第9話 捨て猫たちが美少女すぎる

 浴室から聞こえてくる三人娘のきゃっきゃとはしゃぐ声を背景音にして、俺はリビングで今後の教育計画を考えていた。


 ペンを指先でくるくると回し、テーブル上の紙を前にしてあれこれ考える。


 的確な勇者教育に必要なのは、まず個々の生徒たちの特性を知ることだ。


 特性というのは、例えば攻撃魔法が得意であるとか、敏捷性に劣っているとか、そういった能力適性のこと。

 一般論としては、「長所を伸ばす」が基本になる。


 だから、あの三人はそれぞれ何が得意で、何が苦手なのか。

 まずはそれを知る必要がある。


 そこで俺は、風呂から出てきてさっぱりした様子のリオ、イリス、メイファの三人に向かってこう切り出した。


「よしお前ら、街に出るぞ。女子がそのボロボロの服のままだと忍びないから、まともな服を買ってやる。あと散髪もだ。今日はお前らを徹底的に綺麗にしてやるから覚悟しろ」


 この俺の言葉に、三人の少女は歓声をあげた。


 こいつらだって一応は──と言ったらイリスには悪いが──女子なのだ。

 なにも好き好んで薄汚れた格好でいたわけじゃないだろう。


「これは……さては兄ちゃん、オレたちを惚れさせにきてる?」


「……さもありなん。……少なくとも、ボクたちを懐柔しようとしているのは間違いない。……でも、あえてそれに乗せられてやるのも、やぶさかではない」


「ちょっと二人とも! せっかくの先生のご厚意に、失礼だよ! ──ご、ごめんなさい、本当にありがとうございます! ……でも、いいんですか?」


 比較的礼儀正しいイリスは、さながら心のオアシスだ。

 やんちゃという意味では、リオとメイファは似たり寄ったりだからな。


 けどイリス、二人の姉妹と一緒だと普通に話せるのな。

 などと思いつつ──


「ああ、気にするな。俺にも下心があるからな。気兼ねなく受け取ってくれ」


 そう言って俺は、イリスの頭をなでてやる。

 イリスは一度びくっと震えたが、すぐに受け入れて小動物のようになった。


 下心と言ったのは、衣服と散髪のプレゼントというのは、釣り餌みたいなものだってことだ。

 俺の本当の目的は、街に出て三人の潜在力を測定することにある。


 まあ、あんまりみすぼらしい格好だと忍びないというのも、嘘じゃないんだけどな。


 が、その言い方がよろしくなかったようで──


「……下心。ついに馬脚を現した。ボクたちを飼いならして、最後には食べてしまおうとしている。……お兄さんは、ロリコンで鬼畜」


「えっ……兄ちゃん、やっぱりそういう……ごめん、さすがにそれは……」


 メイファはあからさまに冗談を言っている様子だったが、リオは普通にドン引きしていた。

 困るー。


「あー、そういう意味じゃねぇから。あとメイファ、あんまりそういうことばっか言ってると、お前だけメシ抜きにするぞ」


「……そ、そんな……。……子供の虐待反対。……ボクは子供の権利と言論の自由を求める」


 メシ抜きと言われたメイファは、この世の終わりだというような顔をした。


 ったく、都合のいいときだけ子供になりやがって。

 あと大人をおちょくって遊ぶ権利は、子供の権利とも言論の自由とも違うと思うぞ。



 ***



 そんなわけで俺は、リオ、イリス、メイファの三人を連れて最寄りの街へと向かった。


 村から三時間ほど歩いて、街に入る。


 王都と比べるとかなりの田舎街ではあるが、ひと通りの店や施設は揃っているようだった。


 俺は手頃な衣服店に入って、店員に三人分の衣服を見繕ってもらう。


 予算を伝えて店員にお任せすると、だいぶ待たされた後、新品の衣服に着替えたリオ、イリス、メイファが出てきた。


「どう兄ちゃん、似合う? ──なんちって」


 店の前の大通りでくるりと回りながらそう言うリオに、俺は「おう、三人ともよく似合うぞ」と雑に返す。


 メイファが俺を弄る機会を虎視眈々と探している以上、なかなか迂闊なことを言えないんだが──


 正直なところ、見違えたというぐらいには三人とも可愛く、綺麗になったと感じていた。

 これでボサボサの髪まで整えたらどうなってしまうのかと、不安になるぐらいだ。


 しかしここまで来て、これで終わりはないだろう。


 俺は三人を連れて、今度は床屋に入った。

 そしてこれもまた床屋にお任せで、彼女たちに似合うように髪を整えてもらうよう頼んだ。


 そして、待つことしばらく──


 散髪を終えて床屋を出てきた三人の姿を見て、俺は今度こそ息をのむことになった。


「お待たせ兄ちゃん。──どう? だいぶさっぱりしたろオレたちも」


「あぅ……先生には、こんなに身なりを整えてもらって、なんてお礼を言っていいか……」


「……これでお兄さんも、ボクたちにメロメロ。ボクたちも可愛くなれて、ウィンウィン。……お兄さんは、いい買い物をした」


 いや、メイファの図々しい物言いはさておき──


 最初に見たときから、ダイヤの原石だとは思っていた。


 しかし実際に仕上がってみると、想像をはるかに超えてきた。

 三人とも超絶美少女で、超絶可愛い。


 リオは黒髪を艶やかなショートカットにしており、服装は動きやすく快活そうな半袖短パン。

 それだけ見ると男の子みたいだが、胸をはじめとした体つきが女子であることをしっかりと主張していて、ボーイッシュな美少女の魅力をこれでもかというほど前面に押し出していた。


 イリスの仕上がりは、清楚さが全体のテーマであるように思える。

 ふわふわとした金髪は背中まで伸ばされていて、白のワンピースドレスとよくマッチしている。

 おずおずとした様子で、青い瞳が上目遣いにこちらを見てくるのは、反則としか言いようがなかった。


 メイファはと言えば、妖艶ないたずらっ子といった雰囲気だ。

 フリルをあしらった可愛らしいデザインの衣装に身を包んでおり、ギリギリ丈のミニスカートを含め、あざといのにすごく可愛い。

 輝くような銀髪はツインテールにまとめられていて、こっちを小馬鹿にしてくるような表情も含めて一個の芸術品のように様になっていた。


 これはもう──何というか、俺がロリコンだとかそうじゃないとか、関係ないような気がする。


 子供だろうが何だろうが、美少女は美少女だし、可愛いものは可愛い。

 そういう次元の話。


 俺がそうして、すさまじく可憐に変身した三人の姿を見て絶句していれば、そんな隙をメイファが見逃すわけがなかった。


 メイファはニヤリとして、俺のほうへとにじり寄ってくる。


「……お兄さん、ボクたちが可愛くなりすぎて、言葉を失っている。……こんなことをされたら、ロリコンのお兄さんはもう、我慢ができない」


 メイファはそう言って、ひしっと俺に抱き着いてくる。


 ……いや、超絶美少女に変身しても今まで通りの動きをしてくるのは、逆に安心するんだけどな。


「あー、ほら、公衆の面前でやめなさい。俺がヤバい人に見られるだろ」


「……むしろそれが狙い。……既成事実を作ってしまえばこっちのもの」


「お前は俺にどんなキャラクターを植え付けようとしてんだよ。ほれさっさと離れろ」


 俺はそう言って、メイファの脇腹をくすぐってやる。


「……くっ……んんっ……ひ、卑怯者っ……あははははっ」 


 涙目になって身をよじり、メイファはようやく俺から離れた。

 まったく……。


 ──しかし、そうしてダイヤの原石が美しい宝石そのものに変貌した姿を目の当たりにした俺だったのだが。


 このあと俺は、彼女らのさらなる輝きを見せつけられることとなったのである。

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