第8話 捨て猫たちと家の掃除をする
翌朝。
俺は再び、勇者学院の校舎へと向かった。
そして三人の少女に向かって言う。
「お前らに俺の住居の掃除を手伝ってほしい。報酬は食事と風呂。どうだ?」
「やる!」
「やります!」
「……やぶさかではない。……むしろロリコンのお兄さんに入浴を覗かれても構わないぐらい希望」
約一名、不穏当な発言をする者がいたが、聞かなかったことにする。
そんなわけで、俺と三人の少女は、教員用の住居の掃除に取り掛かった。
ちなみに掃除をしながら、三人はこんなやり取りをしていた。
「おいメイファ。兄ちゃんをロリコン呼ばわりするの、いい加減やめろよな」
「そうだよ。お兄さんに失礼でしょ」
「……心配しなくても大丈夫。……ボクはお兄さんの弱みをにぎっている。抜かりはない」
「「……?」」
メイファの言葉を聞いて首を傾げるリオとイリス。
こちらをちらっと見て、にやぁと笑ってくるメイファ。
……あいつの口はいつか封じる必要があるな。
ロープでぐるぐる巻きに縛って山に埋めなければ。
などという犯罪者的な思考を巡らせながら掃除をしていると、今度は別の場所の片づけをしていたリオが、その手で俺の手を引っ張って聞いてきた。
「なあ兄ちゃん、これ、どこに持ってったらいい?」
「あー、どうすっかな。──確か奥に物置があったろ。とりあえずそこに放り込んでおいてくれ」
「うん、分かった。りょうかーい」
リオは俺に言われた通りに、荷物を物置まで運んでいく。
……それにしてもリオのやつ、昨日初めて会ったときの態度とは大違いだ。
人懐っこいというか、すごく気を許してくれている感じ。
聞いたところによると、三人の中ではリオが一番年上のお姉さんらしい。
だから警戒しなきゃいけない相手の前では、二人の妹を守るお姉さんを演じる。
でも本来は、今見せているような人懐っこくて屈託のない性格なんだろうな。
その一方で、人見知りというか、なかなか砕けてくれないのが次女のイリスだ。
イリスは掃除の最中にたまに俺と目が合うと、恥ずかしそうにぺこりと会釈だけして、てててっとどこかに逃げてしまう。
その人見知りぶりは、俺に何か聞かなければならないことがあると、リオを捕まえて間接的に聞かせようとするぐらいだった。
リオもリオで、イリスのそういうところは分かっているようで──
「なんだよ、そんなの兄ちゃんに直接聞けばいいじゃん」
「そ、そんなの聞けないよ……リオもメイファも、どうして初対面の人にそう気安くできるの……」
「兄ちゃんなら大丈夫だって。ほら、行ってこい」
「うわわわっ……!」
リオに思いきり背中を押されて、イリスは俺に軽くぶつかってしまう。
「おっと。大丈夫かイリス」
「あ、お兄さん……すみませんすみません! ──もう、リオ! やめてよこういうの!」
「にひひひっ、ごゆっくり~」
「ええええっ! ちょっと、待ってよリオ! 助けてよ!」
リオが隣の部屋に消えてしまい、部屋に俺と二人きりになったイリスは、はわわわっと大慌てする。
……いかん、めっちゃ可愛い。
ニヤニヤしてしまう。
「どうしたイリス。何か聞きたいことでもあるか?」
俺がそう聞くと、
「あ、え、えっと……はい……その、浴室に工具入れがあったんですけど、これはどこに持っていったらいいかなって……」
「あー、それも物置かな。とりあえず分からないものは全部物置に投げ込んでおいてくれ」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
イリスはぺこぺこと頭を下げると、また逃げるように部屋を出て行ってしまった。
小動物みたいで可愛いなぁ。
……などと、思っていると。
イリスと入れ替わりで、メイファが部屋の入り口に、にやぁっとした顔で現れる。
「……お兄さん、やっぱりイリスにご執心」
「その言い方やめろ。あとメイファも怠けてないで働け」
メイファは何というか、掃除を絶妙にサボっていた。
リオやイリスはなんだかんだで働き者なんだが、こいつは目を離すとすぐに怠ける。
「……怠けるのが、ボクの仕事。……ボクが怠けることで、対比的にリオとイリスが働き者に見える。……これはリオとイリスへの、ボクの姉妹愛」
「そういう屁理屈はいらんから。ほれ働け働け」
「……ちぇーっ」
そうやって尻を叩いてやればまあまあちゃんとやるし、やり始めれば仕事の効率はいいんだけどな。
知能犯的怠け者とでも言えばいいのか。
まあそんなこんなしながら俺と三人とで掃除をしていくと、空のお日様が真上にのぼる少し前ぐらいには、住居の掃除がざっくりと完了した。
俺はそこで掃除の切り上げを宣言する。
「よし、じゃあメシにするぞ。みんなも調理するの手伝ってくれ」
「「「はーい」」」
三人にも手伝わせて、食事を作っていく。
メニューは昨夜とほぼ一緒だが、村長宅に行って追加でチーズや葡萄ジャムも分けてもらって、それを昼食のアクセントにした。
なお調理の際、リオたちに驚かれたのが、俺が魔法を使って薪に火をつけたことだ。
「すっげぇ……兄ちゃんそれ、勇者にしか使えない『魔法』ってやつ?」
「おう。【
「マジで!? 兄ちゃん教えてくれるの?」
「もちろんだ。お前たちにいろいろ教えるために──教師として、俺はこの村に来たんだからな」
ちなみに情報収集したところによると、この村にいる勇者は、リオたち三人だけらしい。
成人した勇者はよその街に出稼ぎに行ったり、そのまま帰って来なかったりで、今この村にはいない。
なので俺が教えるのは、基本的にはリオたち三人だけってことになる。
王都の勇者学院にいたときも、あるいはその前の街でも、ひとりの教師が数十人の生徒を受け持って教えていたから、三人だけを手取り足取り教えられるなんて、こんなに贅沢な教育環境は初めてだ。
ただその代わりと言ってはなんだが、教育設備やら環境やらはまったく整っていない。
トレーニング設備はともかく、初級魔法の教科書ぐらいはないと予習・復習がかなり厳しいから、そのあたりは今後なんとかしていきたいところだ。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
食事を終えると、全員で片付けをする。
いろいろ指示をすれば約一名を除いてちゃんとやってくれるので、そのあたり素直でいいなぁと思う。
そして片付けも終わったら、今度は──
「よしお前ら、風呂沸かしてあるから、入ってこい」
俺がそう伝えると、三人から歓声があがった。
リオとイリスはさっそく脱衣所に行って入浴の準備を始めるが──
ひとり、メイファが残って、俺にこんなことを言ってきた。
「……お兄さんも、一緒に入ってもいいよ。……大サービスで、背中も流してあげる」
そう言って、にっこりと笑いかけてくる。
美少女なので、この笑顔がすごく様になるのだが。
……こいつはまた、俺をからかって遊んでいるな。
「ったく、大人をからかうんじゃない。そんなことやっていると、いつか痛い目見るぞお前」
「……にひひ。……ちゃんと相手を見てやってる。……お兄さんなら、大丈夫」
「あのな……。男ってのは一皮むけばみんな狼だぞ。お前の短い人生経験で何が分かる。ほんと気を付けろよ」
俺がそう言うと──
メイファは何を思ったか、俺と密着するぐらいの距離まで歩み寄ってきた。
そして、たじろいでいる俺の腰回りに腕を回すと──小柄な少女は、俺にぎゅっと抱きついてくる。
「……違う、そうじゃない。……お兄さんなら、ボクは大丈夫だって言った」
「お、おい、メイファ……!」
さすがに慌てる。
だがその俺の反応を受けたメイファは、心底嬉しそうな顔をして俺から離れた。
「……にひひ、うっそーん。……ボクの勝ち。……お兄さんは、やっぱりロリコン」
「こ、このやろう……。──ほれ、遊んでないで、さっさと風呂入ってこい!」
「きゃいんっ」
俺に背中を押されると、メイファは嬉しそうな声を上げて、更衣室のほうに消えていった。
……まったく。
逞しいのはいいんだが、あいつの相手をするのは苦労しそうだな……。
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