な仕草。


 俺は──


「……ああもう、何がしたいんだお前は」


 そう言って、メイファを少し強めの力で突き放した。

 どてっと、メイファが地面に尻餅をつく。


「痛たた……」


「あ……わ、悪い……」


 俺がメイファに手を差し出すと、メイファは素直にその手を取った。


「……ううん、構わない。……むしろ、予定通り」


 そしてメイファはパンパンと尻についた砂を払うと、リオたちのほうへと振り返った。


「……と、こんな感じで、お兄さんはロリコンだけどとてもヘタレだから、安全だとボクは思うよ」


 ……おい。


 それを言うために、今の小芝居を打ったのか。

 あとヘタレって言うな、教師の自制心と言え。


 だがそれを聞いたリオとイリスはというと──


「あー、まあ、それはそうかもな。じゃあいいか」


「そうだね。私も、できるならベッドで寝たいし……」


 なんかそれで、納得されてしまった。

 そして我が心の天使ことイリスまでが、本音に直球まっしぐらだった。


 ……まあいいか。

 少し釈然としないところはあるが、大事の前の小事だ。


「よし、じゃあ三人とも、今日はもう家に入って寝ろ。明日からはビシバシ鍛えてやるからな」


「「「はーい」」」


 ──ともあれそんな感じで。


 俺はこの日から、三人の教え子たちと一つ屋根の下で暮らすことになったのである。

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