第12話 捨て猫たちにプレゼント
「いやぁ、ひどい目に遭った」
俺は詰所からようやく解放されると、シャバの空気を思いきり吸い込む。
空を見上げれば、夕焼け色が暗闇へと染まりつつある時刻だ。
そろそろ村に帰らないとな。
しかし、そんなもうお家に帰らなければならない頃合いだというのに。
その俺から少し離れた場所では、一人の少女が猛然と俺に抗議をしていた。
「ひどい目に遭った、じゃねぇよ! ひどい目に遭ったのはオレ! 兄ちゃんは加害者だ!」
「まあまあ、そう言うなってリオ。ほらほらこっち来い。抱っこしてやろう」
「誰が行くかバカ! 兄ちゃんのバカ! ロリコン!」
バカって二回言われた上に、ロリコンとまで言われた。
メイファにはさんざん言われていたが、ついにリオにまでロリコン認定されてしまった。
「いや、言い訳をさせてほしい。決してやましい気持ちがあったわけじゃないんだ。ただな、リオの抱き心地があまりに良すぎてな。もうリオを抱いていないと落ち着かないんだ」
そう──腕の中にリオを抱いている状態が、あまりにもしっくりきすぎてしまったのだ。
あの状態こそが俺の完成系。
否、俺とリオとの合体完成系なのだと確信する。
だがそんなことを考えていた俺に、メイファのジト目が突き刺さる。
「……世間では、それをやましい気持ちと呼ぶし、ロリコンと評価する。……お兄さん、そろそろ自重しないと本当にヤバい。イリスが本気で怯えてる」
「えっ」
見ればイリスは、小動物のようにリオの後ろに隠れ、怯えたような眼差しで俺を見ていた。
その前では、リオが「ふしゃああああっ!」と猫のようになり、こちらを威嚇している。
まずいぞ。
これでは最初に会ったときの状態に逆戻りではないか。
むぅ……リオの抱き心地は名残惜しいが、仕方ない。
「──とまあ、そういう冗談はさておき、だ」
「……冗談であるようには、見えなかった」
すかさずツッコミを入れてくるメイファは全力でスルーする。
「村に帰る前に、あともう何件か寄っていきたい店があるんだ。三人とも付き合ってくれ」
「……うん。兄ちゃんが抱きついてこないなら、いいけど」
リオが口を尖らせて言うと、その後ろのイリスもこくこくとうなずく。
俺はものすごく信用を失っていた。
──それはともあれ、俺は三人の教え子とともに、次の店へと向かった。
向かった先は、武器屋だ。
そろそろ店じまいの準備をしているところに、俺は三人の少女を連れて入っていく。
「いらっしゃい! 兄さん、何をお探しで? 可愛い妹さんたちへのプレゼントには、うちの商品はちょっと似合わねぇから──やっぱ、兄さんの剣の新調ってとこかい?」
陽気な店主が店じまいの手を止めつつ、俺が腰に佩いた剣を見てそう聞いてくる。
なかなか目端の利く武器屋の店主のようだが──
「いや、可愛い教え子たちへのプレゼントのほうで正解だ。剣と弓矢と槍、それぞれ小柄な勇者でも扱いやすいものを、一つずつ見繕ってくれ」
「……驚いた。そのお嬢ちゃんたち、三人とも勇者かい? 教え子ってことは、兄さんが勇者学院の先生?」
「ああ、そのとお──」
「……ううん、違う。……このお兄さんは、ただのロリコン。……プレゼントで恩を売って、あとでボクたちに良からぬことをしよ──むががっ」
「よしメイファ、少し黙ろうか」
俺はメイファを背後から確保し、その口を手でふさいだ。
普段はまだいいが、人前では絶対にやめてほしいなそういうの。
そんなこんなで、あやうく再度通報されそうになりながらも、俺はどうにか武器の購入に成功した。
武器屋を出てひと気の少ない広場に出ると、買ったものを三人にそれぞれ一つずつ渡していく。
リオにはやや短めの剣──ショートソードを。
イリスには、腰から頭のてっぺんぐらいまでの大きさの弓──ショートボウと、それに使う矢を。
メイファには、身の丈ぐらいの長さの槍──ショートスピアを、それぞれ手渡した。
「おお……すげぇ、ホンモノの剣だ……」
リオは剣を鞘から少しだけ抜き、その刃が持つ銀色の輝きに目を奪われていた。
一方では、イリスとメイファもまた、自分に与えられた武器の手触りや重量感などを確かめているようだった。
「なぁ兄ちゃん、これ、オレがもらっていいの……?」
リオが目を輝かせて、そう聞いてくる。
「おう。俺からのもう一つのプレゼントだ。それでさっきのことは大目に見てくれたり、何ならまた抱っこさせてくれてもいいぞ」
「や、それとこれとは別だけど……でも、ありがと。すげー嬉しい」
リオはそう言いつつ、シャリッと音を立てて、剣を鞘から引き抜いた。
そして誰もいない虚空に向かって構えて──
──ヒュンッ!
剣を振った。
さらに──ヒュ、ヒュンッ!
初めて手にしたであろう剣を、おそろしく鋭い身のこなしとともに振っていく。
それからリオは、綺麗な動作で剣を鞘に納め、俺のほうへと振り向いた。
「──なんか、すっげぇ手に馴染む。初めて持ったのに、一番いい使い方が分かるみたいだ……って、兄ちゃん、どうかした? ぼーっとして」
「……ん? あ、ああ、いや……」
俺は驚いて、呆然としていた。
リオの剣スキルの才能がSランクというのは見たが、それがどういうことを意味するのかは、実はよく分かっていなかったのかもしれない。
あんなの、剣を初めて持った勇者の動きじゃない。
こんな幼い少女が、剣を持った瞬間から、歴戦の戦士のような身のこなしをする。
──おいおい。
こんなの、反則もいいとこだろ。
またイリスとメイファに視線を向ければ──
イリスは何となく撃ったという様子の弓矢の一射を、十歩ほど離れた場所にある木の幹にいきなり命中させていたし。
メイファはその手の槍をぶんぶんと、まるで体の一部のようにぶん回して遊んでいた。
……まあ、この二人ぐらいの使い手ならまだ見たことがあるし、俺も剣スキルの才能はAランクだったから分かる範囲だが。
リオの剣──あれは半端なものじゃない。
もちろんまだ訓練を積んでいないから、それなり程度のものではあるのだが。
あいつが育ったら、一体どこまでいくんだ……?
俺はごくりと唾をのみ込む。
震えが止まらない。
こんな怪物を、俺の手で育てるのか。
ははっ、ヤバい。
どうすんだよこれ。
「……リオ」
「な、なんだよ兄ちゃん。何度言われたって、抱きつくのはもうダメだからな!」
「お、おう。そうか」
この才能を見てから、これまでと変わらない反応をされると、なんだか嬉しくなってしまう。
あー、なでたい。
リオの頭をなでたい。
ダメか。
欲望丸出しで近付いたら、猫みたいに威嚇されるもんな。
ちぇっ。
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