第7話 捨て猫たちに懐かれる
「ぷはーっ、食った食った。うまかったー♪ サンキューな、
「本当においしかったです。ごちそうさまでした」
「……お兄さんは神。……この世に降り立った現人神」
三人の少女は、ぱんぱんになった自分のお腹を幸せそうになでながら、焚き火の前で俺にお礼を言ってきた。
だがこっちとしても満足だ。
こいつらのこんなに幸せそうな姿を見られたんだから、こんなに嬉しいことはない。
「お粗末さまだ。やっぱ子供はそうやって、笑顔でいないとな」
「兄ちゃん、ホント変なやつだよな。飯食わせてもらったオレたちと同じぐらい嬉しそうな顔してるし。ってか、子供子供っていうけど、兄ちゃんだってオレらとそんな歳変わんねぇだろ」
黒髪の少女がそう言ってくる。
ちなみに上機嫌になったせいか、警戒を解いたせいか、俺への呼び方が「あんた」「お前」だったのが、いつの間にか「兄ちゃん」に変わっている。
「いや、こう見えて俺は今年で二十三だ。お前ら十三とか十四とか、そのぐらいだろ?」
「えっ……? ……嘘だろ。どー見ても十七歳ぐらいにしか見えねぇ……」
「ははっ、よく言われる。だから、お前らより十個ぐらいは上だぞ」
「うへぇ、マジか……」
俺が少女の黒髪の上からわしわしと頭をなでてやると、少女は少しこそばゆそうにしながらも、それを受けいれた。
メシを食わせてやったら、かなり警戒心を解いてくれた印象だ。
やはり餌付けの力は偉大だな。
しかし、この子もほかの二人もそうだが、髪は伸びきってぼさぼさだし、あまり衛生的とも言えない様子。
風呂に入れて散髪もしてやりたいが、そのあたりはさすがに明日以降か。
と、そろそろこの辺で自己紹介しておくか。
「俺はブレット。さっきも言ったが、今日この村に赴任してきた勇者学院の教師だ。お前ら、名前は?」
「オレはリオ」
「私はイリスといいます」
「……ボクはメイファ。……神の名前、心に刻んだ」
三人の少女は、口々に自分の名前を明かす。
ひとり表現が大げさな子がいるが、さておこう。
黒髪黒眼のボーイッシュな少女がリオ。
金髪碧眼の、少し礼儀正しい感じの少女がイリス。
銀髪紫眼の、つかみどころのないボクっ娘少女がメイファか。
しっかりと覚えておかないと。
教師にとって、子供の名前を覚えることはとても大事だからな。
名前を呼ばれることで、子供たちは相手が自分をしっかり見てくれているんだなと認識する。
名前を呼ぶというのは、特別感を与えるということだ。
「分かった。リオ、イリス、メイファ、よろしくな」
「うん、こっちこそよろしく、ブレットの兄ちゃん。──でもさ、兄ちゃん。ひとつ聞いていいか?」
「おう。答えられることなら何でも答えるぞ」
「いやさ──兄ちゃん、なんでオレたちにこんなに良くしてくれるんだ……? 勇者学院の教師って言ってたよな。やっぱり、オレたちが勇者だから?」
……んん?
今、リオはなんて言った?
「え……? リオ、お前って、勇者なの?」
「ほえ……? 知ってたんじゃねぇの? オレだけじゃなくて、イリスとメイファも勇者だぜ。ってか、だからこんなに優しくしてくれたんじゃないのか?」
……マジか。
リオ、イリス、メイファの三人ともが勇者……?
勇者かどうかというのは、生まれたときにすでに決まっているものだ。
生まれつき勇者の力を持っていれば、未熟でも勇者という呼び方になるのだが──
「いや、聞いていない。今初めて知った」
「そう、なんだ……。じゃあ、なんでオレらのこと、こんなに……? ──まさか、オレたちの体が目当てで」
リオはそう言って、頬を染めて自分の体を抱き、身を引くように俺から少し離れる。
いや、待て待て待て。
くそっ、母親がアレなせいで、そういう発想が真っ先に出てくるのか。
「アホか、そんなわけあるか。確かにお前らのことは可愛いとは思うが、そういうことじゃない。お前らみたいな子供が、満足にメシも食えずにいるのが嫌だっただけだ」
それはなんというか──俺の生き方みたいなものだ。
世界中の不幸な子供を救うことなんて俺にはできないが、せめて自分の目の前に現れた不幸ぐらいは、できるならばどうにかしてやりたい。
それは人情ってものだと思うし、大人として当たり前の感情だとも思う。
もちろん綺麗事の類であることは分かっているし、それをほかのやつにまで要求したり、押し付けたりするつもりもない。
こんなのは、俺が俺のためにする、俺の勝手だ。
だから、つまり──
「俺は、子供が好きなんだろうな」
俺はそう付け加えた。
多分そういうことだ。
子供が不幸な目に遭っているのを見るのは嫌だし、子供が幸せそうにしているのを見るのが好きだ。
と、そんなことを俺が考えていると──
ふと、銀髪のボクっ娘少女、メイファと目が合った。
メイファは俺を見て、にこっと笑う。
「……子供が好き。……つまり、お兄さんはロリコン」
「違ぇっ! そういう意味じゃねぇ!」
なんてこと言いやがる。
子供って言っても、このぐらいの歳になると変に色気づき始めるからなぁ……。
などと思っていたのだが、俺は甘かった。
大甘だった。
メイファはふるふると首を横に振ると、少しニヤリとして、俺を真っ直ぐに見つめてこう言ったのだ。
「……隠さなくてもいい。……さっき、ボクたちの体をいやらしい目でじろじろ見ていたのは知ってる。……特にイリスの体に興味がありそうだった」
「「えっ」」
リオとイリスが、慌ててメイファのほうを見た。
それから二人は、さーっと青ざめた顔で俺のほうを見てくる。
──一方の俺は、だらだらと良くない汗をかいていた。
何も言い訳ができない。
確かに最初に会ったとき、この子たちの体つきをしっかりと観察してしまったのは事実だ。
あのときの俺の視線を、メイファは鋭く感じ取っていたのか。
なぜ俺はあのとき、あんなことを。
などと俺が焦っていると──
メイファは、リオとイリスの二人に向かって、またにっこりと笑って一言。
「……うっそーん。……にひひ、騙されてやんの」
それを聞いたリオとイリスは、「メイファお前いい加減にしろよ!?」「ホントそういう冗談やめて! 心臓に悪い!」などとメイファに詰めかけていた。
一方でそのもみ合いがひと段落して、リオとイリスの二人がその話から興味を失った頃、メイファが俺のもとにやってくる。
そして、メイファはにじり寄ってきたかと思うと、俺の耳元でささやいた。
「……嘘っていうことに、しておいてあげる。……ボクとお兄さんだけの秘密」
そう言って、またにこっと笑ってきた。
俺は──
「な、何が目的だ……金か」
「……お兄さん、発言が急に犯罪者っぽい。……別に、気にしなくていい。……ボクはお兄さんのことが気に入ったから、一緒に遊びたいだけ。……お兄さんがロリコンでも、ボクは気にしない」
メイファはそう言って、もう一度にこっと笑った。
それがまた恐ろしく可愛らしくて──
俺はひょっとして、本当にロリコンなのかもしれない。
そう自覚せざるをえない夜になった。
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